貴方に届く、この音色。

アキグマ

第1話 運命



初めてこの音を聞いた時、

運命だと本気で思ったんだ。 


​中学3年生の頃

受験勉強で忙しく、友達とも遊べずにいた。

その日は気分転換に高校の出前演奏を見に行くことにした。


着いてみると人で賑わっており、皆、合奏を楽しみにしているようだった。

​周りの様子を見ていると野外ステージから声が聴こえてくる。「――皆さん!大変お待たせ致しました―」しばらく喋った後、空気が変わったかのように観客が静まる。思わず唾を飲んでしまうような緊張感だった。


​演奏が始まると海底に沈んだように、

演奏の音しか聞こえなくなった。

何十人という大人数なのに1人が演奏しているかのような一体感。

包み込むように優しく、温かい音。胸の奥が熱くなり、思わず笑みがこぼれる。こんな体験、初めてだった。 


​出前演奏が中盤に差し掛かると各楽器の紹介に移った。

サックスやトランペット、ユーホニアムなどが紹介されていく中、一際目を奪われる楽器があった。

カタツムリのようなフォルムに大きいベル。

柔らかく、谷のように深々とした音。

名前はホルンと言うらしい。この時、ホルンを吹くしかない。俺はそう思ったんだ。


​幸い、俺が入ろうとしていた高校には吹奏楽があり、有名な所じゃないが楽器に触れるには丁度いい場所だった。

そのまま少し時間が経ち、高校の面接や筆記試験をこなし、受験が終わり、合格発表が見れる日になった。

​高校の前で表示される物だと勝手に思っていたが、俺の高校は13時にサイトに記載されるらしく、ソワソワした気持ちで時間を待つ。別の事に気を向けようと高校の吹奏楽について軽く調べてみることにした。


​調べて見ると吹奏楽は、楽器未経験でも入部できるらしい。ずっと高校からでも入れるものなのかと思っていたため、少し胸が軽くなったような気がした。気が付くともう発表の二十分前になっており、胸がきゅっと締め付けられる。自分で言うのもなんだが、俺は頭がいい方で落ちる心配は左程なかった、だが、それでも緊張感は増していく。


​落ち着かせるように音楽を聴いていると、時計が13時を指していた。合格発表のサイトが開けられるようになっていた。少し震えている手でマウスを動かし、カーソルをサイトの上に置き、深呼吸をしてから、クリックをする。見逃さないようじっくりと見ながら062番を探す。


​058―060―061――062――

​全身の力が抜けたように椅子に吸い寄せられ、深呼吸をすると、不思議と笑みが溢れてきた。

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