第16話 S3

「いってえ〜! ほんとにびっくりした! 俺じゃなかったら多分死んでた!」

「対戦相手をアマリにしてよかった……お疲れ様」

「マジで、ほんとに、コーチ! 冗談抜きだからね!? すぐわかった。あ、やばいやつが来る……って。だからダメージを最小限にできるようルールも破って最大限防御して……そんでこれ! 速度だけなら俺と同じぐらいだろ!? くっそ、才能の差かよこれが」


 医務室で寝ながら毒づくアマリ。チェレーゼの治癒のおかげか表面上ほとんど傷は無くなったものの、しばらく痛みは続くらしい。


「ご、ごめんなさい。そこまでやるつもりじゃ……」

「初めてだから手加減知らなかったんだろ? いいよいいよ、俺も同じことやったことあっから。俺のこと舐めてたコーチの腕吹っ飛ばしてさぁ、最高だったぜ」

「私は最悪だったよ、アマリ。奇跡的に繋がったもののなぁ」

「……ありがとう」


 私が変わらず凹んでいると、アマリが痛むはずの腕をこちらに伸ばし、私をちょいちょいと叩く。


「俺と戦って凹んでんじゃねえよ! 気持ちよかっただろ?」

「うん……うん。気持ちよかった。すごく」


 チェレーゼも私の隣に座って励ましてくれる。


「アマリさんは怒ってないようですし、才能を示せてよかったではありませんか。当然のことながら、プロの資格も与えられましたよ」


 そういって、キラキラと光るバッジを見せてくれた。ソメヤ・イストゥール。バラーズ・ジム・プロチーム。


「しっかし恐ろしい才能ですな。S3でこの威力とは」

「あ、あの。気になってたんですけど、S3とかってなんですか?」

「あれはピグイタン統一の速度の指標ですよ。どれだけ正確に、意味のある文字列を、素早く打てたか、で決まります。お題として成立していない文字を打っても無効ってことです」

「お題……」

「呪文書を使うと文章が出てくるでしょう? あれは呪文書がランダム生成しているお題です。この前プレゼントした基礎呪文書とちがって、今回のは試合用です。最初に呪文を唱え、その後のお題を打ち切ると自動で最初の呪文が繰り返される。その結果によってバフがかかるんですよ」

「へえ……」

「S3はかなり速いですよ。一般的に、努力の壁がA5から9まで……このランク帯は、ピグイタン人なら多くの人が努力でたどり着けます。S1からは、タイピングの才能があるものが、努力を極めてたどり着く世界です。S9の先……X(イクス)は、かの勇者様しか辿りついたことはありません」

「なるほど……」


 地球のタイピングゲームでどれぐらいなのか教えてほしい。全然ピンとこない。困惑顔をしていると、チェレーゼがコソコソと教えてくれた。


「地球でソメヤ様が遊んでいたゲームのトップタイピストがS5から6ぐらいです。あなたが700から750だったあのゲームで言うと……850から900とかの人たち」

「うええ!? じゃあ勇者ってめっちゃ早いじゃん!?」


 こくこく、とチェレーゼは頷く。


「しかし、魔法は打鍵速度だけでは決まりません。ソメヤ様がリングを破壊し尽くしたように」

「ごめん」

「バルさん、修理費の請求は、後ほどメールでお願いします。多分予算から出ますので……」


 はあぁ、とチェレーゼは頭を抱えた。


「予算担当に怒られます……」


 そこらへん、地球と全然変わらないんだなあ。


「とにかく、魔法の世界とは奥深いのです。魔法のプロでも速度はAランクの方もいますし……そりゃ、速いほうがいいですが、速くなくても他で補える。とはいえ、やっぱり速いほうが、かっこいいですね」

「そのとおり」


 全然知らない声が聞こえ、ドアの方へ振り向く。そこには、チェレーゼと同じように美しい白髪の、精悍な顔立ちの男が立っていた。私はその顔に見覚えがあった……試合の後、全員が私に怯えていた時、唯一平然としていた人だ。


「俺の上位互換みたいだな、おまえ」

「ええと、あなたは?」

「俺はピグトニャ・イグノジー。そこのやつの弟」

「ピグトニャ! 医務室なんだから、急に入らないの」

「いいよなアマリ」

「いいよお、賑やかで、なんか、笑えてきた……」

「それ麻酔の効果ですね、ちょっと効きすぎたかな、すみません」


 あはははは、と笑い出すアマリに、チェレーゼはさらに魔法をかけたのか、彼はすうすうと寝息を立てて寝始めた。


 静かになった室内で、改めてピグトニャと名乗る男を見つめると、たしかに、チェレーゼと顔立ちが似ている。身長はすらりと高く、しかし肩幅は広く、鍛錬を積んでいることが一目で伝わるような色男。


「彼はピグトニャ・イグノジー。速さはS1なのですが……この国第二位の実力者です。ただちょっと、困った弟で」

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