第3話 思い出
紅子は、街の名士の娘で、父親の残した会社を引き継ぎ経営している、所謂実業家でありシングルマザーである。
静香の父親は典型的なヒモであり、働かないダメっぷりに紅子は愛想を尽かして、静香が5歳の時に離婚して彼女が親権を引き取った。
スポーツ万能で勉強もでき、美人の静香を周りが放っておくわけがなく、高校生の時にクラスメートでイケメンの同級生と大恋愛の末に結婚を前提とした付き合いをすることになり、全てが順調に思われた。
しかし、無情なことに、コロナが彼女から幸せを奪い去った。
彼氏は運悪く、初期のアルファ株に感染して重症となり、治験薬をいくつか投与されたが全く効かずに死去。
愛する人をコロナに奪われた静香は、深い絶望に襲われて鬱病になり、通っていた一流私立の大学も辞めて実家に引きこもりになる。
紅子はそんな静香を不憫に思い、せめてもの気晴らしになればいいかと隣町の『ブッチオン』で中古のSwitchを購入したが、そこに力丸の電話番号が書いてあり、友人になって欲しいと藁にも縋る思いで電話したのである。
😷😷😷😷
力丸は生まれてこの方女の子と付き合ったことは無く、遊んだりしたこともなかったので、初めて入る部屋に戸惑いを感じている。
ボロボロになったぬいぐるみと、無造作に置かれた衣類、埃だらけの大学のテキストと、そして力丸が売った中古のSwitchがある。
「……」
静香の部屋に入って1時間近く経つが、彼らは全く何も喋ることは無く、ただひたすらに気まずい重苦しい雰囲気が流れた。
(うわっ、超気まずいなぁ。俺なんかよりも元彼の方がスペック高いじゃん。一体どうやって話したらいいんだろうな?)
テーブルに置かれた静香の亡くなった彼氏の写真は、男の力丸からして見てかなりのイケメンであり、モデル並みである。
「ねぇ……」
力丸は僅かながらの勇気を振り絞り、思い切って静香に声を掛けて、ボロボロのトートバックの中から『ブッチオン』で購入した中古の人気のアクションゲームを取り出す。
「なんかこうしても、何もやることないし暇だから、ゲームでもやらない?」
「うん……」
静香は終始憂鬱だが、特に何もやらないのが苦痛であるのか、力丸の誘いに渋々乗り、Switchを最新式の38インチのテレビに繋ぎ始めた。
😷😷😷😷
2022年に差し掛かろうとした12月、重症しづらいオミクロン株が流行り始め、コロナ禍は新しいフェーズに入り始める。
当時、国民の大半がワクチンを複数回打っており、ある程度の集団免疫は出来ていて、一部の国ではマスク着用義務を撤廃し始めた。
だが、景気が悪いのはどこも変わりがなく、当の力丸はというと、相変わらず紅子の元で静香のお世話をしながら暮らしている。
コロナ不況もあるのだが、失業期間が二年近く経ってしまい、経歴的にも不利な状態が続いて転職活動は難航していた。
クリスマスが近くなったある日、力丸は静香の部屋で過ごして一緒にゲームをしていると、それは起きた。
😷😷😷😷
「しずちゃん、何気に強くね!?」
力丸は、中古で買ったゲームソフトを何度かやったことはあったのだが、静香の腕前が凄すぎて勝てない。
「うん、結構やったからね」
(この子何気にオタク系なんだな……)
静香の世話をして一年ぐらいが経過していたが、普通に会話ができるまでに彼女の調子は回復していった。
「あれっ?」
部屋の片隅に置かれている、20年ぐらい前に流行ったロボットアニメのフィギュアに気が付き、力丸は「これ懐かしいな」と手を触れようとする。
「触らないで!」
「うわっ!?」
力丸は、顔を真っ赤にして怒る静香に驚いたのか、フィギュアの腕の部分を掴んでしまい、ポキっと折れてしまう。
その様子を見た静香は、目に大粒の涙を溜めてワナワナと怒り始め、「出ていけ!」と怒鳴り散らし、慌てて力丸は部屋から出ていった。
😷😷😷😷
静香の父親、仁は一応は紅子の会社の役員だったが、すぐに会社に来なくなり、仕事をサボってはギャンブルや女遊びに散財していた。
父親らしい一面はあったのか、5歳になった静香に、本来なら男の子が欲しがるはずのロボットアニメのフィギュアをあげて、離婚して家を出てしまったのである。
「……という事だったの」
「……」
紅子と力丸達は静香の部屋の前でことの顛末を話し、「俺なんてことをしてしまったんだろうな?」と深い後悔に襲われる。
「すんません、これ弁償します! なんか悪いので!」
「いえね、気にしないでいいのよ!」
「いえいえ、こちらに非があるので! しずちゃん、必ず同じやつ買ってくるからな!」
力丸は静香の部屋の前の扉でそう大声で伝え、大急ぎで階段を降りて、すでに穴が3個ぐらい空いたボロボロのスニーカーを履いて家を後にした。
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