《執筆工程公開》消化されなかった愛の残滓
コウノトリ🐣
愛という言葉は漠然として
愛、という言葉はどうしてこうも漠然としているのだろう。
恋慕、家族愛、友情、郷土愛、博愛……。辞書を引けば、広すぎて輪郭のない定義が、ただそこにある。それはまるで、触れようと手を伸ばしても掴めない、夜の闇に溶けていく声のよう。
だから、「愛しています」その言葉は私の中では一度も使われることがないと思う。嬉しさよりも、どうしていいか分からないむず痒さ? そんな感じのものを感じるんじゃないかな。
好きな彼に想いを伝える
あのときも、そうだった。
大学卒業を間近に控え、皆が就職や未来について、期待と不安を混ぜ合わせたような顔をしていた季節。彼と私、そして何人かの共通の友人で飲んでいた居酒屋の帰り道。
「俺、春から配属先がちょっと遠いところになっちゃってさ。まあ、頑張るしかないんだけど」
彼はそう言って、少し自嘲気味に笑った。その配属先は、彼が第一志望としていた分野ではなかった。そんなマイナスな話をする彼には心が許されている気がして嬉しかった。私の心の中で熱いものが弾けた。
「仕方ないよ〜、仕事は都会に集まるものだしね。私も都会に出るし、一緒に頑張ろ」
軽やかなエールの中に私の想いを混ぜて伝える。私の精一杯の愛は、いつもねじ曲がった形でしか表現できない。素直な「I love you」は、私にはあまりにも荷が重すぎた。
「そうだな。頑張るしかないよな」
「そうそう、今どき転職するのもよくあることだし、私のところに来たっていいんだよ」
ふざけた様に手を広げてみせる私に"業界が違うだろ"とツッコむ彼に"それもそうか"と笑う。楽しいと思う。充実しているなってそんなことを思った。
「私、頑張るからね。応援してよ」
彼の顔に、疑問符が浮かんだのが分かった。”急にどうした? ”っていう戸惑い。それもすぐにいつものことと彼の顔はいつものように戻る。
「ああ、お互い頑張ろうな」
私は結構、アピールしているつもりだった。でも、気づいてもらえない。精一杯の告白だった。まだ、言いたいこともあるはずだけど……話す機を逸しているのが私にも分かった。
「うん。またね」
笑顔で彼と別れる。またすぐに会えるとそう信じて……。
それから数年、私たちは物理的な距離はあれど、定期的に連絡を取り合った。彼が仕事で悩んでいるとき、私が接客で不満を溜め込んだとき。私たちは、お互いの人生の"応援者"として、常に寄り添っていた。彼の口から出る言葉は、いつも誠実で、私を励ましてくれた。
彼の悩みを聞くとき、”頼りになるわ。ありがとうな”そう言ってもらえるのが、彼の役に立てたようで何よりも嬉しかった。”何でも相談してね。いつでも乗るから”その言葉の通りに私は彼の分野についてどんどん詳しくなっていった。
予定が合わなくて、遊びに行く様なことはなかったけれど、愚痴を悩みを送り合う中で彼との距離が、彼の仕事を知るごとに確かに縮まっているように感じた。私たちは、ただの友人という枠を超えた、特別な関係にあると……信じていた。
――アパレルの支店の一つを私に任せてもらえるようになった春に彼が結婚したというメッセージを受け取るまでは……。
『俺、結婚するからさ。結婚式に来てよ』
そのメッセージの下には、式を開く場所や日程が記されていた。メッセージの最後には”友人の私にも来て欲しい”という言葉で締められている。私が彼との間にあると思っていたような……そんなものはどこにもなかった。
細かく送られたメッセージ群を何度読み返しても、彼のメッセージは告白の文章になることはなかった。どこまでも、0と1からなる文字は温度を感じさせず、彼の結婚が事実だと如実に語っている。
自分の心を千切るような痛みにベッドにくるまっていた私はようやくインフルエンザの後のような鉛を溜め込んでしまったようなダルさの残る手でスマホを操作する。
『ごめん』
その三文字を送るだけで限界だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます