偕老の花

佐藤志遠

第1話 桜のつぼみ

四方を深い森に囲まれた小さな野原があった。その中央には一本の大きな桜の木が立っており、まだ花は咲いていなかったが、枝の所々に小さなつぼみを宿していた。春の訪れを静かに待つように、つぼみは固く閉じられている。


その木の根元に早川蓮が静かに座っていた。その表情は、まるで安らかな眠りに落ちているかのように穏やかだった。


風が吹くと、蓮の前髪が優しく揺れ、木の枝がざわざわと音を立てた。鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。春の陽射しは柔らかく、草原を金色に染めていた。


僕の存在価値は消滅した。


心の中で、その言葉が静かに響いていた。


最早生きる意味を失ったのだ。だから、僕はこの決断をした。


蓮の意識が遠のいていく。そして、記憶が遡り始めた。


---


時は五年前に遡る。


満開の桜が大学のキャンパスを彩る四月のことだった。入学式を終えたばかりの学生たちが、あちこちで歓声を上げていた。サークル勧誘に励む上級生、桜の木の下で早くも酒盛りを始める者たち、新しい友人と楽しそうに語り合いながら歩く新入生たち。

そんな華やかな光景の中を、十八歳の蓮は一人、淡々とした表情で歩いていた。

僕は生まれてこのかた、誰かを愛したことがない。もちろん、愛されたことも。

蓮の胸の奥で、そんな思いが静かに渦巻いていた。

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