第22話 暴走
「がおおおおおおおおお!」
「やった! やったぞ! この階層のボスを倒したんだ!」
勝利の雄たけびを上げるアオに、シュウが抱き着いてきた。
やっぱりうれしいものだった。シュウが周りの魔物を足止めし、その間にアオがオーガを仕留める。オーガの強さなどイレギュラーなことはあったが、終わってみれば事前の計画通りに進められた。
「アオがオーガに吹っ飛ばされた時はダメかと思ったが、何とかなるもんだよな! 俺もいよいよかと思って準備しちまったぜ。へへっ! あのオーガを仕留めるたぁ、さすがアオだ!」
「がう! がうがう!」
シュウの称賛に、アオは何度もうなずいた。
「でもよ。聞いていた情報よりオーガは明らかに強かったな。ユートたちの話だともうちょっと簡単に倒せたはずなんだけど」
「がう?」
そう言えば、シュウは事前にこのボスの情報を聞いていたはず。ここまで苦戦するとはアオたちが思ったより弱かった? それとも担がれた? アオの頭は疑問符でいっぱいになっていた。
「いやな。オーガの情報を教えてくれたのは中立派に属する探索者なんだけど、そいつも他のメンバーも嘘を言うタイプじゃねえんだよ。そいつらが言うには、ちゃんと連携すれば倒せたし、相手の攻撃でも障壁で何とか防げたって話だが・・・」
アオも首をかしげてしまう。
オーガのこん棒の一撃は明らかに危険だった。直撃したらアオでも危なかったし、もしシュウなら障壁ごと仕留められてしまっただろう。
「あいつらの障壁、俺より少し強いくらいのように思えたんだけどな。思い違いかな。あ、そういえばあのオーガ、なんかオーラみたいなのに包まれてなかったか?」
「がう!」
オーガが魔力に包まれていたことはシュウも感じていたらしい。でも、あれがオーガの実力だとしたら強すぎやしないだろうか。あのオーガなら、サトシやサナの魔力障壁だって簡単に打ち破られてしまうだろう。
シュウは気を取り直して前を指さした。そこには、新たな青い扉が出現していた。
「ま、考えても仕方ないか。よし! 次行ってみようぜ! あのドアを潜れば第2階層だ! わくわくすんな!」
「がう!」
笑顔で言うシュウに、アオは元気よく頷くのだった。
◆◆◆◆
ドアを越えて転移した、すぐ後のことだった。
「!! 総員、警戒せよ! 魔物が転移してきたぞ!」
「なっ!? 魔物が転移するなど聞いたことがない! これは!」
アオたちは、剣を構えた探索者の一団とにらみ合っていた。
白く輝く鎧をまとった一団だった。なんだかキラキラしていて、まるでアニメに出てくる聖騎士のようだ。6人組の彼らは鋭い目でアオたちを睨んでいた。
「ちっ。正同命会の戦闘部隊かよ。緑のは四正天の一人じゃねえか? あの緑の奴とは話したことがねえんだえどな。話、通じるかな」
シュウが小さくつぶやいた。
正同命会と聞いて、アオは反射的に顔をこわばらせた。あの聖女が属する会で、アオは彼女以外に接したことはないが、アキミがすごい反応をしていたので覚えている。
「待ってくれ! こいつは違うんだ! 敵じゃない!」
「お前! 命が惜しくば離れろ! この魔物が!」
聖騎士もどきは聞く耳を持たない。リーダーらしき緑髪を逆立てた男が指示を出すと、聖騎士もどきがアオからシュウを離そうと怒鳴りつけてきた。
「ネプトゥ様! 出ました! アンノウン? 第1形態ではないようです!」
「やはりそうか! 服まで着込んで、それで俺をだませると思うなよ! お前! その虎から離れろ! 巻き添えを食いたいのか!」
どうやら男たちの一人がアオをスキャンしたようだ。ただの探索者ではありえないアンノウンという文字に、聖騎士もどきたちは色めきだった。
「違うっつってんだろ! お前ら、人の話を聞け! スキャンでステータスが出たってことは、人間だってことだろうがよ! 同じ四正天でもウェヌスの嬢ちゃんはもっと話通じんぞ!」
シュウが言い募るが、聖騎士もどきたちの敵意は変わらない。アンノウンの表示を見てシュウは人間だと判断してくれたが、彼らは魔物だと思ったらしい。初対面ですさまじい殺意を向けられて、アオはおろおろとしてしまう。
「魔物なら構わないだろう! くらえ!」
「おわっ! てめえら! 俺ごと殺そうってか!?」
男の一人がいきなり槍を振ってきた。狙いはアオだが、隣に立つシュウのことをまるで気にしない。さすがのシュウも、自分を巻き込むような一撃を放つとは思わなかったのだろう。
「が、がう?」
「くそっ! これだから頭の固いやつらは! 俺はお前たちの仕事を受けたこともあるんだぞ!」
シュウが悪態をつくが、男たちは槍に魔法にと、次々と攻撃を仕掛けてくる。アオとシュウは何とか避けたものの、この調子ではいつかはダメージを受けてしまうかもしれない。
「!! とった!」
「くっ! うおっ!」
槍の一撃は、シュウの右腕をかすめた。血が流れた。鋭い槍の穂先は、シュウの右腕をえぐり浅い傷を走らせたのだ。
「ちきしょう! いてえな!」
「はぁ! くくくくく! 魔物なんかの肩を持つからそうなるんだよ!」
リーダーの体が光りだす。目が爛爛と光り、思いっきり槍を引き絞った。
「ほら! ほらほらほらほら!」
「いっ!? お、おいお前!!」
数発の突きを繰り出し、そして最後に思いっきり槍を引き絞る。そして力のままに槍を突き出した!
「!!! なんだ?」
「う、うぉ!!!」
槍の連撃を、間一髪で躱すシュウ。なぜか途中で槍の勢いが落ちたおかげで、わずかに血が飛び散っただけで避けることに成功したようだ。
「くそっ! イレギュラーかよ! このロートルが!! 調子に乗るな! 次こそは当ててやる!!」
聞いた瞬間、アオの頭に血が上った。
こいつらは、こっちの言うことに耳を貸すそぶりもない。しかも武器を突き付けて、仲間を傷つけたのだ!
「があああああああああああ!」
気づいたら雄たけびを上げていた。そして操られたように怒りに身をたぎらせながらずんずんと聖騎士もどきに近づいていく。
「な、なんだ!? ついに本性を現したか!?」
「ま、待て! アオ! やめろ! 落ち着いてくれ!」
銃の制止の声も届かない。じりじりと下がる男にずんずんと歩いていくアオ。そして驚く男の至近に立つと・・・。
「ぐあああああああああお!!」
右腕を思いっきり降りぬいた!
ぱりん!
障壁が一瞬で弾き飛ばされる。アオの拳を受けた男は言葉を発する暇もなく吹き飛んでいく。その様子を見て、リーダーらしき男が顔をひきつらせた。
「くっ! 気をつけろ! 見かけ通りの危険な相手だぞ!」
「があああああああああああああ!」
腰が引けた男に、アオは容赦なく襲い掛かった。近くにいる聖騎士もどきを次々と吹き飛ばす姿は、魔物が人間と戦っているように見えたかもしれない。
体が勝手に動いている。あいつらは敵だと判断しているのか。敵を殲滅するために行動する体を、アオはなぜか受け入れていた。
「ごあっ! ごあああああああああああ!」
「く、くそっ! 強い!」
つきだされた槍を簡単に避け、右手を思いっきり振りぬいた。相当に強固なはずの障壁を容易く打ち破り、リーダーの男を紙屑のように吹き飛ばしていく。
リーダーの男は大の字で倒れてしまう。何とか起き上がろうとするが、震えるばかりで立ち上がることができない。そんな男に、アオはゆっくりと近づいていく。後方で何かが転移してきたような音もまるで聞こえていないかのようだった。
「あ、あああああ」
「ぐるるるるるる」
リーダーは恐怖で顔を青ざめさせるが、アオは喉を鳴らしながら近づいていく。リーダーの右腕が鳥のくちばしに変わるが、気にも止めない。まるで獣が獲物を追いつめているかのように近づいていった。
「や、やめろ! アオ! 俺の傷は大したことない! だから!」
シュウの声を気にも止めない。気づけばアオは爪を伸ばしていた。そして魔力をまとわりつかせていく。アオは容赦なく腕を振り上げていくが――。
「大丈夫だから、な? お前はそんな奴じゃないだろう!」
シュウの制止する声は、確かに届いていた。でも、止めることはできない。怒りのままに、相手を殺そうとする体を、爪を振り下ろそうと動き出す体を、アオは止められそうにない!
「うがああああああああああああ!」
腕を振り下ろそうとした瞬間だった。リーダーの男が不意にどこかに消えた。そこに割って入ったのは、女の小さな背中――。
止めることなどできない。振り下ろした爪は、容赦なく女の背中を切り裂いていた。
「せ、聖女!」
割って入ったのは、あの正同命会の聖女だった。聖女が振り返ってアオの目を見つめた。きれいだと思ったその瞳は、苦し気にゆがめられている。
急激に頭が冷えてきた。今になってやっと体のコントロールが戻ってきた。そして、血に染まった手を見て愕然としてしまう。
今、アオは何をした? 誰を、傷つけた?
1歩、2歩とよろよろと下がってしまう。裂かれた法衣から赤い血が流れていた。人間を、それも罪もない聖女を傷つけてしまったことを理解し、顔を青くしてしまう。
聖女は苦痛に顔をしかめながら、それでも優しく微笑んで見せた。
「くそっ! 血が! こんなところまで出しゃばってくるから!」
「大丈夫です。急所は外れています。それに、スキルもありますから」
きれいな声が、アオの耳に届いた。こんな時なのに、心地よい声だと思ってしまう。
聖女はこちらに向かってはかない笑みを浮かべていた。駆け込んできた2人の護衛に支えられてはいたが、睨む女戦士とは反対に彼女自身は冷や汗をかくながらも笑顔だった。まるでアオを安心させるためのような顔に、アオは二の句がつけられなくなってしまう。
「貴様! 我が正同命会の聖女を、よくも!」
「やめなさい!」
怒鳴りつけてきた聖騎士もどきを、聖女は鋭い声で止めてくれた。そしてアオに向かって静かに微笑んだ。
「申し訳ございません。我が会の者が失礼しました。事情も聞かずに同じ探索者を襲うなど、本当にあってはならないことです」
「しかし! この魔物は私に反撃してきたのだぞ! 魔物の、分際で!」
反論してきたのは、あの聖騎士もどきのリーダーだった。聖女はいたわるようなまなざしでやさしく語りかけた。どうやら彼は聖女に突き飛ばされたらしく、しゃがんだ格好のまま怒鳴っている。
「ネプトゥ様。あなたの忠勤には頭が下がる思いですが、それはいけません。アオ様は、同じ探索者の仲間なのですから、攻撃するなどあってはならないことです」
「な、なにを・・・。これは魔物ではないか! スキャンをした結果も、アンノウンと記されたんだぞ! いっつもうるさく言いやがって! こんな時まで邪魔をするのか!」
言い募るリーダーに、聖女はゆっくりと首を振った。リーダーは目を血走らせるが、聖女から流れる血を見てためらってしまう。
「たとえアンノウンと言われても、彼が我々に協力する意思があるのは明らかです。先の戦いでも他の探索者をかばうように戦っていた。今も、仲間を傷つけられて怒ってしまったのではないですか? そうでしょう? シュウさん」
「あ、ああ。アオはむやみに人を傷つける奴じゃない。こんななりだが常識的な奴なんだ。襲われない限りは、人を傷つけてりはしない」
そう言って、シュウは正同命会のリーダーを睨むが、相手も負けじと睨み返してくる。
「しかしそいつは! お前を攻撃したのだぞ!」
「それはお前らがこいつを攻撃したからだろうが! こっちの話も聞かずに襲い掛かってくるなんて! だから正同命会ってやつは信頼できないんだよ!」
シュウと相手のリーダーが言い合う声を聞きながら意識が遠のいていく。
頭がくらくらする。高揚は冷め、あとには押しつぶすような罪悪感だけが残った。瞼が重い。こんな時なのに、突如として眠気が襲ってきたのだ。
「私の傷など、大したことはない。ほら。傷は跡形もなく消えてしまいましたから」
聖女の声が遠くなっていく。心地よいその声に導かれるように、アオは意識をつなぎ止められなくなっていく。
「! おい! アオ! どうした? アオ!!」
シュウに返事をしなければと思いつつも、アオの意識は闇に溶けていった。
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