ある事故物件に関する4人の証言

maga

ある事故物件に関する4人の証言


都内●●線沿いにある、築数十年の古びた2階建てアパート。


外見からは想像しにくいが、内装は綺麗にリフォームされ、住み心地は悪くないはずである。


しかし取材当時、このうちの1室――203号室は、いわくつきの部屋、いわゆる事故物件扱いとなっていた。


この部屋で何があったのか――


以下は、この部屋に住んでいた4人の方への取材記録である。



1人目の証言者


取材日時:2024.6.28 AM10:09

取材対象者:菊池きくち 春仁はるひと 氏(仮名)

居住期間:2021.4.3~2023.3.31


私は転勤族でしてね、ええ、あの部屋も、単身赴任用として借りたんですよ。


いや、うすうすは判ってましたよ、駅が近い割に、他の物件と比べてやけに家賃が安かったからですね。心理的瑕疵の記載もきちんと表示してありましたし。


え?ああ、いや興味もないし、気にもしてなかったんですよ、その、霊だの何だのですか?

そんなのに怯えて、他の物件に住んで高い家賃払うって馬鹿みたいでしょう?

まあ、いるならいるで、家賃の半分くらいは負担してほしいですけどね。


え?変わったことですか?


ううん、異変――といえるのかどうか。

一人暮らしですからね、どこかで音がすると結構響くんですけど、シャワーのね。シャワーの音がすることがありました。ええ、風呂場からです。


故障か何かかと思って風呂場に行ったら――シャワーは出ていない。床も、濡れてさえいないんですよ。そんなことが何回かありました。


あとは――廊下を歩く音ですかね。

夜寝てるとき、誰かが濡れたままの足で廊下を歩くような足音が聞こえることがありましたねえ、そういえば。


あれは何だったんだと思わなくもないですが、まあ、隣の部屋のシャワーの音が聞こえただけとか、上の階の方の足音が聞こえたとか、そんなところでしょうね。


ほんと、それくらいですよ。

あとは、そうですねえ、壁に子供の手形みたいに見える汚れがついてたりとか、線香っぽい匂いがするとか――せいぜいがそれくらいですよ。屋根裏にお札が貼ってありましたけど――相当古そうでしたから、ただの棟札むねふだでしょうね。


ええ、せっかく取材にいらしたのに、申し訳ないですね。


まあねえ、これくらいで心理的瑕疵なんて、大袈裟だと思いますよ。不動産さんも大変ですよね。


え?ははは、原因なんか、わざわざ確認しなくても判りきってるじゃないですか。


まあ、家賃が安いのは助かりましたけどね。


はい――はい。え、私の前ですか?


ええと――そうそう、不動産屋さんがね、若いご夫婦がお住まいだったので、中は比較的綺 麗だとおっしゃってたような記憶があります。うん、内見の時にそう聞きました。


はい、ええ、お子さんはいらっしゃらなかったって話で、どうりで部屋が綺麗だな、と思った覚えがあります。

うちの実家なんか、男の子2人ですからね、家の中がそりゃあもう――


◼️


2人目の証言者


取材日時:2024.8.25 AM11:46

取材対象者:塩崎しおざき 俊次郎しゅんじろう 氏(仮名)

居住期間:2011.10.1~2013.3.10


あの部屋は――マジでやばかったですよ。私、商売柄けっこうそんな物件に住む機会が多いんですけど、やばい部屋ってのは入るともう、すぐ判るんですよ。


え?ああ、そうです、その時からライターやってたんです、オカルト系の。今は一応芸人もやってます。

事故物件に住んでみて、ライブ配信したりね。最近はそんなのも飽和気味ですけどね。


で――あの部屋、入居して最初のうちは何も感じなかったんすよ。家賃はまあ、安かったですよ、風呂がありませんでしたからね、あんなもんでしょ。


ただ、ひとつだけ噂があって。

ええ、前の住人が自殺されたらしいんですよ、その部屋。前に住んでたおじいさんだったかが、居間で首を吊って――ええ、そりゃまあ、よくある話なんでね、でもちょうどネタに困ってたんで、その部屋で生配信でもしたら 受けるかなって。まあ、大して話題にはならなかったですけどね。


はい、はい――ええ、最初に気づいたのは押し入れです。臭いがね、臭いがやばいんすよ。


そう、老人の臭いっていうんですか、誰かが押し入れの中にいるとさえ思えるほどでした。


一度気になると、もうずっとその臭いが鼻について。消臭剤も結構買いましたねえ、そう言 えば。首を吊ったのは居間でって話だったのに、なんで押し入れが臭うんだよって、よく判らない理由で腹を立てた覚えがあります。


え?いやいや、そんなもんじゃないですよ、むしろここからです。


そんなだったから、どうしても押し入れが気になって。中をよく調べてみたんですよ、ええ、本当はここでお亡くなりになったんじゃないかって。その痕跡があるかもって。

今思えば、そんなわけないんですよね、家主の方が綺麗にリフォームされたって話でしたから。変な染みだの臭いだの、のこってるわけがないんですよ。

ただ、押し入れの中、くまなく調べたら――


一箇所だけ、叩いたときに変な音がしたんです。


そうですそうです、床下に――空洞があるみたいな。響くんですよ、音が。


で、それで――


もう、時効だからいいですかね、床を――押し入れの床板をね、破ってみたんです。

え?もちろん配信なんかしませんよ、ただでさえ金に苦労してるのに、大家さんにバレたらえらいことじゃないですか。まあ、結果として配信なんかしなくて正解だったんですけど。


音が響くくらいですからね、そこだけ床板が薄いんです。ハンマーとドライバーでどうにか床板を破ったら――


中は真っ暗な空洞でした。


フラッシュライト持ってたんで、それで照らしてみたんですけど――深さは5、6メートルはありましたね。岩を削って作った、防空壕みたいな感じで。ええ、深さはあるんですけど、広さは――そうでもなかったですね。四畳半?もっと狭かったかな。ライトの光で、四隅が確認できるくらいですから。


まあ、そのせいであんなものも見えちゃったんですけどね。


ええ――人形です。あの、阿波踊りの笠みたいなやつ、判ります?そうそう、餃子みたいな形の。

あれをかぶった30センチくらいの日本人形がね、隅っこに転がってたんです、ころん、て感じで。


ええ、そりゃまあ、5メートルくらい先に落ちてる小さな人形で、しかもフラッシュライトの光で照らして見てるわけですから断言はできませんけど――



んです、その人形



なんかもう、一気にあの臭いが強くなった気がして、慌てて床板を塞ぎました。その日は、これもよくある話ですけど、芸人仲間の家に泊めて貰って。次の日には引っ越しを決めましたよ。


はい、はい。ええ、ネタにする――気にはならなかったですね、何故か。


僕らのネタって、 基本ツクリですよ。ツクリだから恐い。オチがないのが恐いなんて言いますけど、あれは怖がらせるためにオチをぼかしてるだけで。


でもこの話は――人前で話したくはなかったんですよ、ええ。


え?ははは、そうですね、床板破いちゃったの、バレますからね。


いくら激安家賃のオンボロアパートでも、怒られますからねえ。


◼️


3人目の証言者


取材日時:2024.10.12PM8:11

取材対象者:里見さとみ 栄介えいすけ 氏(仮名)

居住期間:2017.6.1~2020.9.10


ああ、あの部屋ですか。

ええ、住んでましたよ、3年くらいかな?それくらい。


いやあ、今は何とかやっていけてますけど、当時は経済的に苦しくてねえ。かみさんと子供、2人を食わしてかなきゃって、必死でしたよ。


ええ、家賃は相場よりかなり安かったですね。その、事故物件?ですか?何かわけありなのかも、とはちらりと思いましたけど、その頃はもっとこわいものに追いかけられてましたからね、お化けくらいどうってことはないって気持ちでしたよ、正直。


そうなんです、物件に心理的瑕疵なんて項目があることすら知らなかったんですけど、あの部屋にはそんな記載はありませんでしたよ。

まあ、外見は古いですけど、内装は全部洋風でね、クロゼットも風呂も綺麗で、住むのは快適でしたよ。

あんまり綺麗だから、子供にも汚さず使うように、口を酸っぱくして言ったもんです。


はい、ええ、そうなんです、住み始めて2年ころかなあ、かみさんがね、ネットで見つけたんです。

ええそうです、住んでた部屋が――事故物件だって。細かい話は忘れましたけど、子供の霊が出るって話だったかな。何でまた子供の霊なのかは判りませんけどね。


でもこれ――一番困るでしょ?

途中で知らされるって。

不動産屋にもクレーム入れたんですけど、事実無根だって言われましてね。実際、一緒に調べてくれたんですけど、事故だの事件だの、そんな不穏な出来事が起きた記録はなかったです、ええ。なかったんですが――



かみさんと子供が「見る」ようになっちゃって



え?ええ、お化けですかね、そんなのを。


夜に、窓から誰かが覗いてくる、っていうんです。覗けるわけないだろ、ここ2階だぞ、って何度も言ったんですけど、今思うと逆効果でしたね、2階だから恐かったんでしょうね。


はい、はい。そりゃ子供はねえ、想像力豊かですからね、恐い顔をした落ち武者――はは、そうです、落ち武者なんて言葉、知るわけないですからね、おでこが広くて後ろの髪が長いおじさん、って言ってました。

それだと、落ち武者でしっくりくるでしょ?

その、ビジュアルが。


そのうちにかみさんも顔が見える、なんて言い出して、いやあの頃は参りましたよ。


私も面白半分でね、写真なんか撮ってみたんですよ、ええ、窓の写真をね。

そしたら、かみさんも子供も、ここに顔が見えるとか、オーブ?っていうんですかアレ、あの点みたいなやつ。それが沢山あるとか――ほんとに参りましたよ。


ええ、知り合いで写真が趣味の人がいましてね、その人に見せたら光の加減だ、って。シムラ――シムラなんとかだって。

え?ああそうそう、シミュラクラ、それだろって。あとオーブは埃だから、部屋の掃除しろって言われました。


まあ、今では笑い話ですけどね。結局かみさんも子供も、飽きたんですかね、いや、慣れたのかな、次第にそんなことを言わなくなりました。

で、それから二人目の子供が出来ましたから、もうお化けの出番はないですよ。もっと広いところじゃないとって事で、引っ越すことになりました。


まあ、気になることと言えば――出るのは子供の霊なんじゃなかったっけ、とは思いましたけどね。


だって見間違えないでしょう、子供と落ち武者を。


ちょうどその頃――隣町でね、子供さんが襲われる通り魔事件がありましたからね。


今でも胸が痛みますが――ひょっとしたら、その事件に対する防衛反応みたいなものだったんじゃないですかねえ、ええ、噂の出所はそんなところじゃないかと思いますよ。


◼️


4人目の証言者


取材日時:2024.12.17PM6:43

取材対象者:神田かんだ 幸夫ゆきお 氏(仮名)

入居者居住期間:2005.6.1~2007.12.10


※実際に入居されていた尾上おのうえ 徳治郎とくじろう 氏(仮名)は既に鬼籍に入られている。神田氏は当時この部屋を尾上氏に紹介した不動産業者の担当者である


はいはいはい、覚えてますよ。いやあ、その辺のさらし物件より難物でしたからねえ、苦労しました。


ありゃあ――もう20年近く前なんですかねえ、ええ、おじいさんが1人で。


実際困るってのが本音ですよ、独居老人って形ですからね。でも、ご家族と折り合いが悪かったんですかねえ、お一人で住まわれるって。

どんな物件でもいいからって仰って。

断られるつもりであの物件をご紹介したんです。2階でしょ、風呂もないし、それに建物も古い。でも――気に入られたみたいでした。


そうですね、ご近所付き合いとかもなさってたみたいですよ、あとで近所の方に聞いたら、尾上のおじいちゃんがいなくなって寂しい、って仰る方がけっこういらっしゃいましたからね。


え?ええ、そうです転倒されたんです、あの部屋の居間で。建物が古いでしょう?畳の縁につまずかれたんですね。ええ、足を――右足を骨折されて、そのまま入院されました。


悪いことばっかりじゃなかったんですけどね、それがきっかけで、ご家族との関係も改善されたって伺いましたよ。ええ、退院後は、またご家族と一緒に暮らすことになったって、みなさんでご挨拶においでになりましたからね。


ですからねえ、なんでまたあそこが事故物件って言われるのか解らないんですよ。


ああ、リフォーム。そうです、リフォームもしましたね、内装の。転倒事故のすぐあとに。

全部洋室にして、バリアフリーにして、押し入れとかもクローゼットにしてね。

でもさすがに風呂までは付けられなかったんですよ、採算の関係で。直ぐ近くに銭湯もありましたしねえ。

ええ、リフォームはその1回きりですね。


でも、その後も妙な噂がついて回ってねえ。

尾上さん、ご自分が自殺したことになってるの聞いて、大層怒ってらっしゃいましたもん。


変な雑誌だかネットだかの記者さんが来られてね、あんまりしつこいもんだから、「事故物件サイトだか何だか知らないけど、ここはそんな物件じゃありませんよ」って言ってやったんです。


あとで記事を見たらびっくりですよ、「こちらから話を振ってもいないのに、不動産の担当者は事故物件サイトの話をし始めた。やはり、ここには隠すべき「イワク」があるのだ」って。


もう、怒るのを通り越して笑っちゃいましたよ。笑い事じゃないんですけどね。


でね、あんまり噂がしつこいもんだから調べてみたんですよ、ここで――この土地で何か事故や事件があったかどうか。

いや、あるにはありましたよ、古戦場跡ってことと――あと、東京大空襲の時にかなりの被害があったって。


でもそれ――それで事故物件になりうるんですかねえ?


まあ古戦場はね、そりゃ昔々の話ですから、落ち武者くらいは見るかもしれませんが――


大空襲はないでしょさすがに。

それは、そんな形の――事故物件だのお化けだのの文脈で話していい内容じゃないですよ、そんな話、誰も受け付けないでしょう?


きっとねえ、話をする人、聞く人が処理できないんですよそんな話。

個人の中に還元できない。


だからこの部屋もね、尾上さんが転んで怪我をなさった、それだけなんです、起こった事は。


でも、それで沢山の人が――



んだと、私は思いますよ、ええ。


◼️


取材者のメモより


2025.11.22.PM 8:00


――当該物件は数ヵ月前に取り壊され、今では駐車場となっている。


ここに、かつて怪異を起こす家があったことも、やがて急速に忘れ去れていくだろう。


取り壊された建物の跡地を見ても、そこに何が建っていたのか思い出せないように――


4人の関係者が語った話は、おそらくどれも本当で――どれも少しずつ、誤りと偽りと矛盾が混じっている。


ここにあった家は――


故意に

無自覚に

主観によって

情報によって

時間の経過によって歪められ――


4つの顔を持つに至ったと思われる。


孤独死した老人と、不幸な事件によって亡くなった子供の霊


聞こえるはずのない上の階の足音と響くはずのないシャワーの音


あるはずのない地下に広がる防空壕


古戦場に留まる落ち武者の霊


そして――今も増えつつある「イワク」のある物件達。


それらが今後――


いくつの顔を持つことになるのか、私には想像もつかない。











◼️補稿


オカルトWebマガジン「レムリア」(書籍版の最新号は2025.11.2発行)への読者メールより抜粋


レムリア編集部の皆さんこんにちは。

いつも楽しく読ませていただいています。

実は今回メールしたのは、私の通う学校の近くで幽霊が出るっていう噂があって。


●●線の近くの駐車場なんですけど、夜中にその近くで、防空頭巾を被った人達が歩いているのを友達が見たって――


(了)







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある事故物件に関する4人の証言 maga @gajagaja

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ