第50話 アキミの懊悩

「トアとミオとは、小学校に入る前からの付き合いでね。勉強も運動もおんなじくらいで、いっつも一緒にいたんだ。大学まで一緒なんて、けっこうすごいでしょ?」


 街の喫茶店でアキミはぽつりぽつりと語ってくれた。買い物もそこそこに、一行は喫茶店で一休みしたのだが、個室に入ってアキミが語りだした。


「幼馴染と言うか。そう言う感じなんですね。私にとっての朱里と陽菜乃と同じような。それでも付き合いは高校からでしたけど」


 ケイが納得したように頷いた。


 ちなみに、ケイが語ったところによるとあの勝気そうな女性が朱里――アシェリで、鼻の大きな娘が陽菜乃――パメラらしい。


「でも、こっちに来て2人は変わってしまった。いつの間にか正同命会に入って、信仰しちゃって。あたしには何にも言わずにね。説得しても文句を言っても聞いてくれなくて。まるで洗脳されたみたいに、あたしの言うことを聞かなくなったんだ」

「それで、生同盟会を目の敵にするようになっちまったのか」


 シュウの言葉に、アキミは静かに頷いた。


「あたし、バカだからさー。正同命会の教主に文句を言いに行ったんだ。教主は想像通り胡散臭いやつだったよ。でも、そのときにトアとミオに邪魔されて、絶交されちゃった」


 感情の抜け落ちたような顔で、足元を眺めながら、つぶやくように言葉を発した。


「今まではあの2人は洗脳されてああいったのかもしれないって思ってたけど、本当はどっかで思ってた。あれは2人の本音かもって。本気であの2人に嫌われてのかもって」


 泣きそうに言うアキミの背中を、ケイが優しくなでていた。


「人というものはそれぞれ考え方が違うものです。同じ経験をしても感じることは真逆だったりする。年を取るにつれ、考え方が違ってくるのは仕方がないかもしれません」

「でも。あたしはあいつらとずっと笑っていたかった。10年後も20年後も、ずっと一緒に笑ってられると信じてたんだ!」


 誰も何も言わなかった。アキミの鳴き声と、ケイが優しくなでる姿だけが残った。


 意を決して話し出したのはシュウだった。


「あの2人のことは正直わかんねえけどよ。でも、少なくとも俺はお前の考え方が好きだぜ。暗くなりそうなときに場を明るくしてくれるとこも、なんだかんだで前向きなとこも。あと、俺のボケを結構拾ってくれるとことかな」

「僕も。アキミさんが僕の食事を笑って食べてくれると嬉しいんですよね。作った甲斐があるって思います。先生はめったに感想を言ってくれないですからね」


 シュウとコロが口々にほめると、アキミは泣き笑いのような顔になった。


「アキミさんは、私のことを聖川先生って呼んでくれますよね。私は勉強だけが取り柄で、ずっと医者を目指してきました。だからアキミさんが先生って言ってくれたのは本当にうれしかった。まだ研修生のくせに、医者として一つ認められたような気がしたんです」

「私にとってアキミは妹みたいなものだから。手がかかるけどほおっておけないというか。ま、出来の悪い子ほどかわいいってやつよ」


 なにそれ、とアキミは泣きながら笑ってくれた。そんな彼女を見てサナは笑みを深めた。


「あの2人がどういうつもりなのか想像しかできないけど、ここにいるみんながあなたのことを好きってことよ。いいじゃない。世界中の人に好かれなくても。あなたの性格を好ましいと思っている人は何人もいる。私は、あなたの笑顔が好きよ。この世界に連れてこられて途方に暮れてたけど、あなたの笑顔が見れるこの世界は捨てたもんじゃないと思ってるわ」


 アキミは涙をぐっとこらえると、無理をして笑顔を作った。


「よし! 落ち込むのはもう終わり! しばらくはあそこで暮らすんだから、ちゃんといろいろ用意しないとね! みんな! 悪いけど付き合ってもらうよ! 雑貨屋や化粧品とかまだまだ仕入れたいし! 女にはいろいろ準備があるんだからね!」


 カラ元気を出して周りを見渡すアキミを、みんなが微笑ましいものを見るかのように見ていた。


 そんな時だった。


 店の外がにわかに騒がしくなった。何やら悲鳴のような声が響いているように聞こえる。


「おいおい。酔っ払い同士の喧嘩か?」

「待って! ただの喧嘩じゃないかもしれない」


 さっきまで落ち込んでいたはずのアキミが、真剣な顔になって耳を澄ましている。全員がその挙動を見守る中、アキミは語りだした。


「これ、人間のじゃない! 魔物の足音? 街にいるのに?」

「マジかよ!」


 シュウが思わずと言った感じで叫んだ。


「え? あの?」

「アキミさんは相当に優れた斥候なんです! 彼女が嗅ぎつけられない魔物はいないほどの! 少なくとも第2階層で魔物を見つけ損ねたことはありません! つまり!」


 コロが全員の顔を見回した。


「この街に、魔物が現れているのは間違いのないことです」


 そのセリフは、ここでの戦いの始まりを感じさせるものだった。

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