第31話 空き教室の占拠と錬金術の煙

 大迷宮バベルでの初探索から数日が過ぎた。

 俺たちの学生ランクは『A』に昇格し、学園内での自由度は格段に上がっていた。


 放課後。

 俺は校舎の端にある、使われていない旧校舎の一室の前に立っていた。


「……ここだ」


 ボロボロの扉には『第三錬金資料室』という掠れたプレートがかかっている。

 長い間放置され、埃と蜘蛛の巣にまみれた部屋。

 だが、俺の『魔力感知』は、この部屋の床下に強力な**「魔力ライン(レイライン)」**が通っていることを見逃さなかった。


「ここを俺たちの『アジト(兼・生産拠点)』にする」


 後ろに控えるレイラ、フェル、シアに宣言する。


「ええーっ! 汚いぞここ!」

 フェルが鼻をつまんで抗議する。

「掃除のしがいがありそうですね……。ですが、なぜここなのですか?」

 レイラも困惑気味だ。


「理由は三つある。

 一、人通りが少なく、目立たない。

 二、レイライン直上につき、魔力効率が良い。

 三、Aランク権限で『部活動』を申請すれば、ここを合法的に占拠できる」


 俺は懐から一枚の申請書を取り出した。

 部活名:『古代遺物研究会』。

 活動内容:古代文明の遺産に関する調査・研究(という名目の、アイテム生産と魔核運用)。

 顧問のサイン欄には、Sクラス担任のギデオンの名前が(半ば強引に)書かれている。


「さあ、大掃除だ。今日中にここを快適な工房に改造するぞ」


 ***


 それから数時間。

 俺たちの総力戦により、廃墟同然だった部屋は見違えるように綺麗になった。


「せぇいッ!」


 レイラが手にした箒を振るう。

 ただの掃除ではない。**『風属性の魔石』**を組み込んだ魔導箒だ。

 振るうたびに突風が巻き起こり、部屋の隅に溜まった埃を一気に窓の外へと吹き飛ばす。

 彼女自身の氷魔法ではないが、こうした便利な魔導具を使いこなすのもメイドの嗜みらしい。


「『浄化(クリーン)』!」


 仕上げにシアが杖を振る。

 光の粒子が部屋全体に行き渡り、染み付いたカビや汚れを分解・消滅させる。

 ヒーラーの基本スキルだが、生活魔法としては最強クラスの性能だ。

 彼女の「聖属性」が、こういう場面でも役に立つ。


 重い家具やガラクタは、フェルが軽々と運び出した。

 そして部屋の中央には、俺の『携帯型・融合装置』が鎮座している。


「ふぅ……いい感じだ」


 俺は満足げに頷く。

 これで、寮の自室でコソコソ作業する必要がなくなった。

 レイラインから魔力を直接供給できるため、シアの負担も減るし、より大規模な錬成も可能になる。


「アルスさん、お茶が入りました」


 シアが新品のティーセット(これは俺が錬成した)で紅茶を淹れてくれる。

 窓からは夕日が差し込み、穏やかな空気が流れる。

 まさに理想的な放課後だ。


 だが、そんな平和は長くは続かなかった。


 バンッ!!


 突然、教室の扉が蹴破られた。

 現れたのは、高価そうなローブを纏った数人の男子生徒たち。

 胸には『錬金術研究会』というバッジをつけている。


「おい! 勝手にここを使っているのはどこのどいつだ!」


 リーダー格の男が怒鳴り込んでくる。

 典型的な「貴族のドラ息子」といった風貌だ。


【Target Analysis】


Name: バロン (Baron)


Rank: 3年生


Job: エンチャンター (Enchanter)


Threat: 低


「……誰ですか? 私たちは正規の手続きを経て、ここを使用していますが」


 レイラが冷ややかに対応する。

 だが、バロンと呼ばれた男は聞く耳を持たない。


「黙れ! この旧校舎は我々『錬金術研究会』の管理下にある! たかが1年の新入りが、生意気に部室を持とうなんざ100年早いんだよ!」


 なるほど。縄張り争いか。

 学園モノの定番イベントだ。

 本来なら面倒事は避けたいが、せっかく手に入れたこの好立地を手放すつもりはない。


「管理下にあるというなら、なぜこんなに荒れ放題だったんですか?」


 俺は紅茶を啜りながら、静かに問いかけた。


「あ、あぁ!? それは……そのうち使う予定だったんだよ! とにかく出て行け! さもなくば、実力行使で追い出すぞ!」


 バロンが指を鳴らすと、取り巻きたちが杖を構え、魔力を練り始めた。

 教育的指導が必要らしい。


「フェル、出番だ」

「おう! やっていいのか!?」

「殺すなよ。軽く『掃除』してやれ」


 俺の許可が出た瞬間、フェルが獰猛な笑みを浮かべて飛び出した。


「ガアッ!」


 銀色の閃光。

 フェルは魔法を使う隙すら与えず、素手で取り巻きたちの杖を叩き折った。


「なっ……!?」


 驚愕するバロンの目の前に、フェルの拳がピタリと止まる。

 鼻先数センチ。風圧だけでバロンの髪が逆立つ。


「ヒッ……!」

「次、邪魔したら噛み殺すぞ」


 フェルが低く唸ると、バロンたちは悲鳴を上げて逃げ出した。

 あっけない幕切れだ。


「……弱っちいな。肉にもなんねぇ」


 フェルがつまらなそうに鼻を鳴らす。

 だが、俺は少しだけ警戒していた。

 彼らは3年生。学園内でのコネや派閥を持っている可能性がある。

 これで終わればいいが、逆恨みで面倒なことになるかもしれない。


「まあいい。売られた喧嘩は買うのが俺の流儀だ」


 俺は再び『融合装置』に向き直った。

 彼らが持っていた杖……あれは量産品だが、素材には悪くない木材が使われていた。

 今度襲ってきたら、装備を没収して素材にしてしまおうか。


 そんな物騒なことを考えながら、俺は新たなアイテムの生成に取り掛かった。

 学園生活は、まだ始まったばかりだ。


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