第七章 三人の賢人(前夜編)

第69話 魔法都市、再び

 カモメ達三人を乗せた馬車が街道を進む。街道の両側は青々とした草原。さながら海を割って進むかのような錯覚を覚える街道だ。俺はシェリーのお膝の上。母アストリッドは向かいの席で頬杖をつき、眠っている。


 陽の光が最高潮を超えた頃、草原の彼方に見覚えのある街並みが姿を現わした。魔法都市アステロン。盟友アマルティシアの住む街だ。


 特徴的な球根屋根は、遠くからでもよく見える。ふと、シェリーが呟いた。


「なんだか懐かしいわね。お家に帰ってきたような気分になるわ」


「そう言えば、前にティシアと別れたのもこれくらいの時期だったか」


 俺の返しにシェリーが頷き、しみじみとした様子で言葉を繋げる。


「あれからもう一年も経つのね。思えば長いこと旅をしてきたものだわ」


 そう言い終わると、シェリーの目線が虚空へと向かった。これまでの旅を思い返してるのだろう。思えば色々な事があった。


 マリアの元での修行。叡者の庵では魔力消失。ソフィアの死に、断髪。そして、初めての口づけ。レフカンの件は、まあ良いだろう。


 そして今、ティシアの元に帰って来た。カモメ姿のままで。俺はこの一年、何をやっていたのだろう。


 幾許いくばくかの虚しさを覚えていると、シェリーの声が聞こえた。


「ねぇ、モーゼス。私ちょっとは大人になったと思う?」


 俺は、小首を回してシェリーの顔を見上げた。


 肩まで真直ぐに下ろした黒髪。濃密な一年を経て深みを増した目つき。そして表情。背筋を伸ばして胸を張り、小首を傾げる姿が愛おしく、美しい。以前よりも随分と大人びて見えるシェリーの姿に魅せられて、気付けば俺の口は勝手に動いていた。


「ん? そうだな。今なら魔法大学でも勝負になるんじゃないか?」


 女性の胸には魔力が宿る。そして、大きさと魔力は大体比例する。それゆえ魔法大学の女学生にはある種の偏りが見られるのだが……。今のシェリーなら、見劣りすることもないだろう。


「ちょっと、何の話をしてるのよ」


 痛てて。羽根引っ張られた。一瞬ジト目を向けてきたシェリーだが、すぐに目線が胸元に向かう。


「でも、そうねぇ。結構大きくなってきたかもしれないわね。ちょっと重みを感じるのよ――って、そういう話じゃなくて」


「ああ、スマン。ただの冗談だ。それは抜きにしても、すっかり大人びてきたと思うぜ。ティシアが見たら、見違えるんじゃないか?」


 俺の言葉にシェリーは目を見開き、直後に笑顔へと変わる。


「ホント? ティシアさん、もうすぐだものね。楽しみだわ」


 大人びてきても、シェリーの笑顔は変わらない。相変わらず後光が指して見える。この光が俺達を祝福してくれると良いのだが。……そこは、俺次第だな。



 馬車が街門をくぐり抜けると地面が石畳に変わった。その衝撃で、母は目を覚ましたか。ピクリと跳ねて背筋を伸ばすと、首を回して周囲を見渡し始めた。


「ふーん。随分変わって見えるけど、立派な球根屋根は相変わらずだね」


「あれ? お母さん。ここに来たことがあるんですか?」


 シェリーの問いに、母は静かに頷いた。そして目線は外に向けたまま、答えた。


「まあ、長生きしてるからね。そういうこともあるさ」



――――――



 馬車を下りた俺達は、まずは魔法大学へと向かった。俺は勿論いつもの定位置シェリーの左肩だ。15分ほど歩くと正門が見えてきた。


 ん? あれは……。アイツだ。


 正門前に辿り着くと、クズの門番が俺達に気付いて話しかけてきた。


「アマルティシア教授のご客人、モーゼス様ですね」


 慇懃いんぎんな物言いだ。ティシアの家に居候してた時はこんな奴じゃなかったはずだが。気持ち悪いな。とはいえ、俺はコイツの本性を知っている。正直、まともに相手をする気にはなれない。だから、俺はあえてぶっきらぼうに言い放った。


「よく覚えてるな」


 片や門番は苦笑いを見せ、肩を丸めて縮こまる。


「それはもう。昨年は随分と勉強させていただきましたので……」


 土槍アースランスのことか。いや、去年のこいつはむしろ逆恨みしてたはずだ。何があった?


 ……。


 いや。コイツのことは、もう良いだろう。色々と、無駄だ。俺は俺で、粛々と話を進めれば良い。


「こちらはノエリアの叡者、アストリッド・トレイン様だ。通って良いな?」


 俺がそう言うと、母は続いてネックレスの下端、すなわち叡者の証を掲げてみせた。門番は、ろくに見もせず腰を引き、言った。


「ええ。もちろんでございます。どうぞお通りを」



 こうして俺達は難なく魔法大学へと入構したわけだが――


「なんだ、あの掌返しは? 流石に気持ち悪いな。前は、ティシアと一緒に通り過ぎるたびに睨みつけてきてたのに」


 俺の呟きに、シェリーが悪戯いたずらっぽい声で応えてきた。


「そうね。何か、素適な『教育』でも受けたんじゃないかしら?」


 ……。シェリーが変な知恵をつけてる。これは、喜んでいいものか?



 正門から母屋へと続く並木道。その中ほどで、俺はふたたび呟いた。


「さて、前回は猛スピードで突っ込んできたわけだが、静かだな」


「手紙も出しておいたし、きっと今頃研究室で準備してくれてるんじゃないかしら」


「そうだといいんだが……」


 こうして俺達は母屋に入り、ティシアの研究室の、その扉と対峙した。

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