小説家になれる魔法のような本はあるのか

ゴールデン・ドア

小説ハウツー本を徹底検証した批評エッセイ

ハウツー本を読んで小説が書けるようになるのか?

ハウツー本を読んで新人賞が獲れるのか?

ハウツー本を読んで小説家になれるのか?

疑念を抱きながらも6冊のハウツー本を読みこんだ、という昔話。



■冲方丁 『冲方丁のライトノベルの書き方講座』



ライトノベル隆盛期。

本屋をうろつきながら、「私も小説を書いてみたい」とぼんやりながら思い立ったのです。

だからといって、じゃあハウツー本を読もう!って、流石にそうはならないじゃないですか。

しかし、まさにその日が『冲方丁のライトノベルの書き方講座』の発売日だったのです。丸善のライトノベルコーナーに平積みされていた本書を手にして、「これは運命だ!」とレジへと直行しました。


さて、冲方先生のハウツー本では自著である『マルドゥック・スクランブル』『カオス・レギオン』『蒼穹のファフナー』の三作品の制作過程がベースなっております。「この本のキャラ調整はこうした」とか「あの本の構成はああだった」とかです。残念なことに私は三冊とも未読でした。特に小説作りの基礎の章で取りあげた『マルドゥック・スクランブル』は読んでおけばよかっですねぇ・・・。


冲方先生の小説作りの基礎は以下の通りです。

1・「種書き」アイデアやイメージを大量生産

2・「骨書き」大まかな設定を敷く

3・「筋書き」設定の上にアイデアを並べて、調整する

4・「肉書き」執筆

5・「皮書き」推敲


これを全くの素人だった私が実行したところ、1・2・3までは問題なくいけました。自分の中に「小説を作っている感」も生まれて、悪くないです。そして、ここまでです。

次はステップ4だ、「肉書き」だ。執筆をしよう。そうなったら一文字だって書けやしません。

なぜかっていえば、表現力が無いからです。語彙力の無さ、文章の引き出しの少なさとも言えるでしょう。


例えば冒頭のシーンが、「種書き」によって「父親と対峙」「和風」「緊張感がある」と指定されていたとしましょう。加えて「筋書き」で「父親は煙草を吸っている」と追加で固めたとしましょう。自分の頭の中ではイメージできていますが、いざ、文章にしようとすると酷いものです。


「親父は煙管を乱暴に置いた。嫌な金属音が八畳間に響き、場の緊張感を無駄に増やす」


無理して書いてもこんなもんです。イメージ湧かないでしょう?

私の頭にある画はもっと細かいんですが、そのためにどう言葉を使って補えばいいのかさっぱり分からない。


「親父は刻み煙草を吹かすので、手のある長い煙草盆を前へ引き付けて、時々灰吹をぽんぽんと叩く。それが静かな庭へ響いて好い音がする。自分の方はもう鼻から煙を出すのが嫌になったので、腕組をして親父の顔を眺めている。その顔には年の割に肉が多い。それでいて頬は痩こけている。そうして、話をするときに相手の膝頭と顔とを半々に見比べる癖がある。その時の眼の動かし方で、白眼がちょっとちらついて、相手に妙な心持をさせる。」


はい、こちらは夏目漱石の『それから』です。父親初登場のシーンをちょこちょことカットして載せてみました。

これが正解です。正解のうちの一つです。

断言しますが、私が前述した『マルドゥック・スクランブル』を読んで、それからまた冲方先生の手法を学習し直しても、正解に届くことは絶対にありません。

ステップ3からステップ4へのハードルの上がり方が大きすぎます。

ハウツー本あるあるです。目的地までの道のりは楽なのに、到着していざ勝負!となったらハウツー本を読む前と変化なし。なんのために小さいハードル超えさせてみたの?



■奈良裕明 『1週間でマスター 小説のメソッド』



奈良裕明先生は『チン・ドン・ジャン』ですばる文学賞を受賞。そして代表作となるのが・・・このハウツー本、となるようです。えぇ・・・。いかんでしょ、それは。完全なる見えてる地雷。

いけませんね。ちょっと調べるだけで分かる事故物件なのに。装丁が良かったんですよ。だからついね、買ってしまいました。

しかし名選手が名コーチになるとは限りません。また、超有能トレーナーだって現役時代の成績が酷いことなんてのはザラです。買ってしまったのですからガタガタ言わずに読みましょう。


まず、奈良裕明先生のハウツー本ですが『初級編』、『実践編』、『未来への熱と力』の全3巻の構成となっております。合計すると¥4560です。うわあ、たっかい。


さて。本来ならば『初級編』から、なのでしょうが、どうしても最終巻について語りたいので先に『未来への熱と力』について書かせていただきます。

最終巻は邦画『東京物語』の脚本をベースにレッスンを進めていきます。まず気になったのが引用する量です。『東京物語』の奈良裕明先生によるオーディオコメンタリー。そんな勢いでページを埋めていきます。「これ権利関係は大丈夫なのか?」と心配をしながら読んだというのが、一番先に浮かぶ記憶です。

講義内容なんですけど、映画の脚本解説されても困ります。小説と映画の脚本は全然違います。小説家に映画の脚本は書けないです。逆もまた然り。「細かいことだ、荒探しはやめろ」とは言わせません。だって先に書いたように膨大な量の脚本を引用しているわけですよ?荒の無い箇所を探す方が難しいです。おかねかえして。


気を取り直して『初級編』いきましょう。「ハコガキ」と呼ばれるプロット制作がメインとなります。

「場所」「時間」「人物」「出来事」「セリフ」を1セットにして書き込み、これをストーリーの最後まで何個も作っていきます。そして並べた「ハコガキ」を入れ替えたり、加えたり、消したりして調整することでプロットに仕上げる。前回取り上げた冲方先生の「種書き」を詳細まで書き上げたものですね。なので問題点も同じです。プロットはプロットであり、表現力を欲している私には不要。まあ、いいです。まだ『初級編』なんで。


『実践編』は短編小説を書く技術と書かれていましたが、そんなのことなかったです。

短編小説「青い花」「さぶ」「五千回の死」「悪女について」の書評・・・とは呼べないですね、読書感想文が載っていました。個人的に鳥肌モノだった感想文があったので、その引用をもってこの奈良シリーズを終えたいと思います。


「耳をすませなさい・・・聞こえませんか?白い紙に、黒いインクで記された『文字』から、八十年の時を超えた声が・・・」



■久美沙織 『新人賞の獲り方おしえます』



久美沙織先生は『丘の家のミッキー』シーリズやドラゴンクエスト4・5・6の小説版など、主にティーン向けで活躍していた作家さんです。少し前に『劇場版ドラゴンクエスト』で主人公の名前が無断使用されたことでワチャワチャやっていましたね。


『新人賞の獲り方』シリーズは全部で3冊出ています。しかし最後の本は本屋にも図書館にも置かれていなく読めていません。1998年出版ですからね。諦めています。


『新人賞の獲り方おしえます』は久美先生の小説指南講座(全十回)を文字起こししたものです。

基本的には課題(15分間)を与えて、そこでできた文章を添削していくというかたちで進められます。視点の切り替えなど、かなり基本的な内容です。久美先生は新人賞の選考委員をやっていた経験から「最低限のことが出来てないものがほとんど」と話しています。新人賞からハードルが大きく下がりますが、一次選考で弾かれない作品は書けそうな気はしてきます。


久美先生はこの本の初版で「あなたの原稿を無料添削」という特典をつけました。そしてこれが想像の10倍ほど届いてしまうという、予想外の地獄を味わうことになります。しかも講義内容を全く無視した最低限未満の原稿ばかりという有様。そこで久美先生は『もう一度だけ新人賞の獲り方おしえます』を書くことになります。


そういった経緯でできた本なので、2冊目も基本的には同じことが書いてあります。雑談が多めで、読み物としてはこっちの方が面白いです。

作家としての常識。やってはいけない、ビギナーの描写。選考委員はどこを採点基準として読んでいるか。

あとは心構え。書き続けること、それを人に読ませること、調べものがあるなら徹底してやること。

巻末には主要新人賞担当編集者へのアンケートがあります。時代的に相当古いですが、なかなか面白いです。


さて、ここまで3シリーズ6冊のハウツー本をざっと紹介しましたが、久美沙織先生の2冊目が一番良かったです。この本にも私が求める表現力育成はありませんでした。しかし「とりあえず一次選考突破」という地に足の着いた目標と、それに対する基礎の徹底はお見事です。


因みに本書を読んだ瀬名秀明さんが『パラサイトイブ』を書いて、日本ホラー小説大賞を受賞し小説家としてデビューしました。ハウツー本としては数少ない例なのではないでしょうか。今時のハウツー本をamazonで見ても「おかげで最終選考まで残れたので☆5です!」とかないですもの。



■あなたがやってきた仕事、そんなに簡単でしたか?



私は学生時代、建築学科に籍を置いていました。

留年するほどに不真面目でしたが、ひとつだけ頑張ったものがあります。

「通らなきゃ除籍」という噂がたっていた意匠系の課題です。


内容は「B4ケント紙に鉛筆で大学内風景を写実的に描きなさい」

そして一つの制限がありました「50時間以上かけて描くこと」

それまで「1時間で」「来週まで」のような制限はいくつもありましたが「以上」なんて制限は初めてでした。


私は絵について全くの素人でした。するとどうなるでしょうか?丁寧にじっくり取り組んでも10分ほどで描き終わってしまいます。そしてしっかり下手です。さすがにコレは提出できません。白紙からのリスタートです。


5回、6回と描き改めますが、絵は一向に上達しません。しかし時間のかけ方は分かってきました。真っ白いB4のケント紙に対して、3時間ほどかけられるようになりました。この絵はそこそこ見れるものにはなっていました。しかし50時間かけた絵として提出するにはやはり厳しいものがありました。


またしてもリスタート。今度は30時間かけて描き上げます。

完成した絵はぱっと見、モノクロ写真と間違えるほどの出来になりました。

ちょっと衝撃を受けましたね。「これが俺の描いた絵・・・?」って。

しかし指定された50時間にはあと20時間も足りません。

今の絵にこれ以上線を加えても無駄に汚すだけです。


また白紙からやり直して、初期の線を薄くして、そこに細かい線を重ねていけば50時間になるだろう。そういう計算も出来るようになりました。しかし、それを実行することはありませんでした。50時間の労力はキツいですし、何より30時間を費やした絵をボツにするのが嫌だったのです。

というわけで課題は終了。制限破りの絵でしたが無事、受理されました。除籍にもなりませんでした。


私が大学生をやっていて、「勉強になった」と思えたのはこの課題やった時だけです。

「時間をかけることでしか得られないものがある」というところでしょうか。


だからといって「時間をかければ良いというものではない」という意見に反対するわけでもありません。同意です。でもそんなことを殊更に言ってしまう人間が使う「時間」、その絶対量には懐疑的な見方をせざるを得ません。


ハウツー本の話に戻りましょう。

冲方先生、プロット作りだけできても、小説家ごっこしかできません。

奈良先生、1週間では小説が書けるようにはなりません。ご存じですよね?

久美先生、15分の文章トレーニングの先にあるのは、15分で文章を作る能力でしかありません。


どの先生も「小説を書くには時間がかかる」ということを、嫌というほど知っているはずです。

対象が新人賞にも引っ掛からない素人であるならば特に強調して叩き込むべきです。


持ち前の文章力をもって伝えなければならないのは「こんなに簡単に小説が書けるよ」なんていう誰も得をしないギャグではないのです。「お前は一日何時間空けれるの?それを小説に全振りできる?それならまずは1年かけて―――」そんな本にして欲しかったです。


そういうことです。ちょくちょくと「小説ってホント大変」と愚痴っていた久美沙織先生のハウツー本を私は再度推したいと思います。

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