第1話
黒野ユウは、昔から“真似をする”ことだけが得意だった。
幼稚園の頃――
先生が折り紙で鶴を折るのを横で見ていただけで、
ユウは同じ工程を一度も間違えずに再現してしまった。
「すごいね、ユウくん!どうしてできるの?」
そう訊かれても、本人は首をかしげるだけだった。
「だって、見たまんまやっただけ…」
彼にとって模倣は呼吸のようなものだった。
小学生になってもそれは変わらなかった。
百メートル走のフォームを、隣のレーンの陸上部の子の動きを見た瞬間にコピーし、学年一番になった。
図工では、絵の具の混ぜ方や筆圧のかけ方まで、先生の癖を完全に再現してしまった。
音楽では、聴いたばかりの旋律をぴたりと同じ音程で口ずさんだ。
ただの器用さではない。
理解を通り越して、“身体が勝手に覚えてしまう”レベルの模倣。
教師は才能だと褒めたが、クラスの中には薄気味悪がる者もいた。
「ユウってさ、人の動きそのまま真似してくるときあるよな…」
「なんか人形みたいで怖くね?」
ユウは笑わなかった。
怒りも悲しみも、表情には出なかった。
ただ、淡々と「行動を写すだけ」。
中学生になる頃には、その異質さはさらに強まっていた。
ユウの目には、人の動きが“線”として見えていた。
腕の軌道、重心の移動、呼吸のリズム。
それらを脳が瞬時に整理し、身体が勝手に追いかける。
観察するだけで、誰よりも正確に真似ができた。
そしてもう一つ――
人の嘘や敵意、感情の変化さえ視えるようになっていた。
笑っていても、眉の僅かな硬さ。
明るく話していても、声の奥の重さ。
背中を向けた瞬間の“気配の揺れ”。
ユウにとってそれらは、
「見れば分かる」
それだけのことだった。
だからこそ、彼は馴染めなかった。
嘘をつく前の呼吸の乱れ。
裏切りを考えるときの視線の動き。
いじめが始まる前の空気の重さ。
全部、視えてしまう。
感情を出さないのではなく、
出す必要がなかった。
世界の動きは、最初から全部見えていたから。
高校に入った頃、ユウは気づき始める。
「俺は、自分から“新しいもの”を作れないのかもしれない。」
同じ動きは完璧にできる。
同じ音も同じ筆致も再現できる。
だが、独自のアイデアや表現を求められると指が止まる。
自分の才能は“創造”ではなく “模倣”。
ただそれだけの、奇妙な才能。
ある日の帰り道。
夕暮れの光がアスファルトの水たまりに反射し、街を赤く染めていた。
ユウは一人、立ち止まり空を見上げる。
「もし俺が、誰の形でもない“自分の力”を持てたら…
俺は何ができたんだろう。」
その答えを知る前に――
世界が、突然ひっくり返った。
視界が白く弾け、重力が消え、風も空気も形を失う。
次の瞬間、ユウは石畳の上に倒れていた。
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