異世界図書館『ビブリオテーク』と不思議な不思議な本

巫夏希

一冊目

第1話 人の雰囲気を変える本・前編

 私は、学校が嫌いだ。

 クラスに入ると辛気臭い雰囲気に変わるのが、いやでも分かる。

 今までクラスの外まで聞こえるぐらい他愛もない話で盛り上がっていたのに、誰かが私が入ってくるのを確認すると、少しトーンが下がる。

 それは、私が決して学級委員長のような真面目キャラで、そういった騒がしい声について指摘をするからではない。

 明らかな隔絶を受けている、と言って良い。

 それは私が下校するまで続く。私が休憩時に何処か行こうと外に出ていくたびに、クラスの喧騒は復活するけれど、私が戻ったらまた元通り。

 何がしたいのかはさっぱり分からない。

 何かしらの原因と理由があってこんなことをしているのだろうとは、流石に想像がつくのだけれど、しかしながら全く心当たりという概念が存在しないため、改善したくても改善しようがない。理由は教えてくれないのに懲役刑を喰らってしまったみたいな、そんな感じだ。

 しかしこの鬱屈とした現実を、いつまでも続ける訳にはいかないし、気分転換は最低でも欲しかった。

 だから、いつも私は書店を巡っている。

 書店で本を探している間だけは、何もかもを忘れられるから。

 嫌なことを全て忘れられて、本だけに集中できるから。

 例え欲しい本が頭の中に無かったとしても、書店に行くと、欲しい本が見つかってくる。

 書店は巨大なカタログだ。或いは美術品を保管する美術館かもしれない。……それだったら、図書館と何ら変わりないような、そんな気になってしまうけれど。

 閑話休題。

 今日も今日とて、書店巡りをしていた。しかしながら、学生において金銭面は大変な問題で、死活問題だ。お小遣いを使うことになるが、あんまり使ってしまっては何か起きた時に困ってしまう。生憎、学校は弁当制であるため、食事が取れないなんて異常事態に陥ることはあんまりないのだけれど。


「あーあ、何か面白い本でも見つからないかなあ……」


 ついでに、この現状を打破するアイディアでも見つかれば良いのだけれど。

 そんな都合よく、二つとも解決してくれる案など出てくる訳もない——なんて思っていた。

 そう思いながら、路地裏へ続く通りを通り越そうとした、その時だった。


「……ん?」


 ふと何かが目に入ったので、私は立ち止まり、また路地裏に目線をやった。

 路地裏の奥に、真紅の扉があった。

 看板も何もついていない扉だ。


「……こんなところに、あんなのがあったっけ?」


 そう思い返しながら、恐怖よりも興味が優ってしまい、私は路地裏へと足を踏み入れた。

 基本的にこの街は治安が良い。仮に路地裏であろうとも、だ。細々とした犯罪は起きているらしいけれど、警察官のパトロールは定期的に実施してくれているし、私たち学生からしてみれば住みやすい街であることには変わりない。

 まあ、だからこう見ず知らずの路地裏に簡単に足を踏み入れることだって出来るのだけれど。

 赤い扉と向き合う。

 いわゆる片開き扉だ。

 古めかしい雰囲気を感じさせるその作りは、まるで西洋にある施設を思わせる。或いは、異世界みたいな感じ。

 どちらも行ったことはないし、憶測に過ぎないのだけれどね。


「……これは一体何なの?」


 ふと見ると、扉の正面にはフックが付けられており、そこにコルクボードがかけられていた。

 そして、そこにはこう注意書きがされている。



【本図書館を利用するにあたってのご注意】

 一、図書館内はお静かに。また、許可なく書物を外へ持ち出すことを禁じます。

 二、はじめにカウンターにてお手続きをお願いします。その後、利用者に適切な書物を持参します。

 三、図書館内の書物を自由に閲覧することは許可します。但し、読後の作用について図書館は一切の責任を放棄するものとします。

 四、規則を違反したと認めた場合には、管理者からの罰則に従っていただきます。



「……なにこれ?」


 正直、意味が分からなかった。

 ただ書かれている内容からして……図書館? でも、そうだとしても、こんな場所に図書館なんてあったかなあ。

 でも、それよりもワクワク感が優っていた。

 図書館であれば、読みたい本を思う存分見ることが出来るのだし。

 ある種、こういった人間からしてみればオアシスのような存在であることには間違いない。

 そう思って、私は扉を開けた。



 ◇◇◇



 扉の向こうに広がっていたのは、巨大な空間だった。

 壁一面に本棚が広がっていて、そこにはぎっしりと書物が整理整頓されている。ハードカバーの本もあればソフトカバーの本もある。それに、誰かがホチキス留めで作ったみたいな同人誌めいた作品まで。

 そして、図書館には誰も居なかった。

 普通、読むことの出来るテーブルなり椅子なりが置かれていて、そこで自由に本を読んでいるような気がするのだけれど——ここはそんなサービスをしていないのかな?

 とまあ、ある種楽観視したような感じで、さらに周囲を見渡す。


「いらっしゃい。お客さんかな?」


 声がした。

 図書館の中心には五角形に象られた本棚が設置されている。五角形、というよりかはそれぞれ天井までの高さを誇る本棚が四つ設置されていて、それが結果的に五角形の形を成しているというだけに過ぎないけれど。

 最後の一辺はカウンターが担っていた。

 そしてカウンターには、一人の少女がこちらを待ち構えているように、笑みを浮かべていた。

 黄色い髪をシニヨンにした少女だった。白いワンピースに身を包み、上半身はその上に黒いブレザーを着ている。白と黒のコンストラストも相まって、ちょっとばかり真面目な格好に見えなくはない。

 けれど、それを着ている少女そのものは間違いなく、小学生ぐらいの見た目をしていて、とてもじゃないが図書館の司書とは言い難い存在に見えている。


「あの……ここは一体?」


 私はカウンターに近づき、恐る恐る問いかけた。

 

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