一章

第2話 通学路

周囲一面何もない場所だった。

夜空には満月が輝いていた。

ここは・・。

ふと視線の先に

2人の人物が対峙しているのが見えた。

1人はおかっぱ頭の少女だった。

月の光を浴びて

その肌が白く光っていた。

もう1つは黒い人影だった。

満月の明かりが当たっているはずだが、

それはただ黒い影だった。

僕は改めて周囲を見回した。

闇の中。

遠く、視線の先には無数の灯りが見えた。

ここは・・?

僕は首を傾げた。

次の瞬間。

少女が影の許へ走った。

少女は影に飛びかかった。

影はその場から動かずに両手を広げた。

周囲の闇と同化した

黒い羽のようなものが広がり、

それが少女の体を包み込んだ。

「ジリジリジリジリ」

次の瞬間。

古いアニメに出てくる黒電話のような

耳障りなベルの音が遠くで鳴った。

「ジリジリジリジリ」

僕にはその音が

どこで鳴っているのかわからなかった。

僕は慌てて周囲を見回した。

「ジリジリジリジリ」

その音は何時までも鳴り止まなかった。

そして・・。

僕は目を開いた。


「ジリジリジリジリ」

机の上のパソコンが

この不快な音の正体だとわかった。

僕は半ば寝ぼけたまま

ベッドから起き上がると

机の上のマウスを操作して

アラームを止めた。

不快なベルの音が止んで

部屋は静寂に包まれた。

僕は目をこすりながら

ふたたびベッドに戻った。


・・・。


ハッとして飛び起きた。

部屋の時計は7時50分を過ぎていた。

僕は慌てて部屋を出た。

そして洗面所へ駆け込んで

歯磨きを済ませると

部屋に戻って制服に着替えた。

それから鞄に荷物を詰め込んで

302号室を飛び出した。

階段を駆け下りてビルを出たところで、

隣の家の塀の前に立っている山田老人と

目が合った。

僕は軽く頭を下げてから駆け出した。


6月11日の金曜日の朝。


中学2年生に進級してはや2か月。

僕はすでに2回の遅刻をしていた。

3回目は家に連絡がいく。

それが5回になると

両親が学校へ呼び出される。

1年前。

母のやよいが死んで今は父である如月が

1人で店を切り盛りしていた。

父に迷惑をかけるわけにはいかない。


通学路の途中にある流川まで来ると、

そこに架かっている三本橋の袂で

ぽつんと佇んでいる

白いワンピースの少女がいた。

少女は僕と目が合うと、

悲しそうに微笑んだ。

僕は小さく頷いて彼女の前を走り去った。

三本橋を渡り終えて、

その先の交差点で赤信号に捕まった。

大事な時に限ってタイミングが悪いのは

僕の人生そのものだった。

目の前の片側2車線の大通りを

通勤ラッシュにのまれた車が

ゆっくりとそれでいて慌ただしく

走っていて、

僕はその光景を苦々しく睨み付けた。

その時。

1人の若い男が

車道に飛び出した。

男は慌てる様子もなく

ごく自然に、

朝日を浴びた横断歩道を歩いていた。

僕は恨めしそうに男の姿を目で追った。

男は車の流れを止めることなく、

そして車に当たることもなく、

悠々と向こう側へ辿り着いた。

信号が青に変わるとすぐに

僕は駆け出した。

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