助けることと、殺すことが、矛盾なく同時に存在してしまう作品。
救済の言葉や抱擁が、次の瞬間には破壊や加害に転じる。その境界が曖昧なまま描かれ、読者はどこにも安全に立つことができない。
明らかに読者を選ぶ。
構成は整理されておらず、感情や状況の反復も多い。物語として見れば詰めが甘く、展開の必然性に首をかしげる部分も少なくない。
オチと呼べるものも弱く、ある意味では投げっぱなしだ。
それでも、なぜか読み手は強く引きずられる。
なぜここまで人間的に感じてしまうのか。
それは完成度の高さではなく、文章があまりにも無防備だからだ。
まるで誰にも見せるつもりのなかった日記や、整理されていないメモを盗み見てしまったような感覚に陥る。そこには、
「物語として整えよう」という意識よりも、「今ここにある感情を吐き出す」ことが優先されている。
同じ感情が何度も繰り返される。
自己嫌悪、依存、救いへの希求、そしてそれを自ら壊してしまう衝動。冷静に見れば冗長で、技巧的とは言い難い。
それでも、その反復自体がこの人物の思考の檻であり、抜け出せなさの証明になっている。
だからこそ、作品としての完成度は低いはずなのに、妙に記憶に残る。
読後に「よくできていた」とは言えない。むしろ「ひどい」と評しても間違いではない。
それなのに忘れられないのは、この文章が“語られるための物語”ではなく、“生き延びるために書かれた痕跡”のように読めてしまうからだろう。
評価しづらい作品だ。
だが、評価しづらいという事実そのものが、この作品の最大の特徴でもある。
整っていないからこそ、救いと破壊が同じ場所に置かれ、読者の中でいつまでも居座り続ける。