僕のばあちゃん天然+α

綱島未空人

第1話

うちのばあちゃんは、昔から天然だった。

 鍋にブドウの黒酢を入れたり、電子レンジに生卵入れて“温泉卵ごっこ”しようとしたり、

 僕の体操服と自分のスウェットを混ぜて「色味が似てる」と言ったり。


 そういうのは全部“ばあちゃんの味”で済んでいた。


 ある日、ばあちゃんが出かけるとき、

 玄関でスニーカーじゃなくて僕の学校用の上履きを履こうとした。


「ばあちゃん、それ学校でしか使わないやつ」


「あらやだ、私も今日から学校に通うのかと思っちゃった」


 このレベルなら、昔からあった。

 むしろ安定のボケ。


 ただ、この日あたりから、ちょっと様子が違ってきた。



■ その日の昼


 僕が帰ると、テーブルの上にスーパーの買い物メモが置いてあるのに、

 レジ袋の中には“豆苗”と“黒い折りたたみ傘”だけ入っていた。


「ばあちゃん、スーパー行ったんだよね?」


「行った行った。豆苗がピンと来たのよ」


「傘は?」


「あのねぇ……安かったから買ったの」


「でも今日晴れだよ」


「そう。だから買ったのよ。晴れてたから」


 その理屈が天然なのか違うのか、判断に困る。


■ 夕方、ついにひっかかる


 テレビ観ながら、ばあちゃんが急に言った。


「ミクト、今日の昼ごはんって何食べたっけ?」


「焼きそばパン」


「……それね、今日の私、二回食べたことになってるのよ」


「二回?」


「うん。記憶が二つあるのよ。私の今日が二段重ねなの」


 “二段重ねの日”という表現はさすが天然なんだけど、

 その言い方がいつもより静かで、妙にリアルだった。


 そこで僕は薄々気づく。

 “これ、ただの天然じゃないかも”って。




「ばあちゃん、一回病院で相談してみよ」


 ところが、ばあちゃんは首を横に振った。


「病院? 何言ってんのよ、ミクト!

 私を病院に連れてくなんて、お前は病人扱いしたいのか!!……!」


 初めて“ミクト”ではなく、強めの口調でお前と呼ばれた瞬間だった。

 いつもは淡々として天然なばあちゃんが、

 ここだけは真剣で、怒り半分、心配半分。


 天然な発言の裏に、

 自分のプライドや恐怖が垣間見えた。



■ 抵抗と笑い


「お前……って、ばあちゃん…なんか怖いよ」


「怖くないわよ! でもね、病院行ったら“本当にそうです”って言われるんじゃないかと思ったのよ」


 ばあちゃんは顔は真剣、でも言い方はやっぱり天然で可笑しい。

 僕は苦笑しながらも、少し胸が重くなった。


 


■ 数日間、ばあちゃんの抵抗期


 ミスをしても全部、


「昔からよ」「天然だから」「年相応よ」


 で片づける。

コンビニ


「ファッションよ」


 冷蔵庫にリモコン入れてても、


「私、リモコン冷やす派だから」


 いや、そんな派閥ない。


 その“笑って誤魔化す感じ”が逆に苦しかった。



■ 台所でついに折れる


 ある夕方。

 ばあちゃんが味噌汁を作りながら、急に動きを止めた。


「……あれ? ミクト、私、今、何してた?」


 鍋の前で固まったまま、困った顔。


「味噌汁作ってたよ」


「そうか……そっかぁ……」


 その“そっかぁ”が、今までみたいな軽さじゃなかった。

 ちょっと悔しそうで、ちょっと情けなさそうで。


「病院……行こっか」


 ばあちゃんのほうから言った。


「うん。一緒に行こ」


「怖いけどねぇ。…ミクトとならいいわ」



■ 診断のあと


 帰り道、ばあちゃんは苦笑いしながら言った。


「ミクト。私ね、やっぱり本物だったわ」


「まぁ……中期だけどね」


「天然+アルファね」


 急に肩の力が抜けたみたいに笑った。


「でもね、これだけは言わせて?

 “できることは、まだまだいっぱいある”って言われたのが嬉しかったのよ」


 ばあちゃんの目は、少し寂しくて、でもちゃんと前を向いていた。



■ 家に帰ってから


 例の豆苗を見ながら、ばあちゃんが言う。


「ミクト、私ね、これ伸ばしたいのよ。

 ほら、私もまだ伸びしろあるかもしれないじゃない?」


「あるよ、めっちゃあるよ」


「でしょ?」


 豆苗はその後、予想以上に伸びた。


 そしてばあちゃんも、

 “天然+アルファ”のまま、僕と普通に生活している。

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