ある間違い電話の裏側

第1話 間違い電話

 その日──

 帰宅して、いつものように缶チューハイを開けたときだった。


 ブブッ。

 見知らぬ番号から、着信があった。

 ── よくある詐欺電話かな。


 そう思いながら着信が切れるのを待ち、そっと着信履歴を見た。


 同じ番号から何度もかかってきてる。

 ── これは詐欺じゃなくて、間違い電話かな?


 そう思って、留守電にあった伝言を聞こうと思い、再生ボタンを押したつもりだった。

 タイミングよく電話がかかってきて、間違って出てしまった。


「どこにいるの!?」

 いきなり電話の向こうで、女が怒鳴るように言った。


「……たぶん番号間違ってますよ」

 なるべく丁寧に教えてあげたつもりだった。


「何言ってんの? 早く来て!」


 俺の言葉を聞かず、女が言った。

 かなり焦っているようだった。


「いや、間違い電話……」


 すると、相手の女は気づいたようだ。


「あなた── あ、もしかして」


 そう呟いて、一方的に電話を切られた。


 ── いや、わけわからん……。

 俺はスマホを手に持ったまま、しばらく呆然としていた。


◆◆


 翌日。

 バイトに行って、湊に話した。


「何、それ?」 

「留守電聞こうと思ったら、たまたま出ちゃったんだよ」

「ふーん」


「焦ってたなら、すごい大事な用事なんじゃ? どんな人? 若い?」

「声は若かったよ。若い女性」


「女性なら、もし今日もかかってきたら”間違いです”って教えてあげれば?」


「こないんじゃない? 最後に『あなた誰?』って聞かれたし、間違えてることに気づいたみたいだったよ」


「そうか。ならいいけど」


◆◆


 バイトが終わって帰宅後。


 湊と話して、また間違い電話がかかってきたら教えてあげようと思った。

 ── かかってくることはないと思うけど。


 ブブッ。

 タイミングよく、本当にかかってきた。


「もしも── 」 


 すると受話器の向こうから、女の人のため息が聞こえた。


「あなた、弟? 誕生日教えて」

「は? いや、だから番号間違っ── 」

「聞こえないの!? 早く!」


 受話器の向こうの女は、今日も焦っているみたいだった。


「は? 四月十日。いや、そうじゃなくて── 」


 思わず、自分の誕生日を答えてしまった。

 すると──


 カチカチカチ……、ガチャッ。

 受話器の向こうから、何かの鍵が開く音がした。


 ── え? 嘘?


「開いたわ。じゃあ」


 ブツッ。

 電話が一方的に切られた。


 全身に寒気が走った。

 ── 俺の誕生日で鍵開くって、何?


 訳がわからなかった。


◆◆


 翌日。

 バイトに行って、昨日の出来事を話した。

 すると湊も一緒に気持ち悪がった。


「それ、マジで気持ち悪いな。何もなければいいけど── 」


「いや、怖いこと言うなよ。俺が今、一番怖がってんだからさ」


 強がって言ったけど、本気で気持ち悪かった。

 少なくとも、こんな話ができるヤツがいてよかった。


 こんな話、ひとりで背負いこんだら、精神的に持たない。


◆◆


 事件があったのは、その翌日だった。

 その日、学校の講義が午後からだったので、普通に十時くらいに起きた。


 ── いや、起こされたと言っても過言ではない。


 ピンポーン。

 いきなり、インターフォンが鳴った。


「はい。どちら── 」

「警察ですが、お伺いしたいことがありまして」

 ── え?


 まだ寝ぼけている目を擦りながら扉を開けた。

 若い刑事と年配の刑事が、二人立っていた。


「あまり、大声では言えないのですが── 」


 そう言われながら話を聞いてみると、一昨日ぐらいにかかってきた、あの間違い電話について知りたいらしい。


「そう言われましても……」


 本当に知らないし、見たこともない番号だった。


「確か、若い女性の声で── 、むしろ相手の方に聞かれた方がわかるんじゃないです?」


 俺がそう言うと、刑事が暗い顔をした。

「その相手の方、昨日死亡しました」


◆◆


 警察にアリバイを聞かれた。

「その時間、どこにいました?」

「学校にいました。出席の履歴もあります」


 そして、写真を見せられた。

「特徴に心当たりは?」


 目を閉じた女性の顔だった。

 

「いえ、知りません」

「あなたの顔を見て思ったのですが── なんとなく似てません? 口元とか、輪郭とか」


 ── え?

 もう一度、写真をよく見ると、確かに似てるような気がする。


「……どういうことです?」


 だが、思い当たることはない。

 俺の両親は鹿児島だし、姉はいるが、俺と全く似てないから。


「彼女の通話履歴にあなたの番号しかなかったので、事実確認です。何か思い出しましたら、一報ください」


 そう言って、名刺をくれた。

「まあ、ないと思いますけど」


◆◆


 翌日。

 バイト終わりに、湊に話を聞いてもらった。


「── マジか。思ったよりヤバくね?」


「いや。ヤバいんだよ── 何だ? “思ったより”って」


 俺の質問には答えず、湊は考えながら言った。

「でも、その電話の主に心当たりがないんだよな?」


「……ない。写真見たけど、マジで知らない。そしたら、顔が俺に似てるとか言い出して── 」


「似てた?」

「似ているような気がしなくもなかったけど、心当たりないし。気のせいだよ」


「そうか。それなら大丈夫だよ」



◆◆


 その日の夜──

 知らない別の番号から着信があった。


 でも── 三回目が鳴ったとき、思わず出てしまった。


「友だちに気をつけて」

 ── は?


 その声は、絶対に死んだはずの『間違い電話の女』の声だった。


「ちょっと待って! ……あんた、誰?」


 彼女が生きていたことにも驚いたが、彼女の言葉も謎だった。


「最近、仲良くなった人がいるでしょ? その人に気をつけて」


 ── はい?

 そう言われて、思い浮かんだのは湊だった。


「いや、何で?」


 すると相手の女は言った。

「忠告はしたわ。じゃあ」


 そして、一方的に電話を切られた。

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