はるのひ

冰灯純怜@WGS所属

はるのひ

 私はあなたに恋してる。




 春の訪れを告げる温かい風が窓から私を包み込む。

 うららかな春の日、誰も居ない静かな教室。



 かつては隣りにいた彼を想いながら、古びた木製の椅子に座り、隣の机に手を添える。

 暖かくなり始めた私の手を、ひんやりとした心地よい感触かんしょくが支配する。



 今の私には何もない、無限とも言えるような空間が広がっている。



 私はどこで間違えたんだろう。

 私は何故、彼を失ってしまったんだろう。



 初めは順調に回っていた時計の針が、いつの日かかなめびて狂い始めた。

 やがて根本が侵食しんしょくされた時計の針は、いつの日かちて消えてしまった。



 回っていた時計の針が、一体どの数字を指したときに狂い始めたのか。

 それは、過去に戻らないとわからない。

 けれど私がいかばかり考えても、針が背反はいはんすることはない。



 早咲はやざきのマリーゴールドが、春一番はるいちばんに揺られてその存在感をあらわにする。




◇◇◇◇◇◇◇◇




 私は彼に愛して欲しいと願った。

 そして私は彼に愛して欲しいと願いながらも、彼が私を自由に愛するように願った。



 彼は、私を自由に愛しようと努力してくれた。

 私もそれを望み、彼はその通りにしてくれた。



 けれど―――――そこで私は気づいてしまった。




 自由に愛しようという努力は、束縛そくばくされた愛だということを。




 自由に愛する彼の愛を、私自身が、私に向けてほしいと願った。

 私自身が、彼が私を自由に愛してほしいと願った。

 まるで、法律にしばられたみてくれの『自由じゆう』のように。



 私の愛は、はじまった時から破綻はたんしていた。

 私の愛は、既に本質的に失敗していたんだ。



 そこから時計は狂い始めた―――――いや、始まりから時計は壊れていたんだ。



 私の理想にとらわれていた心と崩壊しているという現実の断層だんそうが、さらに私を狂わせる。

 いつしか私は彼を自由にしようと彼の自由を奪い、彼自身を通して私は彼の意識を支配したいと考えるようになった。



 いくら奪っても奪いきれない彼の自由な愛を私は、彼自身の自由を壊すことで手に入れようとした。

 その結果、彼の自由な愛を破壊はかいし、私は彼というモノを手に入れようとした。



 そして私と彼の関係はそこから消滅しょうめつしていった、まるでその関係性は最初から不可能であったとでも言うように、跡形あとかたもなく。



 気づかないうちに私は、底の見えない地獄に足を踏み入れていたんだ。始まった瞬間に破綻し崩壊ほうかいする関係に。





 私を包むように渦巻うずまいていた風は、いつの間にか私を置いてどこかへ消えてしまった。

 いや、もしかしたらそれは元々なかったものなのかもしれない。



 顔を上げると窓から差し込む、不快なほど温かな光に思わず目をしかめる。

 私の顔は苦痛を感じるほどまぶしい春の陽に照らされながら、横の机に手を添える。

 教室の古びた床には、ぼんやりとした椅子の影だけが写っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はるのひ 冰灯純怜@WGS所属 @Su3Le3006

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画