第20話 有名税

「勝者はバラーズ・ジム先鋒、ユアンナ・カーニャー!」

「ユアンナ! ユアンナ! ユアンナ!」


 観客席の熱狂に応え、ユアンナはカメラへポーズを取る。


「みんなありがと! 次の写真集買ってね〜!」

「うおおおおおお!」

「絶対買うよーっ!!!」


 私はギョッとしてアマリに尋ねた。


「何あれ、アイドル?」

「ユアンナって強いし美人だろ? 実は元々地下アイドルらしいぜ。その分アンチも多いけど」

「ひょええ」

『ソメヤ様もそうなっていただくんですよ』

「うわぁっ!?」


 私が驚いていると、この日のためにと用意してもらった衣装の背中から、チェレーゼの声が響いてきた。


『ごめんなさいね。イメージ戦略として綺麗な服を着ていただきたかったのも本心ですが……ちょいちょいと細工してしまいました』

「びっくりしたぁ! てか私、あれになるの!?」

『はい。ソメヤ様だって、ユアンナさんに負けず劣らず美人ですから。勇者というには各地に彫像が立ち、広告塔になり、あなたをモデルにした映画が作られる、そんな存在になっていただかないと』

「無、無理だよお……」


 私は全身で嫌悪を示す。身内しかフォロワーのいないキラキラ系SNSでも顔を隠してしまう女だというのに。容姿を褒められて悪い気はしないが、自分を模した彫像が立つと言われて喜ぶほど自信家ではない。


『嫌でもなりますよ。大衆心理とはそういうものです』

「うげえ……」

「チェレーゼ神官様も写真集あるもんな! 俺1冊持ってるぜ」

『ご購入どうも、アマリさん。こればかりは勇者パーティの宿命ですね』

「ピグトニャのが一番人気だったらしいじゃん。テスは買ってないけど! 勇者様の方がカッコよかった」


 テスはバルの娘で、まだ17歳の若い実力者だ。速度は平均S2で、非の打ち所がないが、強みもない、と本人はよく自虐する。


『ピグトニャは……なんででしょうねぇ、私もわかりません』

「本人の前で言うなよな。テス、ユアンナが負けたら次行くんだから、構えとけよ。多分次は負けるからな、あいつ」

「はいはーい」


 ユアンナの前に新たな敵が立ちはだかる。たしかに、先ほどまでの猛追と比べると、いささかスピードが落ちているようだ。ユアンナは吸収魔法が得意で、攻撃する時も、どちらかと言えば相手の体内の魔力を巧みに操って自滅させるタイプだが、いくら相手から奪って自身の治癒に回しても、回復しきらないダメージがあるらしい。


「ユアンナなぁ……強いんだけど、連戦すると、左手が痛むらしいんだよ。コーチみたいに一回吹っ飛ばしてから繋げたら、治んねえかな?」

「アマリ、おまえの冗談は笑えない」


 しばらく見ていると勝負がついた。ユアンナは「ごめんねー! でも次の配信も見てね!」とファンサービスを欠かさない。


「じゃあ、行ってこい、テス。左手が痛いユアンナが善戦してんだ、向こうは吸収に弱そうだぞ」

「言われなくても見てたもん! ねえ、ピグトニャ、あたし、勝つつもりだから」

「はいはい、敵討は任せとけ」

「勝つって言ってんでしょー!」


 テスはぷりぷり怒りながら、短めのスカートを揺らしてリングへかけていく。このスカートも、大会のために可愛いのを新調したと本人が言っていた。みんな気合を入れている。誰かに見てほしいと願って。


「おかえり、ユアンナ」

「ただいまぁ。ちょっと髪が乱れてるから直してくる」

「アイドル様は大変ですなあ」

「そうだよー、いつでも可愛くいなくっちゃ、ね? タイピングはその次」


 これで俺より強いんだから悲しーよー、とアマリは叫ぶ。アマリの弱さには、そのわかりやすさも一因としてある気がする……が、言っても直せないと思うのでやめた。


「でもテスちゃんはちがうよね、あの子っていつでも本気。ちゃんと見てあげてね、ピグトニャくん」

「なんで俺が」

「テスちゃんがいちばんピグトニャくんを気にしてるからに決まってるでしょ? 照れ隠しなんだから、いつものやつは」

「はぁ……また適当言ってら」


 ユアンナはそのまま控え室の方へ戻った。本当に、髪やメイクを直してくるのだろう。


「適当じゃなさそうに見えるけどなぁ」


 私がぽそりと呟くと、ピグトニャは眉根を寄せて、意味わからん、という顔をした。


「えぇ? でも勇者様の方がかっこいー、とか言ってただろ」

「照れ隠しでしょ、まだ17だし」


 私が素直な感想としてそういうと、私の背中からも、煽るような声が響く。


『ピグトニャは女心疎いですからねえ〜』

「姉さん!」

「そうだよな、こんな美丈夫なのに、彼女もできたことがなく……」

「アマリ!」


 くすくすと笑っているうちに、先攻後攻も決まり、試合の準備が整った。ドーム……半球状の防御魔法が張られ、審判がフラッグを立てる。私たちはテスに手を振り、身振りで応援の意を示した。ピグトニャはなんらかのジェスチャーをしている。ガッツポーズのような、見ているだけで応援の気持ちが伝わるような、いい動きだ。テスもちらりとこちらを見て、にかっと笑う。


「試合……開始!」

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