第45話 アゲハとの模擬戦
潮騒の音とともに目を見開いた。そしてこちらを見下ろす目とぶつかった。ミツがアオの前に立って鋭い目を向けていたのだ。
「なんだよ」
「私の眷属のくせに私を疑おうとするとはな」
冷たい声だった。でもそこにすねたような色が混じっているのは気のせいだろうか。
「いや・・・。悪かったよ。確かにお前は俺の体を乗っ取ってまでアキミさんを助けてくれたんだよな。よく考えたら、助けてくれたお前にすることじゃなかったかもしれない」
振り返ってみたのだ。もしあの戦いでミツがアオの体を乗っ取らなければどうなったかを。
おそらくアオは間に合わなかった。実際に操られてみて分かる。魔力の使い方も体の動かし方も、ミツの操作は段違いだった。アキミを攻撃するラセツに追いつけたのは、ミツの力があってこそだろう。
ミツとアキミに多分面識はないはずだ。つまり。ミツはアオのためにアキミを守ってくれたということだ。
「ありがとな。俺のためにアキミさんを助けてくれて。シュウさんもお前のおかげで助かった。お前が来てくれなかったら恩人が2人も死んじまうところだった」
「・・・・」
ミツは何も言わない。何も言わずにアオを睨むミツの視線に、アオはどんどん追い詰められていく。
「あ、あの」
「あれ? みっちゃんとお兄さん? 何してんの?」
割って入ってくれたアゲハの声が、女神のように聞こえたのだった。
◆◆◆◆
「なるほど。それでみっちゃんは怒っていると」
事情を聞いたアゲハも納得の表情だった。
ミツは無表情でアオを指さした。
「眷属のくせに、私のことを全然わかっていないとは嘆かわしい。私がしようとしていることを何も理解していないではないか」
「分かったって! でもあれはしょうがないだろう! だって、アキミさんごとあのLってやつを斬ろうとしていたし!」
言い合う2人をアゲハは呆れた目で見ていた。
「私なら、お前の恩人を傷つけずにあのくそ鳥を斬ることができた! それくらい察しろ! そう言う技術があるのは常識だろう!」
「常識じゃねえだろ! そんな技術があるなんて初めて知ったぞ!」
ミツは驚いてアオを見つめるが、アオは当然のように腕を組んだ。続けてアゲハを見ると、彼女の知らないと言ったように首を振った。
「む。なんだ。お前ら知らんのか」
「うん。知らない」
「そんな魔法みたいな技知らないけど」
アオとアゲハに続けて言われ、ミツは目を丸くしてしまった。
「うむむ。そうなのか。これはもう少し調査する必要があるな。ある程度の魔力操作を身に着けた者は斬撃の軌道も思いのままだ。それを利用すれば、盾を避けて斬りつけることもできるのだが。知らないとなると、それはそれで不便だな。そうか。魔力のない世界にいるお前たちは、こんな技術も知らないのか」
「そんなの、みっちゃんしかできないんじゃない? みっちゃん、常識知らずなとこがあるから」
アゲハに疑われるが、ミツは一人ごちだ。でもしばらく考えたあと、何かに気づいたようににやりと笑った。
「み、みっちゃん、なに?」
「いや、知らないのなら学ばねばならんよな。ふっ。面白い。それならば、やり様はあるというものだ」
不吉なことを言い出したミツは、目を輝かせてこちらを見た。
「よし! お前たちはこれから模擬戦をしろ。実戦を通じて魔力を使った戦い方というヤツを教えてやる!」
ミツの言葉が悪魔のように聞こえたのだった。
◆◆◆◆
アオとアゲハは浜辺で向き合っていた。
アゲハとは一緒に修行する仲ではある。でも戦ったりはしたことがない。虎男になってしまったアオと、小柄なアゲハ。年のころは、せいぜいで中学生くらいではないだろうか。体格の差は明らかで、普通に考えて勝負は簡単についてしまうと思えるけど。
小さめの木刀を構えたアゲハの姿は、かなり様になっているように思えた。
「えっと、アゲハはナイフを使えるのか?」
「まあ一応は。使い方や練習方法は、みっちゃんから教えてもらえたから。ちゃんとやらないとご飯食べさせてくれないから、練習はさせられてたし」
らしいことを言うアゲハに、アオは微妙な顔になった。
2メートル近く、虎男で筋肉もあるアオと、小柄で筋肉も薄そうで、華奢な美少女風のアゲハ。勝負はすぐにつくはずなのに胸騒ぎは消えない。戦う前にミツがアゲハに何か耳打ちしていたせいだろうか。
「うむ! こういうのは悪くないな。審判役になるのは初めてだが、意外と気分はいいのかもしれん」
「いや、納得してないでとっととやろうぜ」
水を差すようなことを言ったにもかかわらず、ミツはなんだか楽しそうだ。満足げに微笑みながあアオとアゲハの顔を交互に見つめている。
「よし! はじめ!」
ミツが言った瞬間だった。アゲハがアオに飛び込んできた。思ったよりも早いけど、これなら撃退できる!
アオは拳を振り上げて、そしてはっとしてしまう。このまま殴りつけてもいいのだろうか。小柄なアゲハを殴ったりしたら、とんでもないことになるかもしれない。
「!! え?」
打っていいのか悩んだのがまずかったのか。拳を振り下ろす瞬間、アゲハが瞬時に掻き消えた。空を切るアオの拳。慌ててきょろきょろと見舞わすが、アゲハの姿はどこにもない。
「お兄さん。これでお仕舞い」
後ろにから聞こえるアゲハの声。同時に首から感じられた、何かが押し当てられた感触に、アオは絶句してしまう。アゲハが、アオの首に木刀を押し当てたのだ。
「い、いつのまに・・・」
「勝負あり、だな!」
満足げなミツの声に絶句してしまう。アゲハは木刀でアオを圧倒したのだ。これが木刀でなく真剣なら・・・。あの赤と青の短剣なら、アオの首は切り裂かれていただろう。
「予想通りだが、ちょっと情けないな。そこの虫は本領が接近戦にあるわけではない。体を張るのが本分のはずのお前がこんなにあっさりと負けるとは。眷属がこれでは情けない限りだ」
「いやだから! 眷属ってなんだよ! てか油断したただけだし! たまたまだし! たまたま一本取られただけだし!」
唾を飛ばしながら指を突き付けるが、ミツはやれやれと言った具合に肩をすくめてみせた。
「これだから素人は。実戦は一発勝負で待ったなんてない。お前は負けたし、何度やっても同じだ。力だけでのお前はこんなものだ」
「いやたまたまだし! たまたまやられただけだし! てか、こう見えても虎だぜ? ためらいさえしなけりゃ、何とかなるもんだって。だって虎だし! もともと強いし!」
焦ったように言い募るがミツは見下したままだった。
「虎が強いのは生まれた時から虎だからだ。生まれたときから虎で虎として獲物を取る。その過程で学びがあり、強くなっていくんだ。途中から虎になったお前とは違う。猿真似で私が指導した虫に勝とうなど片腹痛い」
「ぐぬぬぬぬ! いや、まぐれだって! 本気を出しゃあ、俺の勝ちだったんだって! ためらちゃったから負けたんだよ!」
「そもそも、みっちゃんにとって私はまだ虫なんだね。まあいいけど」
言い合うアオたちのそばでアゲハが溜息を吐いた。
「む。そうだな。お前は最近頑張っているし、虫は止めてやってもいいか。うん。お前の世界では、そうだな・・・。コバンザメくらいにランクアップしてやってもいい」
「あんまり褒められている気がしないんだけど」
ミツが訂正するが、アゲハは上目づかいで睨んだままだった。
「うむ! さすが私だな! 引きこもりのコバンザメをここまで育てるとは! 私にかかれば、怠け者を一人前に育てるのも不可能ではない!」
「ああー! 引きこもりとか怠け者って言った! 私、引きこもりじゃないし! 近所のお姉さんとかとはいつも話すし! 配給に来てくれる教会の子とはいっつもお話ししているもん! あいつ、めんどくさくてうるさいけど!」
必死で抗議するアゲハを気にすることもなく、ミツがアオに指を突き付けた。
「とにかく! お前は中途半端なんだよ! お前ごときが虎のまねごとをしてもうまくいくわけがない! ちょっと力が強くなったからと言って調子に乗って! これだからお前は愚かなんだ!」
「うっさいわ! こちとらいきなり虎にされて困惑中なんだよ! てか、気づいたら虎人間になってたんだから、それくらい調子に乗ってもいいじゃねえか!」
唾を飛ばすアオはこの際だから聞いてみた。
「てか、なんでこの姿になったのか、知ってんのか? まさかお前がやったわけじゃないだろうな! どうなんだ!」
「ふん! 弱いやつになんか教えてやらん。少なくとも、接近戦が本分じゃないコバンザメごときに勝てないお前が、知りたいこと知ろうなんて生意気だ!」
ミツの言い分にぐっと口ごもってしまう。
「言っておくがな! このコバンザメの本領はその短い刃物なんかじゃない! 私の力を模倣した、もっとまともで危険な力だ! それが接近戦で簡単にいなされるなんて、情けないと思わんのか!?」
「ぐっ! いや、俺だってこの体に慣れてないし! 虎みたいに戦えるようになれば、俺だって!」
必死で言い訳するが、ミツは見下したように見るだけだった。
「それが間違いだと言っている! 今まで人間として生きてきたお前が、虎のように戦えるわけないだろう! 人間が獣のまねごとをしても本物に勝てるわけがない!」
「なん、だと?」
アオが絶句するが、ミツは言葉を続けた。
「そもそも、お前は人間として強くなりたいんじゃないのか? あの黒羽付きの弱い男や妙な技を使う女を守りたいんじゃないのか? あの聖女もどきの気も引きたいんだろう? それなのに虎のまねごとをするなんて! あいつに近づいても、人を守るなんてできない。それこそけだもののように近づく者すべてを切り裂くだけだ。感情と技は切り離せない。殺戮しか頭にない獣になりたいのか?」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ! 虎人間になっちまったんだから、虎みたいになるしかないだろ!」
叫び返したアオに、ミツはあきれたようだった。
「あのイゾウという男に聞けばいいだろう? お前の種の戦い方を知っているのは間違いないし、武器の使い方も精通しているようだからな」
「な、なにを」
イゾウの名を出されて動揺するアオに、アゲハが疑問を投げかけた。
「イゾウさんって、植草さん? スラムの人がうわさしてるのを聞いたことがあるけど」
「そうだ! アオの仲間のイゾウという男はなかなかのものだ。無駄のない動きで格上の魔物も倒してしまう。お前の短刀を使った戦い方だって、あの男から着想を得ているんだぞ」
大興奮のミツに驚いてしまう。
「あれがお前たちの種の技術だな。貧弱なやつしかいないはずのお前らに、あんな強者がいるとは。しかも我が眷属と知り合いになるとは。ちょっかいを掛けた甲斐があった。お前も運がいい。あいつなら、お前の戦い方も知ってるはずだ」
「お、おい! 勝手なことを! イゾウさんが指導してくれるとは限らないじゃないか!」
必死で言い訳するが、ミツの勢いは止まらない。
「それも問題はないだろう。あいつもこっちの動きには興味津々だからな。お前たちの世界には魔力がない。私の世界にも、この世界にも豊富な魔力があるのだから、あの男ほどの強者なら魔力の使い方について知りたくてたまらないのだろう。現に、お前を操ったときは一挙手一投足に目を光らせていたからな」
アオは絶句してしまう。何か言い返したいけど言葉が見つからなかった。
「とにかく! お前は何としてもあの男に教えを請え。そして技を磨いてアゲハを倒せるようになるんだな。それまでは修行だ。接近戦でアゲハを圧倒できるようにならないと話にならないからな」
勢いよく指を突き付けるミツに、アオは何も言い返すことができないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます