第10話 影を織る者

 それから数ヶ月。

 俺は『古き森の洞窟』でのレベリングを続け、ついにLv20に到達した。


『Level Up!』


 待ちに待った瞬間だ。

 俺は安全地帯である岩陰に身を隠し、ステータス画面を展開した。


【Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 20 (New!)

Race: ヴァンパイア (Vampire)

Job: なし

Traits:


[夜宴] Lv.2


[吸血] Lv.1


[霧化] Lv.1

Trait Pt: 1 (New!)

Skills:


[種族]: [吸血鬼の体質]


[特性]: [ブラッドバレット]


[補助]: [魔力感知(100%)], [魔力操作(100%)], [隠密(100%)], [短剣術(12%)], [投擲(8%)], [回避(6%)], [体術(4%)], [解体(8%)], [罠解除(2%)], [隠密歩行(45%)]


 Lv20。

 この世界における「成人」の基準の一つであり、俺にとっては「特性ポイント」が付与される重要な節目だ。

 獲得した1ポイント。

 俺はそれを迷わず『夜宴』に振る。


『Trait Level Increased: Lv.2 -> Lv.3』


 特性レベルが3に上がった瞬間、全身の血液が沸騰するような感覚に襲われた。

 魔力回路が拡張され、新たな「理(ことわり)」が肉体に刻まれる。


『Trait Lv3 Reached. New Main Skill Unlocked.』

『Skill Acquired: [シャドウウィーブ (Shadow Weave)]』


 来た。

 俺は震える手でスキルの詳細を確認する。


[シャドウウィーブ (Shadow Weave)]


分類: 闇属性・干渉魔法


効果: 自身の影、または接触した影を変形・実体化させ、物理的な干渉力を持たせる。


用途: 拘束、移動補助、奇襲など。


 これだ。

 単なる攻撃魔法ではない。応用力抜群の「ユーティリティ・スキル」。

 『ブラッドバレット』だけでは対応できなかった、「防御」「移動」「拘束」の全てを補完できる可能性を秘めている。


「……試すか」


 俺は足元に伸びる自分の影を見つめた。

 魔力を込める。イメージするのは「触手」、あるいは「鎖」。


 ズズズッ。

 影が蠢いた。

 平面だった影が、まるで黒い液体のように盛り上がり、俺の意思に従って蛇のように鎌首をもたげた。


「行け!」


 俺が指差すと、影の触手は鋭く伸び、数メートル先の岩に巻き付いた。

 ギュルッ!

 強い締め付け。岩がミシミシと音を立てる。

 さらに、俺はその影を収縮させ、自分の体を岩の方へと引っ張らせた。

 

 フワッ。

 ワイヤーアクションのように、俺の体が空を舞う。


「……成功だ。これなら、立体機動がさらに加速する」


 着地と同時に影を解除する。

 魔力消費もそれほど多くない。『魔力操作(100%)』がある今なら、長時間維持することも可能だろう。


「おめでとうございます、アルス様」


 背後からレイラが声をかけてきた。

 彼女もまた、俺の影の変化に気づいていたようだ。


「Lv20到達、そして新たな魔術の開眼ですね。その影の術……『影縫い』の上位互換とお見受けします」

「ああ。『シャドウウィーブ』だ。これでようやく、ヴァンパイアらしい戦い方ができる」


 俺はニヤリと笑う。

 『夜宴』で隠れ、『隠密歩行』で近づき、『シャドウウィーブ』で拘束し、『宵闇』でトドメを刺す。

 完璧なアサシン・ビルドだ。


「さて、目的は達した。帰ろうか、レイラ」

「ええ。ですが……屋敷に戻ったら、旦那様がお呼びですよ」


 レイラの表情が、少しだけ曇った。


「父上が? 報告ならいつも通り夕食の席で……」

「いいえ。今回は『お客様』がいらしています。アルス様にも同席を、とのことです」


 お客様?

 ノクス・ドメインの支配者である父を訪ねてくる客など、そうはいない。

 他国の使者か、あるいは同格の上位貴族か。


 俺はポーチの魔核を確認し、少しだけ気を引き締めた。

 Lv20になった俺への、新たなクエストの予感がした。


 ***


 屋敷に戻り、急いで身支度を整える。

 血に濡れた鎧を脱ぎ、貴族らしい正装(といっても子供用だが)に着替える。

 鏡に映る自分を見る。

 7歳だが、外見は10歳近くに見える。深紅の瞳には、転生直後のような不安はない。あるのは自信と、未知への渇望だ。


 応接室の扉が開かれる。


「失礼します、父上」


 俺が入室すると、そこには父ヴァルガスと、見知らぬ男が対座していた。

 男は全身を灰色のローブで包んでいるが、その隙間から覗く肌は土気色で、片目は機械のような義眼に置き換わっている。

 そして、その背後には二体の巨体――全身を鎧で覆った護衛が控えていた。


(……人間じゃない。アンデッドでもない。あれは……)


 俺の『魔力感知(100%)』が、護衛の正体を看破する。

 生体反応なし。魔力駆動の自律兵器。

 『ゴーレム』だ。

 それも、かなり高度な魔導技術で作られた軍用モデル。


「来たか、アルス。紹介しよう」


 父がワイングラスを揺らしながら、男を示した。


「こちらはガルド連邦よりの使者、ゼクス殿だ。魔導技師であり、我が領との通商交渉に来られた」


 ガルド連邦。

 設定によれば、ドワーフやノームなどの職人種族が多く住み、機械と魔法を融合させた技術文明を持つ国家だ。

 ヴァンパイアの支配するノクス大陸とは、あまり交流がないはずだが。


「……お初にお目にかかります、若き当主代行殿。ゼクスと申します」


 ゼクスと名乗った男が、義眼をギュルリと回して俺を見た。

 その視線は、値踏みするような冷たさを帯びている。


「ほう……。噂には聞いておりましたが、素晴らしい魔力をお持ちだ。Lv20……いや、それ以上の密度を感じる」


 一目でレベルを見抜かれた?

 いや、俺の『隠密(100%)』は、非戦闘時でもパッシブとして気配を希釈しているはずだ。それを見通すとは、この義眼、ただのガラス玉じゃない。


「ゼクス殿は、ある『提案』を持ってこられた」


 父が口を開く。


「ガルド連邦が発見した新たな遺跡……そこから発掘された『未解析の遺物』を、我が領の魔核と交換したいとな」

「遺物、ですか?」

「ああ。古代の魔導具、あるいは未知の素材かもしれん。彼らは解析不能と判断したが、魔力リソースが豊富な我らなら使い道があるかもしれん、という話だ」


 ゼクスがテーブルの上に、布に包まれた箱を置いた。

 布が解かれる。

 中に入っていたのは、歪な形をした金属片だった。

 錆びているようにも見えるが、俺の目には違って見えた。

 『魔力感知』で見ると、その金属片の奥底に、複雑な回路が眠っているのが分かる。


(……まさか)


 俺は息を呑んだ。

 これは、ただのガラクタではない。

 かつてこの世界に存在した高度な文明の片鱗。

 もしかすると、『万象核石』の手がかりになるかもしれない。


「……興味深い」


 俺は子供のふりをして、無邪気に箱を覗き込む。

 だが、内心は激しく脈打っていた。

 Lv20になり、新スキルを得た俺に、世界が次なる餌をぶら下げてきたのだ。


「アルス。お前はどう思う? この取引、受けるべきか?」


 父が試すように聞いてくる。

 これはテストだ。次期当主としての判断力を問われている。

 だが、俺の答えは決まっていた。ゲーマーとして、レアアイテムの可能性(フラグ)を見逃すわけがない。


「受けるべきです、父上。その遺物には、単なる魔核以上の価値(ポテンシャル)を感じます」


 俺の言葉に、ゼクスの義眼が怪しく光り、父が満足げに笑った。


【Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 20

Traits:


[夜宴] Lv.3 (Pt:0)


[吸血] Lv.1


[霧化] Lv.1

Skills:


[種族]: [吸血鬼の体質]


[特性]: [ブラッドバレット], [シャドウウィーブ (New!)]


[補助]: [魔力感知(100%)], [魔力操作(100%)], [隠密(100%)], [短剣術(12%)], [投擲(8%)], [回避(6%)], [体術(4%)], [解体(8%)], [罠解除(2%)], [隠密歩行(45%)]



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