第23話 王都アルメリアと天啓の儀

 国境の峠を越えると、眼下に広大な盆地が現れた。

 その中央に、白亜の城壁に囲まれた巨大な都市が鎮座している。


 王都『アルメリア』。

 人口100万人を超える、人類圏最大のメガロポリスだ。


「……でかいな。ノクス・ドメインの首都より広いかもしれない」


 馬車の窓から身を乗り出し、俺は感嘆の声を漏らした。

 整然と並ぶレンガ造りの家々、巨大な大聖堂の尖塔、そして街の中心にそびえ立つ王城。

 街全体が活気に溢れ、遠目にも人々のエネルギーが伝わってくるようだ。


「人間は繁殖力が高いですからね。数と集団行動こそが彼らの武器です」


 レイラが日傘を差しながら、少し眩しそうに目を細める。

 日中の太陽は吸血鬼にとって毒だが、王都の活気はそれを忘れさせるほどの魅力がある。


「肉の匂いがするぞ! あっちからも、こっちからも!」


 フェルは変装用のローブの下で、鼻をヒクヒクさせて興奮している。

 獣耳と尻尾は魔法で隠しているが、その野生の本能までは隠せないようだ。


「着いたらすぐに何か食わせてやるから、今は大人しくしてろ。……検問だ」


 馬車が城門の前で止まる。

 ここでもブラッドベリー家の紋章は効果覿面(てきめん)だったが、同時に周囲の視線を集めることになった。

 黒塗りの高級馬車から降り立った、肌の白い少年と、銀髪のメイド、そしてフードを被った少女。

 明らかに「異物」だ。


「……見ろよ、あれが噂の『魔族の留学生』か?」

「吸血鬼だってよ。昼間から出歩いて平気なのか?」

「関わりたくねえな……」


 ヒソヒソ話が聞こえてくる。

 好奇心、警戒、そして差別意識。

 アウェーな空気だが、俺にとっては心地よい緊張感だ。

 これから始まるのは、この人間の巣窟での「潜入ミッション」なのだから。


 ***


 俺たちが向かったのは、王都の北区画にある**『アルメリア王立学園』**だ。

 貴族の子弟や、才能ある平民が集まり、剣と魔法、そして国政を学ぶ最高学府。

 広大な敷地には、校舎だけでなく、闘技場、図書館、そして学生寮まで完備されている。


 今日は入学試験の日であり、同時に新入生たちの**「職業(ジョブ)獲得の儀式」**が行われる日でもある。


「……すごい人ですね」


 講堂には、数百人の若者たちが集まっていた。

 緊張した面持ちの少年、高価な装備を自慢する貴族の息子、ボロボロの服だが鋭い目をした平民。

 彼ら全員が、これからの俺の「同級生」であり、場合によっては「敵」となる。


「あ、おい見ろよ。あいつら……」


 俺たちが入場すると、会場の空気が一変した。

 モーゼの海割りのように人波が割れ、道ができる。

 俺は気にせず、最前列に用意された「特別席」へと向かった。


「アルス様、肝が据わっておいでですね」

「慣れてるさ。それに、今の俺が気になるのは他人の視線じゃない。……あれだ」


 俺の視線は、講堂の壇上に設置された、巨大な水晶のオベリスクに釘付けになっていた。


 『天啓の碑(Monolith of Revelation)』。


 古代文明の遺産であり、触れた者の魂を解析し、最適な「職業」を付与するシステム。

 この世界において、人は生まれながらに職業を持っているわけではない。

 10歳から15歳前後の適性時期に、この碑に触れることで初めて「ステータスとしての職業」が刻まれ、固有スキルが解放されるのだ。


(Lv30になっても職業欄が「なし」だったのは、この儀式(フラグ)を経ていなかったからだ)


 俺の狙いは決まっている。

 『バトルメイジ(戦魔)』。

 魔法と物理の両方を扱えるレア職業であり、俺のプレイスタイルに合致する。

 何より、「魔法も剣もできる優秀な留学生」という肩書きは、人間社会に溶け込むための最高の迷彩(カモフラージュ)になる。


(もしここで吸血鬼専用職『ブラッドロード』なんて出てしまった場合、ブラッドベリー家の血統や俺たちの行動について余計な詮索が入るかもしれない。下手したら「人類の敵」認定でゲームオーバーだ。それだけは避けなきゃならない)


 儀式が始まった。

 名前を呼ばれた生徒が次々と壇上に上がり、碑に触れていく。


「おおっ! 『戦士(ウォリアー)』だ!」

「こっちは『魔術師(メイジ)』! しかも魔力適性Aだぞ!」

「うわ、マジかよ……『スカウト』か……」


 碑が放つ光の色によって、職業が判別される。

 赤なら物理職、青なら魔法職、緑なら生産・補助職。

 一喜一憂する若者たち。人生が決まる瞬間だ。


「――次、特別留学生。アルス・ブラッドベリー」


 試験官の声が響く。

 会場が静まり返った。

 俺は席を立ち、ゆっくりと壇上へ上がる。

 数千の視線が背中に突き刺さる。吸血鬼がどんな天啓を受けるのか、興味津々といったところか。


(頼むぞ、バトルメイジ。俺の適性的には間違いないはずだ)


 俺は『天啓の碑』の前に立ち、その冷たい表面に手を触れた。


 ドクン。


 心臓が跳ねた。

 碑の中に流れる膨大な魔力が、俺の体内へと逆流してくる感覚。

 俺の魂、記憶、そして積み上げてきた経験値(スキル)が、システムによってスキャンされていく。


 ――『解析開始』。


 脳内に直接響くシステムボイス。

 次の瞬間、碑が発光した。


 ブゥン……ッ!!


 それは、会場の誰もが見たことのない色だった。

 赤でも、青でもない。

 深く、濃く、どこか禍々しさすら感じさせる――**「紫色」**の光。


「なっ……紫!?」

「なんだあの色は!?」

「複合属性か!?」


 会場がどよめく。

 俺も内心冷や汗をかいた。

 紫。一般的には「赤(物理)」と「青(魔法)」の融合色とされる。つまり、バトルメイジの色だ。

 だが、この光の深さはどうだ? まるで闇が凝縮されたような、不吉な輝き。


 碑の表面に古代文字が浮かび上がり、試験官が震える声でそれを読み上げた。


「しょ、職業……『バトルメイジ(戦魔)』!!」


 おおおおおおっ!!


 歓声が爆発する。

 試験官の宣言により、会場の空気は「警戒」から「驚嘆」へと変わった。

 『バトルメイジ』。剣と魔法の両方を操る、高位のレア職業。

 魔法職の火力を持ちながら前衛もこなせる、勇者に次ぐ英雄候補生。


「……ふぅ」


 俺は胸をなで下ろし、口元を緩めた。

 成功だ。

 一番欲しかった職業と、周囲へのインパクト。完璧な滑り出しだ。


 ――だが。


 俺の視界にだけ表示されている「自分だけのステータス画面」には、全く別の文字列が刻まれていた。


【System Alert】

True Lineage Detected.

Dominator aptitude confirmed.

Secret Job Unlocked.


【Job Acquisition】


Public Job: Battle Mage (戦魔)


True Job: Blood Lord (血の君主)


(……は?)


 俺は目を疑った。

 『Blood Lord』?

 吸血鬼専用職の中でも、血の理を支配する頂点の職業。

 本来なら、種族としてLv50を超え、数多の同族を従えた後にようやく進化できる『吸血侯(Vampire Lord)』と同等の権能を持つ存在。

 それが、職業(ジョブ)として?


[Job: ブラッドロード (Blood Lord)]


分類: 種族専用


特性: 鮮血を操り、夜の眷属を統べる王の器。


補正: 全ステータス成長率大幅アップ、闇・血属性スキル威力倍加。


固有スキル: [鮮血操作 (Blood Control)]


特殊効果: [偽装権能 (Masquerade)] ……自身のステータスや職業を、下位の職業(今回はバトルメイジ)として偽装表示する。


(……なるほど、そういうことか)


 俺は内心の戦慄を押し殺し、禍々しく輝く紫の光を見上げた。

 この色は、バトルメイジの色じゃない。

 もっと根源的な、魔族の王の色だ。

 『天啓の碑』は俺の本質を見抜き、最強の職業を与えた。だが同時に、その危険性を隠すために『バトルメイジ』という皮を被せたのだ。


「アルス・ブラッドベリー。君の入学を歓迎する!」


 学園長らしき老人が、興奮気味に握手を求めてくる。

 俺はその手を握り返し、不敵に微笑んだ。


「光栄です。……精一杯、学ばせていただきますよ」


 席に戻ると、レイラが心配そうに声をかけてきた。


「アルス様、あの光……ただのバトルメイジにしては、異様な魔力を感じましたが」

「ああ。後で話す。……どうやら俺は、思った以上に『ヤバい』ものを引いたらしい」


 俺は小声で答える。

 フェルは「ピカピカして綺麗だった! 肉はまだか?」と能天気に笑っている。


 Lv30。

 表向きは『バトルメイジ』。

 真実は『ブラッドロード』。


 人間社会に溶け込みながら、その裏で魔王級の力を育てる。

 スパイミッションの難易度が、一気に跳ね上がった気がした。


【Current Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 30

Race: ヴァンパイア

Job: ブラッドロード (Blood Lord) / [偽装: バトルメイジ]

Traits: [夜宴] Lv.4, [吸血] Lv.1, [霧化] Lv.1

Job Skill:


[鮮血操作 (Blood Control)] (Hidden)


[魔矢 (Mana Bolt)] (Battle Mage - 擬装使用可)


 さあ、始めようか。

 学園生活という名の、仮面舞踏会(マスカレード)を。


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