第2話 おっさんハーフリング、酒場で子供に間違われる。

 俺は、酒場にしつらえられたスイングドアを、軽く頭を下げてくぐって店内へと入る。店の中には屈強、かつガラの悪い冒険者と思わしき男どもが、昼間っから酒をかっくらっていた。


 ホールを突っ切ってカウンターに進む。倍人間ヒューマンサイズにつくられたカウンターは、ハーフリング族の俺の身体にはいささか大きすぎる。俺はカウンターのへりにつかまって頭を出すと、ぶら下がったまま受付嬢に話かけた。


「冒険者として登録をしたいんだが?」

「え? こんなちっちゃな坊やが冒険者に??」

「俺はもう34だ。岬にできたダンジョンはトラップの宝庫と聞いてな。俺は鍵職人だから細かい作業には自信がある。下層を目指している冒険者とパーティを組みたいのさ」

「そ、そうですか……では、一応登録をしておきますね……」


 冒険者の登録を済ませると、俺はテーブルについて、ホールスタッフの少女に料理の注文をする。


「羊肉のウインナーと季節の野菜の煮込み、あとエールを頼む」

「え? エール?? 坊や、お酒は大人になってからじゃないと飲めないわよ」

「大丈夫だ、問題ない。俺はもう34だ。とっくの昔に成人しているし、酒も毎日浴びるように飲んでいる」

「そ、そうですか……わかりました」


 やれやれだ。種族が違うとはいえ、いくらなんでも幼く見られすぎじゃないか?

 待つこと数分、注文の品がとどく。


「おまたせしました。羊肉ウインナーと季節の野菜の煮込みと、エールです。念を押すけれど、本当にもう成人しているのよね?」

「大丈夫だ、問題ない」


 俺はウインナーをひとかじりすると、エールを思い切り流し込む。

 うまい! 昼間から飲む酒ってのは、どうしてこうもうまいのだろう。

 俺はエールを一気に飲み干すと、樽のジョッキを掲げてウエイターを呼び止めた。


「エールをもう一杯頼む」

「え? もう飲み切ったの? 坊や、本当にお酒が飲めるのね」

「だからもうとっくに成人済みだと言ってるだろう!」


 届いたエールをふたたびあおっていると、隣のテーブルに座っていた男がからんできた。左目に眼帯をつけた、いかにも風貌だ。


「あらあら、ダメでちゅよ~。お子ちゃまがこんなところに一人で来たら!」

「……………………」


 またか……俺はほとほとうんざりして、男をガン無視してエールをあおる。


「ボク、ひょっとして迷子でちゅかー?」

「……………………」

「おいガキ! 俺様の声が聞こえなかったのか!?」

「……………………」

「ガキのくせに生意気に酒なんぞ飲みやがって!」

「……………………」

「てめぇ、どうやら痛い目にあいたいようだな!」


 しびれを切らした眼帯の男が、俺に拳を振り下ろしてくる。

 やれやれだ。倍人間ヒューマンの酒場では、静かに食事もできないのか……。


 俺は、拳をひょいとかわすと、椅子の上に乗って眼帯男の空きの鼻っ柱にアッパーカットをお見舞いした。


 ぼぎぃ!

「うぎゃ!!」


 鈍い音と共に、床の上にぽたぽたと鮮血がしたたり落ちる。


「でめぇ! ちょうじに乗るなよ!!」


 眼帯男は鼻を抑えて飛びのくと、腰のサーベルをスラリと抜いて、無茶苦茶にふりまわしてきた。


 ブン! ブン!! ブン!!


 やれやれだ。そんな大振りじゃ、ウサギだって仕留められるか怪しいものだ。

 俺は最小限の動きでサーベルをかわすと、懐に忍ばせていた刃渡り5センチほどのナイフを抜く。


「ひゃっはー! そんなオモチャみたいなナイフで何をしようってんだ!!」

「お前を切り刻む」

「ひゃっはー! 笑わせやがるぜ!!」


 眼帯男はサーベルを上段に構えると、力任せに振り下ろしてきた。やれやれ、あくびが出るくらい単調な攻撃だ。

 俺は、サーベルをギリギリまで引き付けてかわすと、すぐさま懐に飛び込んで、逆手に持ったナイフで手首の頸動脈を掻っ切った。


「ぎゃああ!」


 汚らしい悲鳴とともに、眼帯男の手首から鮮血が噴水のように噴き出す。


「血が、血が止まらねぇ!!」

「頸動脈をザックリやったんだ。早いとこ手当をしないと、失血死しちまうぞ!!」

「ひぃいいいい!! お、お助けぇ!!」


 眼帯男は、顔を真っ青にしながら酒場を飛び出していく。

 やれやれだ。邪魔者は去ったことだし、飲みなおすとするか。

 俺は椅子によじ登って、テーブルに顔を出す。すると、


「見事な腕前ね。あなた、アタシとパーティーを組んでみない?」


 やけに露出度の高い服を着た倍人間ヒューマンの女戦士が、興味深そうに俺の顔を見つめていた。


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