第21話 隻眼の若武者:梵天丸、政宗になる
🌸 元服の儀
永禄十年八月三日、出羽国館山城にて。
陽差しがこってりと強く差し込む広間にて、第十六代当主・伊達輝宗は嫡男の幼名に終止符を打つ決意を固めていた。
輝宗は、数え十歳を迎えた息子を静かに見つめた。
「梵天丸よ、もうおっきぐなったな。今日はめごいお前の名を変える日だ。ええ名をつけるぞ」
梵天丸は、幼き頃に疱瘡を患い失った右目を隠すことなく、父の眼をまっすぐに見つめ返した。
「……父上さま。へえ、わかります。御幣という名はもうおんもい(重い)です。けんど……」
一呼吸おき、彼は自らの不具の身を憂うた。
「わたくしめのへしこいだ(平らな・つるつるの)右目。こごがずんだ(不恰好な)です。このわやな(散々な)姿じゃ、なじょに(どのように)ええ名をつけても……」
輝宗は鼻で笑うた。
「あんだれ(なんてことだ)梵天丸や。何をわめく(嘆く)! この輝宗の息子が、なじょそんなにしょんつる(萎える)こと言う。お前はこのままでええ。隻眼くらい、なんでもねえ(なんでもない)っちゃ」
そして、父は伊達家にとって最も重要な名を告げた。
「お前のええ名、決めたぞ。名を伊達藤次郎政宗とする。伊達家中興の祖、大膳大夫政宗公にあやかった名だ。この強え名を、お前が背負って(しょって)みろ!」
梵天丸はびっくらこいた(驚いた)。これほどえらそうな(立派な)名跡を、このみぐせえ(見苦しい)自身が継ぐなど、負ける(もったいない)と固辞した。
「……父上、政宗という名はおんもすぎます(重すぎます)。わたくしめにはとてもとても。お断りします。わやだ(だめだ)!」
「何を言う! ごちゃごちゃ(ぐずぐず)言わんで聞け! この名はお前が背負う運命だ。強いて命じる。今日からお前は政宗だ! へえ、はれ(さあ、わかったな)!」
ここに、後の奥州の覇王が誕生した。
💍 愛姫との縁組
天正七年、政宗が十三歳の時。米沢城に雪がしんしんと降り積もる、冬のことであった。
政宗の部屋に、家臣の遠藤基信が静かに頭を垂れた。
「政宗さま。仙道の三春城主、田村清顕殿のめごい娘さん、愛姫さまがへえ、おいでになります(来られます)。おなじみで(お輿入れで)ございます」
政宗は、初めての妻を迎えることに、内心どきどきしている。
「……へえ、わかっている。ご苦労さま。基信。嫁に来る愛姫さまはなじょな(どんな)お方なんだ?」
「まっこと(本当に)めんけーお姫さまでございます。それに、政宗さまのおっきな夢をようよう(よく)わかってくださる、かしこい(賢い)お方だとうわさでございます」
「ほー……そうか。へえ、じぇんこ(心配)ねえ(ない)な。けんど……こったら(こんな)わやな(散々な)旦那のもとへ、雪深い中、あんにゃに(あんなに)かざして(着飾って)来られるとはな……」
政宗は自らの右眼にそっと触れ、憂いを口にした。
「基信。わたくしめはみぐせえ(見苦しい)。愛姫さまが、がっかりしないか……どきどきする」
「あんだれ政宗さま。何をなげる(言っている)! だれでも(誰も)政宗さまのずんだ(不恰好な)姿だとおもってねえ(思ってない)! 愛姫さまは、きっと政宗さまのでっけえ(大きな)こころを見てくださいます。まちがいねえ(間違いない)! やぐましい(うるさい・気にしない)ことを言うんでねえ(言うのではない)!」
その言葉に励まされ、政宗は決意を新たにした。愛姫は、伊達成実、遠藤基信らの警護のもと、雪深い峠路を越えて米沢城に入輿した。
政宗は、未来の妻をまっすぐに見つめ、声をかけた。
「……愛姫。遠いところをようよう(よく)おいでなすった(来てくれた)。わたくしめはこの通り、みぐせえ(見苦しい)姿だ。じぇんこ(心配)ねえ(ない)とは言わん。けんど、この伊達政宗が、きっとお前のことをおっきぐ****めごる(可愛がる)! へえ、はれ(さあ、わかったな)!」
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