第1話:父たち、帰還を賭けて召喚される

【1】


そこは、ホビーが渦巻く異質なアリーナ。


現実でも夢でもない、得体の知れない空間。



烈堂ショウヤが、僅かに目を細めた。

「……ここは……なんだ」


轟田ゴウイチは記憶を探るように頭をかいた。

「ちょっと待て、俺は旅の途中で……森で野営して……」


久遠寺ジュウサクは眼鏡の奥の目を揺らす。

「研究室で…フェンリスの調整を……そして私は何を…?」


紙縁イオリの指先が微かに震える。

「子供たちと折式の試作を……記憶が曖昧です」



彼らに共通していたのは、最後の記憶が不自然に途切れていること。


ショウヤは呟いた。


「……どうやら、ここにいる全員、らしいな」


イオリが静かに頷き、微笑をたたえる。


「状況整理が必要ですねぇ。いったん自己紹介でも——」


その時、アリーナ全体に重低音が響き渡った。




【2】


『汝ら、長き檻より解放されたことを喜べ』


「何の声だ……?」


ジュウサクが小声で呟く。



『我は《ホビスフィア》。

汝らは我が次元へ導かれ、

そのまま時間の流れの外側に固定されていた。

均衡を保つため、最も優れた使い手を拘束し、選定の刻を待っていた』



「なんのこっちゃ全然分かんねえぞ!」


ゴウイチがやや苛立ちを滲ませた。

ショウヤは冷静に問う。


「……今、長き檻、と言ったな。

俺たちがここに来て、どれくらいだ?」



『時が満ちるまでに、三年』



「!!!」

「はぁっ!?」

「さん…ねん…?」


「……俺は、カイと最後にデュエルしたその夜から……」


ショウヤは言葉を切った。

胸が締め付けられる。


ゴウイチも脂汗を吹き出しながら狼狽えた。


「さ、三年ってお前…

じゃあツムギはもう、小学校に入って…」


《ホビスフィア》は淡々と説明を続ける。



『汝らには今より、守護者を選定する戦いに参加してもらう。

勝者一名のみ、元の世界へ帰還を許可する』



空気が固まる。


「勝者……一名だけ、だと?」


ショウヤが鋭い視線を上空に向けた。


「負けたら……ずっと、帰れない……って言いました?」


イオリの唇がわずかに震える。


「……家族が……私たちを待ってるんだが」


ジュウサクの声にも動揺が滲む。



『帰りたければ戦え。勝ち抜け。

ただそれだけが道となる』


その瞬間、四人は互いを見た。


焦りでも恐怖でもなく——

“帰る”という意志だけがそこにあった。


「帰る」

ショウヤが静かに言った。


「帰るに決まってんだろ!!」

ゴウイチが拳を握る。


「帰らせてもらいますよ……必ず」

ジュウサクが眼鏡を押し上げる。


「……娘が、待っているので」

イオリが優しく微笑む。




【3】


ショウヤが鋭くカードケースを抜き放ち、

デッキから一枚のカードをめくった。


「俺はカードでどんな道でも切り開いてきた。

今回も同じだ——行くぞ」



ゴウイチがメンコ箱を叩き、稲光を散らす。


「上等だ!ツムギんとこに帰るために、負ける気はねぇ!」



ジュウサクの紋章デバイスが青白く輝く。


「三重紋章……。

フェンリス、久々に本気を出す時が来たようだ」



イオリが一枚の紙を取り出し、

たった数秒でそれを“天隼”の姿へと折り上げる。


「コトハ……もう一度、一緒に折るために」



四つのホビーが、魂核を光らせて咆哮した。


——四人の父親が動き出す。


元の世界への帰還を賭けた戦いが、いま始まる。

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