第9話 魔核融合と闇の刃
屋敷に戻った頃には、空の星々がより一層強く輝いていた。
深夜の帰還。だが、ブラッドベリー家の屋敷は眠っていなかった。エントランスホールでは、父ヴァルガスと母エリザが、まるで王の凱旋を待つかのように並んで立っていた。
「……ただいま戻りました、父上、母上」
俺は泥と血(大半は返り血だ)で汚れた装備のまま、片膝をついて報告の礼をとる。
父ヴァルガスは、鋭い視線で俺の全身をなめるように観察した。怪我の有無、魔力の残量、そしてその瞳に宿る「戦いを知った者」の色。
「……レイラ。報告は?」
父が問いかけると、背後のレイラが一歩進み出て、恭しく頭を垂れた。
「アルス様は『古き森の洞窟』第2階層までを踏破。道中の魔物を全て単独で排除。さらに――」
レイラは一瞬言葉を切り、誇らしげに告げた。
「幻術で隠蔽された隠し部屋を発見し、格上のレアモンスター『ワンダリング・ナイト』をソロで討伐なさいました」
母エリザが「まぁ……!」と口元を押さえる。
父ヴァルガスの眉がピクリと動いた。
「ワンダリング・ナイトだと? 推定Lv25の個体か。Lv15そこらの子供が、どうやって倒した」
「真正面からの殴り合いではありません。地形、環境、そして自身の特性を最大限に利用した、極めて知的な狩りでした」
父は沈黙し、そして俺を見た。
「戦利品を見せろ」
俺はポーチから、今回の収穫を取り出して並べた。
Fランクの小粒な魔核の山。
錆びた大剣。
レアドロップの『騎士の腕輪』。
そして最後に、禍々しい闇の波動を放つ『闇の魔核(Cランク)』。
「ほう……!」
父の目が釘付けになったのは、やはりCランク魔核だった。
「初心者ダンジョンの浅層で、Cランク魔核を引き当てるとはな。その強運もまた、支配者たる資質の一つだ」
父は愉快そうに笑い、満足げに頷いた。
「よかろう、アルス。お前の初陣、見事であった。その功績に対し、私からも褒美をやろう」
「褒美、ですか?」
「ああ。そのCランク魔核、持て余しているのだろう? Lv17のお前にはまだ扱えぬ代物だと思っているな?」
図星だった。
Cランク素材は貴重だが、今の俺には加工技術がない。売って金にするか、倉庫の肥やしにするつもりだった。
「ついて来い。ブラッドベリー家が管理する『工房』へ案内してやる」
***
父に連れられ、俺たちは屋敷の地下深くに降りていった。ひんやりとした石造りの回廊を抜け、重厚な扉を開ける。そこには、俺のゲーマー魂を激しく揺さぶる光景が広がっていた。
部屋の中央に鎮座する、巨大な魔導機械。複雑な魔法陣が刻まれた台座と、その周囲を浮遊する水晶の制御ユニット。紛れもない。設定資料で見た『融合装置(エンチャント・デバイス)』だ。
「ここは本来、国家拠点や大規模ギルドにしか設置が許されぬ施設だ。だが、我らブラッドベリー家はノクス・ドメインの管理者として、特別に保有を認められている」
父が説明する。融合装置。魔核や素材を装備と融合させ、新たな能力を付与する夢のマシン。その操作条件は、ランクによって決まっている。
F〜Cランク素材: Lv1〜50
B〜Aランク素材: Lv51〜89
Sランク素材: Lv90
つまり、今の俺(Lv17)でも、手に入れたCランク魔核(Lv50以下用)なら扱えるのだ。
「やってみろ、アルス。この装置は、魔力を通した術者本人の装備しか生成できない。私が代わりにやってやることはできん」
父に促され、俺は台座の前に立った。
心臓が高鳴る。俺は腰の『吸血鬼の儀礼短剣』を抜き、台座の「ベース(素体)」スロットに置いた。そして、「素材」スロットに『闇の魔核(Cランク)』をセットする。
(成功率は100%。失敗はない。だが、どんな性能になるかは素材の相性とランク次第)
俺は深呼吸し、操作パネル(水晶板)に手を触れた。
魔力を流し込む。『魔力操作(100%)』が、装置の回路とリンクする。
ブゥン……!
装置が低い駆動音を上げ、魔法陣が輝きだした。Cランクの闇の魔力が解き放たれ、短剣へと螺旋を描いて吸い込まれていく。黒い光が視界を染めた。
『融合プロセス開始(Fusion Process Initiated)』
『ランクC素材を確認。適合レベル:クリア』
『エンチャント完了(Enchanting Complete)』
光が収束し、カキンという硬質な音が響いた。台座の上には、生まれ変わった短剣が鎮座していた。刀身はより深く、光を吸い込むような漆黒に染まり、微かに紫色の稲妻を帯びている。俺は震える手でそれを手に取った。軽い。だが、魔力の通りが段違いだ。
【Item Info】
名称: 宵闇の儀礼短剣+1 (Dusk Ritual Dagger)
等級: ユニーク(Unique)
攻撃力: 35(+20)
効果:
闇属性攻撃付与(中)
魔法触媒効果(高):魔法発動時の補正値アップ
スキル付与: 『ダークエッジ(闇の刃)』
「……すごい」
ただの量産品だった短剣が、一線級のユニーク武器に化けた。これなら、格上の魔物相手でも物理的なダメージが通る。それに『魔法触媒効果』。これは魔法主体の俺にとって喉から手が出るほど欲しい性能だ。
「『宵闇(よいやみ)』か。悪くない出来だ」
父が背後から覗き込み、ニヤリと笑った。
「Cランク魔核を惜しげもなく注ぎ込んだ甲斐があったな。その武器ならば、Lv30程度の魔物までは簡単に切り裂けるだろう」
俺は短剣を鞘に収め、父に向き直った。
「ありがとうございます、父上。最高の褒美です」
「礼には及ばん。お前が強くなることは、ブラッドベリー家の益になる。……さて、夜も更けた。今日はもう休め」
***
自室に戻った俺は、興奮冷めやらぬままベッドに腰掛けた。新しい武器。レベルアップ。そしてもう一つ、確認すべき戦利品がある。宝箱から手に入れた魔導書『影の歩法』だ。俺は古びた本を開いた。文字を読むと同時に、脳内に知識が直接インストールされていく感覚。足運び、重心移動、魔力による足音の隠蔽理論。
『熟練度上昇』
『補助スキル更新:[隠密歩行(1%)]』
(よし……!)
新しい補助スキルがリストに追加された。
『隠密』は「気配を消す」スキルだが、『隠密歩行』は「移動しながら気配を消す」ことに特化した技術だ。これを育てて100%にすれば、俺の隠密性能は盤石なものになる。
俺は本を閉じ、窓の外を見た。
常夜の空に、青白い月が輝いている。
【Status】
Name: アルス・ブラッドベリー
Level: 17
Race: ヴァンパイア (Vampire)
Job: なし
Traits:
[夜宴] Lv.2
[吸血] Lv.1
[霧化] Lv.1
Trait Pt: 0 (Next: Lv20)
Skills:
[種族]: [吸血鬼の体質]
[特性]: [ブラッドバレット]
[補助]: [魔力感知(100%)], [魔力操作(100%)], [隠密(100%)], [短剣術(5%)], [投擲(3%)], [回避(2%)], [体術(1%)], [解体(2%)], [罠解除(1%)], [隠密歩行(1%)]
補助スキルの欄が随分と賑やかになってきた。これら全てが、俺の行動の記録であり、努力の結晶だ。次の目標はLv20。あと3レベル上げれば、念願の特性ポイントが手に入る。Lv10の時に[夜宴]をLv2に上げた。次のポイントでLv3になる。[夜宴]がLv3になれば、メインスキル『シャドウウィーブ(影縫い)』が解放される。
『宵闇』という新たな牙。
『隠密歩行』という新たな足。
そしてLv20で手に入る新たな術。
ピースは揃いつつある。俺の頭の中には、既に次のダンジョン攻略の青写真(ブループリント)が描かれていた。
(待ってろよ、Lv20。すぐに到達してやる)
俺は新しい短剣『宵闇』を枕元に置き、泥のような眠りに落ちていった。ゲーマーとしての充実感に満たされた、最高の夜だった。
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