【悲報】学校一の『氷の女王』、再婚した親の連れ子だった件。~義兄妹カップル、初めての二人きりの夜~

Shi(rsw)×a

氷の女王と、とろける聖夜

12月24日、クリスマスイブの朝。

窓の外には、ホワイトクリスマスを予感させる白い雪が、静かに降り積もっていた。

暖房の効いたリビングには、静寂と、微かな甘い香りが漂っている。


「……んぅ……」


ソファの上で、毛布にくるまったまま、小さな生き物が身じろぎをした。

雪城冬花だ。

学校では誰も寄せ付けない冷徹な『氷の女王』として君臨する彼女だが、今の姿は、ただの「冬眠中の小動物」にしか見えない。

ボサボサの寝癖がついた黒髪。緩んだ口元。そして、俺(神谷悠人)の古着のパーカーを、パジャマ代わりに着込んでいる。


(……無防備すぎるだろ)


俺は、キッチンでコーヒーを淹れながら、苦笑した。


俺と冬花が、親の再婚によって義兄妹になり、そして紆余曲折を経て『恋人』になってから、数ヶ月が経った。

学校では相変わらず「義兄妹カップル」として注目の的だが、家の中では、こんな風に穏やかな(そして甘すぎる)日常を送っている。


「……お兄ちゃん……?」


冬花が、ゆっくりと目を開けた。

俺と目が合うと、彼女の顔がパアッと輝く。

Sレア確定演出の笑顔だ。


「……おはようございます、悠人くん!」

「おう、おはよう。……よく寝てたな」

「……はい。……悠人くんの匂いがして、安心して……」


彼女は、着ている俺のパーカーの袖に、顔を埋めた。


(……朝から破壊力が高すぎる)


今日と明日は、俺たちの両親(超ラブラブな新婚夫婦)は、気を利かせて温泉旅行に出かけている。

つまり、この広い家には、俺と冬花の二人きり。

正真正銘、誰にも邪魔されないクリスマスだ。


「悠人くん! 今日は、予定通り、私の『おもてなしプラン』でいきますからね!」


冬花が、ガバッと起き上がり、拳を握りしめた。


「……おもてなしプラン?」

「はい! 日頃の感謝と、愛を込めて……。悠人くんを、世界一幸せな彼氏にする計画です!」


彼女の瞳は、やる気に燃えていた。

その手には、ボロボロになるまで読み込まれた雑誌『彼を虜にする♡最強クリスマスデート術』が握られている。


(……嫌な予感しかしない)


過去、彼女の「やる気」は、数々の伝説(卵炭化事件、ポテチ雪崩事件など)を生んできた。


「……無理すんなよ? 俺は、冬花といられれば、それで……」

「ダメです! 私がやりたいんです! ……期待してて、くださいね?」


上目遣いでそう言われて、断れる男がいるだろうか。

俺は覚悟を決めた。

どんなトラブルが起きようとも、全て受け止める。それが、兄であり彼氏である俺の務めだ。


「……分かった。楽しみにしてる」

「はいっ!」


冬花は嬉しそうに洗面所へと駆けていった。

……足がもつれて、ドア枠に肩をぶつけながら。


「痛っ……!」

「……大丈夫か?」

「へ、平気です! これも計算通りです!」


(……嘘つけ)


俺たちの、波乱含みのクリスマスイブが幕を開けた。



午後。俺たちは街へ繰り出した。

冬花は、以前俺が「似合う」と言った、クリーム色のコートに身を包んでいる。

髪は丁寧に巻かれ、いつもより少し大人っぽいメイク。


街ゆく人々が、すれ違いざまに彼女を振り返る。


「……うわ、めっちゃ美人」

「……隣の男、誰だよ」


そんな声が聞こえてくるが、俺はもう慣れっこだ。

むしろ、優越感の方が勝る。


「悠人くん、手」

「……おう」


俺たちは当然のように手を繋ぐ。冬花の指先は冷たいが、繋いだ掌はすぐに熱を帯びた。


「まずは、映画ですね! ラブストーリーです!」


冬花の『おもてなしプラン』その1。定番の映画デート。

チケットは彼女がネットで予約してくれていたらしい。


「……完璧です。席も、一番後ろの『カップルシート』を取りましたから」


彼女がドヤ顔でスマホの画面を見せてくる。

そこには、『最前列・端』の文字。


(……逆だ)

(……それ、スクリーンに一番近くて、首が痛くなる席だ)


「……あ、あれ? 後ろを選んだはずなのに……」


発券機の前で、冬花が青ざめる。


「……スマホのスクロール、逆にしてたかも……」

「……まあ、迫力あっていいんじゃないか?」

「うぅ……ごめんなさい……」


結局、俺たちは巨大なスクリーンを至近距離で見上げながら、首の痛みに耐えつつ、感動のラブストーリー(ただし画面が近すぎて何が起きているかよく分からない)を鑑賞した。

映画館を出る頃には、二人とも少し首を傾げていたが、冬花が「……悠人くんの肩、借りてもいいですか?」と俺に寄りかかってきたので、結果オーライとした。


続いて、『おもてなしプラン』その2。プレゼント選び。


「悠人くん、欲しいもの、決まりましたか?」


ショッピングモールの中を歩きながら、冬花が尋ねてくる。


「俺は、別に……」

「ダメです! 私がプレゼントしたいんです! 予算は……お年玉を前借りしたの

で、潤沢です!」


(……親父、甘やかしすぎだろ)


俺たちはメンズショップに入った。

冬花は真剣な表情で、マフラーや手袋を吟味している。


「……この色は、悠人くんに似合いそうです。……でも、こっちの柄の方が、大人っぽくて……」


ブツブツと独り言を言いながら、俺の首に何度もマフラーを巻いては外す。

店員さんが微笑ましそうに見ているのが、少し恥ずかしい。


「……決まりました! これにします!」


彼女が選んだのは、シンプルなネイビーのマフラーだった。


「……悠人くん、いつも私のこと守ってくれるから。……これからは、私が悠人くんを温めます」


真っ赤な顔でそう言われて、俺は公共の場であることを忘れて抱きしめそうになっ

た。

「……ありがとう。大事にする」


店を出ようとした、その時だった。


「――あれ? 雪城さんじゃん」


聞き覚えのある、チャラい声。

クラスメイトの鈴木だ。

隣には、派手な格好の女子がいる。


「……鈴木」

「よお、神谷。お前らもデートか? 相変わらずラブラブだなー」


鈴木はニヤニヤしながら、俺たちの繋いだ手を見る。

以前は冬花にちょっかいを出していた鈴木だが、俺たちが付き合っていると知ってからは、良き冷やかし役(?)になっている。


「……鈴木くんも、デートですか?」


冬花が、少し警戒しながら尋ねる。


「おうよ。ま、俺らはこれからカラオケだけどな。……邪魔して悪かったな。雪城さん、神谷のこと大事にしてやれよー」


鈴木はひらひらと手を振って去っていった。


「……ふふっ」


冬花が笑った。


「……どうした?」

「……いえ。前は、鈴木くんに会うと怖かったのに。……今は、悠人くんがいるから、全然平気だなって」


彼女は俺の腕をぎゅっと抱きしめた。


「……私、強くなりましたよね?」

「……ああ。最強だよ」


トラブル(?)も乗り越え、俺たちは夕暮れの街を歩き出した。

ここまでは、順調だ。

……ここまでは。



帰宅したのは、午後6時。

ここからが、冬花の『おもてなしプラン』のメインイベント。


「手作りディナー」だ。


「悠人くんは、リビングで座ってて待っててください! 絶対に、キッチンを覗いちゃダメですからね!」

「……分かった。……火事だけは起こすなよ?」

「も、もう大丈夫です! 練習しましたから!」


冬花はエプロン(今日はクリスマスのために新調したらしい、赤いフリルのついたもの)を締め、戦場キッチンへと向かった。

リビングに残された俺は、テレビのクリスマス特番を眺めながら待つ。

キッチンからは、トントンという包丁の音や、ジュージューという焼ける音、そして時折「あちっ!」「うわっ、落ちた!」という悲鳴にも似た声が聞こえてくる。


(……助けに行くべきか?)

(……いや、あいつのプライドのためにも、待つべきだ)


一時間後。


「……お待たせ、しました……」


疲労困憊の冬花が、ワゴンを押して現れた。

そこには、数々の料理が並んでいる。


ローストチキン(皮が少し黒いが、形は保っている)


サラダ(ミニトマトが大量に入っている)


クラムチャウダー(具が大きめだが、いい匂いがする)


そして、メインのクリスマスケーキ(デコレーションが前衛的)


「……すごいな。全部一人で作ったのか?」

「……はい。……見た目は、その、アレですけど……」


冬花が不安そうに俺を見る。


「……頑張りました」


俺たちはテーブルにつき、シャンメリーで乾杯した。


「……いただきます」


恐る恐る、チキンにナイフを入れる。

口に運ぶ。


(…………)

(……硬い)

(……そして、味が薄い)

(……いや、中は半生か?)


だが、俺は笑顔で言った。


「……うまい」

「……本当ですか!?」

「ああ。……今までで一番、うまい」


嘘じゃない。

彼女が俺のために、一生懸命練習して、怪我(指に絆創膏が増えている)をしてまで作ってくれた料理だ。

世界中のどんな三つ星レストランの料理より、価値がある。


冬花は、涙ぐみながら自分の分のチキンを食べた。


「……んぐっ。……硬い、です」

「……噛みごたえがあっていいだろ」

「……悠人くん、優しすぎます……」


食事が進み、いよいよケーキの時間になった。


「これだけは! これだけは自信作なんです!」


冬花が立ち上がり、ケーキを切り分けようとした。

その時。


「あっ」


彼女の袖が、ワイングラスに引っかかった。

スローモーションのように、グラスが倒れる。

赤い液体(ブドウジュース)が、テーブルクロスに広がり――そのまま、ケーキの皿へと流れていく。


「……!」


さらに、慌てた冬花が、バランスを崩した。


「きゃっ!」


彼女の手が、ケーキの上に、ダイブする。


ぐしゃっ。


無慈悲な音が響いた。

自信作のクリスマスケーキは、彼女の手によって、無残なクリームの塊へと変わった。


「…………」

「…………」


リビングに、沈黙が落ちた。

冬花の手は、クリームまみれ。

テーブルは、ジュースまみれ。

そして、ケーキは、原型を留めていない。


「……あ、あ、あ……」


冬花の目から、大粒の涙が溢れ出した。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……!」


彼女はその場に崩れ落ちた。


「……せっかく、悠人くんのために……完璧に、したかったのに……! 私、やっぱりポンコツで……何もできなくて……!」


嗚咽が止まらない。


「……最悪の、クリスマスに、しちゃって……ごめんなさい……」


俺は、席を立った。

泣きじゃくる彼女のそばに行き、しゃがみ込む。

そして、クリームまみれの彼女の手を、自分の手で包み込んだ。


「……冬花」

「……うぅ……汚い、です……」

「……汚くねえよ」


俺は、彼女の指についたクリームを、指ですくって、舐めた。


「……!」


冬花が息を飲む。


「……甘い」


俺は笑った。


「……めっちゃ、うまいじゃん、これ」

「……悠人、くん……」

「……形なんて、どうでもいいんだよ。腹に入れば一緒だ」

「……でも……」


俺は、彼女の顔を両手で挟み、涙を拭った。


「……俺にとっての最高のプレゼントは、完璧なディナーでも、高いマフラーでもない」

「……え?」

「……お前が、俺のために一生懸命になってくれた、その気持ちだ」

俺は彼女の瞳を見つめた。

「……そして、今、お前が隣にいてくれること。……それだけで、俺は世界一幸せなんだよ」


冬花の瞳が揺れる。


「……本当に……?」

「……ああ。……だから、泣くな。……笑ってくれよ、冬花」


彼女は、鼻をすすり、ぐしゃぐしゃの顔で、……それでも、精一杯笑った。


「……はいっ……!」


俺たちは二人で、形崩れしたケーキをフォークでつついた。

ぐちゃぐちゃのケーキは、涙の味がして、……そして、とてつもなく甘かった。



後片付けを終えた俺たちは、ソファに並んで座っていた。

部屋の明かりを消し、ツリーのイルミネーションだけが点滅している。

静かな、二人だけの時間。


「……悠人くん」

「……ん?」


冬花が、俺の肩に頭を預けてくる。


「……結局、ポンコツなクリスマスに、なっちゃいましたね」

「……まあな。でも、一生忘れられないクリスマスになった」

「……もう。からかわないでください」


彼女は、俺の首に巻かれたネイビーのマフラー(部屋の中でも外していない)を、愛おしそうに撫でた。


「……あったかいですか?」

「……ああ。冬花の愛で、燃えそうだ」

「……バカ」


冬花が、身を乗り出してきた。

彼女の顔が、近い。

潤んだ瞳が、俺を見つめている。


「……あの、悠人くん」

「……なんだ?」

「……プレゼント、もう一つ、あるんです」

「……え? マフラーだけじゃないのか?」


「……はい」


彼女は、顔を真っ赤にしながら、囁いた。


「……私、です」


「……っ!?」


俺の心臓が、早鐘を打つ。


「……悠人くんのことが、大好きです。……これからも、ずっと、一番近くにいたいです」


彼女の手が、俺の頬に触れる。


「……もらって、くれますか?」


断る理由なんて、あるわけがない。

俺は彼女の腰に手を回し、引き寄せた。


「……返品不可だぞ?」

「……望むところ、です」


俺たちは、ゆっくりと唇を重ねた。

甘い、ケーキの味がした。

そして、それ以上に甘い、彼女の体温。

外の雪が溶けてしまいそうなほどの、熱い口づけ。


「……ん……悠人くん……」


唇を離すと、冬花がとろんとした目で俺を見ていた。

普段の『氷の女王』の面影はどこにもない。

ただ、俺を愛してやまない、世界一可愛い恋人がそこにいた。


「……愛してるぞ、冬花」

「……私も……愛してます、お兄ちゃん」


そこは『悠人くん』じゃないのかよ、と思ったが、まあいい。

この呼び名も、俺たちだけの秘密の証だ。


窓の外では、雪が降り続いている。

けれど、この家の中は、春のように暖かい。

俺たちの初めてのクリスマスは、数々のトラブルを乗り越え、甘く、幸せな夜へと溶けていった。

これからも、このポンコツで愛おしい義妹と共に、騒がしくも幸せな日々が続いていくのだろう。


俺は彼女をもう一度強く抱きしめ、聖夜の静寂に浸った。

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