第20話 希望という名の光
ゴールデンウィークが終わり、就職活動は新たな局面を迎えていた。多くの企業で本格的な面接が始まる時期だった。
スーツ姿の沙羅が早足で歩いている。大きなビルの前で立ち止まり、深呼吸をした。今日は小さなNGO団体「国際子ども支援協会」の最終面接だった。
会議室で、三人の面接官の前に座る沙羅。少し緊張の面持ちだが、これまでの面接とは違う手応えを感じていた。
「池田さん、なぜ私たちの団体を志望されたのですか?」
代表の掛川妙子が尋ねた。
「私は兄を病気で亡くした経験があります」
沙羅は落ち着いて答えた。
「その時、世界には医療を受けられずに命を落とす子どもたちがたくさんいることを知りました。私に何かできることがあるなら、そういう子どもたちのために働きたいと思うんです
「具体的に、どのような形で貢献したいと考えていますか?」
「まずは現場を知りたいです。デスクワークだけでなく、実際に現地に行って、子どもたちと向き合いたい」
沙羅の目には強い意志が宿っていた。
「危険も伴いますし、給料も一般企業ほど高くありません。それでも?」
「はい」
沙羅は即答した。
「私にとって一番大切なのは、自分の人生に意味を見つけることです。それは誰かのために生きる事です」
面接官たちは顔を見合わせ、微かに頷いた。
**同じ頃**
蓮は小さな出版社「青林書房」の面接を受けていた。社員わずか十五人の小さな会社だが、質の高い文芸書を出版することで知られていた。
「早川君、大手出版社も受けられたと思いますが、なぜ弊社なのですか?」
編集長の浦田修太が質問した。
「大手では、僕のような人間は埋もれてしまうと思うんです」
蓮は率直に答えた。
「でもこちらでなら、一冊一冊の本と真剣に向き合えると思います。利益よりも、読者の心に届く本を作りたいんです」
「具体的に、どのような本を作りたいですか?」
「孤独を感じている人の心に寄り添えるような本です」
蓮の声に熱がこもった。
「私自身がそうだったように、本によって救われる人がいます。そういう本を世に送り出したいんです」
浦田は興味深そうに蓮を見つめた。
「実体験に基づいた志望動機ですね。いいと思います」
**カフェにて**
夕方、久しぶりに二人は落ち着いてコーヒーを飲んでいた。お互い面接を終えたばかりで、どことなく安堵の表情を浮かべていた。
「今日の面接、どうだった?」
沙羅が尋ねた。
「うん、これまでで一番話しやすかった」
蓮は珍しく明るい表情を見せた。
「面接官の方が真剣に話を聞いてくれて、良い志望動機ですって言ってもらえたんだ」
「それは良かった!」
沙羅は心から喜んだ。
「私の方も、やっと自分の言葉で話せた気がする」
「NGOの面接?」
「うん。規模は小さいけど、本当に子どもたちのために活動している団体で」
沙羅の目が輝いていた。
「代表の方が『君の体験と想いが、きっと現場で活かされる』って」
二人は久しぶりに希望的な話題で盛り上がった。
「お互い、やっと自分に合う場所が見つかりそうね」
「そうだね」
蓮は沙羅の手を取った。
「どんな結果になっても、僕たちは頑張ってきたよ」
**一週間後**
蓮のアパートで、ドアを開けて帰ってくる蓮。郵便受けを確認すると、青林書房からの封筒が入っている。
厚めの封筒だった。
手が震えながら封を開ける。
「内定通知書」
その文字を見た瞬間、蓮は思わず声を上げそうになった。
「やった...」
部屋の中で一人、蓮は深く息を吐いた。ついに、ついに自分の居場所が見つかった。
すぐに沙羅に電話をかけた。
「沙羅、聞いて!内定もらえた!」
「本当?おめでとう!」
沙羅の嬉しそうな声が聞こえた。
「青林書房から?」
「うん。まだ信じられないけど」
「すごいじゃない。私も嬉しい」
しかし電話の向こうの沙羅の声には、微かに複雑な響きがあった。
**沙羅の部屋**
電話を切った後、沙羅は一人部屋に佇んでいた。
蓮の内定を心から祝福していたが、同時に焦りも感じていた。自分はまだ結果待ちの状態だった。
机の上には、国際子ども支援協会からの連絡を待つ携帯電話が置かれている。
「私も頑張らなくちゃ」
沙羅は自分を励ますように呟いた。
その時、携帯電話が鳴った。知らない番号だった。
「はい、池田です」
「池田さん、国際子ども支援協会の掛川です」
沙羅の心臓が激しく鼓動し始めた。「先日の面接の件でお電話いたしました」
「はい」
「ぜひ、私たちと一緒に働いていただきたいと思います」
沙羅は一瞬言葉を失った。
「本当ですか?」
「はい。池田さんの熱意と、実体験に基づいた想いに感動いたしました」
電話を切った後、沙羅は涙ぐんでいた。
嬉しさと安堵、そしてこれから始まる新しい人生への期待。様々な感情が胸の中で渦巻いていた。
**最後の春**
卒業式の日。着物やスーツ姿の学生が行き交う大学の門の横には「卒業式」と書かれた看板が立っている。
多数の学生が集まる講堂内で、壇上で話す老人の話を聞いているスーツ姿の蓮の表情は感慨深い。隣の着物姿の沙羅は蓮を見つめていた。
大学の門前に学生達が集まり記念写真を撮っている。沙羅、恵子、美香もそこに並び写真を撮っている。撮っているのは蓮だった。
「ありがとう、早川君。あなた達も撮りなさいよ」
「いや、僕は写真はちょっと」
「いいじゃない、折角の記念なんだから」
沙羅が蓮に助け舟を出そうとしたが恵子と美香が蓮と沙羅を強引にくっつけた。
「ちょっと、みんな...ごめんね。嫌だったらいいのよ」
沙羅が困った様に蓮を窺うと、蓮は真剣な表情を浮かべて答える。
「いや、一緒に撮ろう」
沙羅は驚きながらも蓮の隣に佇む。
「いいじゃない。2人とも素敵よ。ほら、早川君。沙羅の肩を抱くとかしなさいよ」
恵子が言うと、沙羅も流石に赤面した。
「ちょっと、止めてよ」
その言葉に躊躇せず蓮は沙羅の肩を抱いたので沙羅は驚いて蓮を見つめる。
蓮は流石に硬い表情でカメラを見つめていた。
「いい感じよ。それじゃあいくわよ」
ファインダーから覗いた二人は、共に赤面していた。
**最後の草原**
桜の季節が再び訪れた。二人は久しぶりに秘密の野原を訪れた。
桜の木は今年も見事に咲いていた。去年よりもさらに美しく見えるのは、二人の関係が深まったからだろうか。
「きれいね」
沙羅は桜を見上げながら言った。
「この桜を見るのも、学生としては最後だね」
「そうね、何だか、別世界に来たみたいね。就活の苦労が吹っ飛んじゃう」
沙羅が言うと、蓮は沙羅に笑いかけ、木を見上げた。
蓮は少し嬉しそうだった。
「でも、お互い、就職できて良かったよね。これで僕たちは次の段階に進める」
「ほんとね。何だか長いようで短い四年間だったわ」
「ほんとに。でも僕にとってすごく貴重な時間だったな。君に出会えたのがとても大きかった」
「うん。私もよ。最初は全然私に気づいてくれなかったけどね」
蓮は苦笑した。
「それはもう言わないでよ。あの頃は僕は誰かと接することが全く分からなかったんだから」
「でも、最初に見たあなたの笑顔とても素敵だったわ。今でも焼き付いてるもの」
「沙羅には感謝してる。僕がこんなに変われたのは君のお陰だもの」
「そんなことないわよ。私はただ手伝っただけよ。努力したのは蓮だもの。それに私だって、あなたのお陰で随分成長できたわ。あなたに会わなかったら今の仕事も選んでなかったと思う」
暫し沈黙する二人。
「ずっと一緒にいられたらいいな」
沙羅は再び草原を眺めた。
風が吹き、草が波のように揺れる。木々のざわめきが心地よく響いている。
「僕もそう思う」
蓮は沙羅の手を取った。
「これから、どんなことがあっても、一緒に乗り越えていこう」
沙羅は頷いた。
「うん」
二人は並んで空を見上げた。雲一つない青空が広がっている。
まだ見ぬ未来への期待と、少しの不安。しかし二人は、お互いがいれば大丈夫だと信じていた。
風が吹き、花びらが舞い散る。二人の周りをピンクの雪が舞った。
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