第006話 『モンスター・スタンピード』⑥

 それほどまでに聖女スフィアという存在は強大あり、クナドはクナドで難物なのである。


「それも時間の問題だろ」


「信頼しておられますのね」


 そのクレアの危惧が正解であることを、クナドの態度がこれ以上ないくらいに証明している。こういうクナドを見てしまうと、聖女スフィアが「もう勝負ついているから」と勝ち誇る様子を想像してしまって、シャルロットは我知らず膝をつきそうになる。

 

 勇者たちが魔王を倒すことを当然のこととしてごく自然に信じているその信頼が少し悔しくて、無意識に王族にあるまじき意地の悪そうな表情を浮かべてしまう程だ。


「信頼っていうか、あいつらマジでバケモンなんだよ。王立学院で3年間も同級生をやってた俺が言うんだから間違いない。あんなのが4人も揃っているんだから、相手が魔王だろうがなんだろうが負けるわけがないさ」


「クナド兄さまがそうおっしゃるなら、そうなのでしょうねぇ」


 そのクナドはクレアとシャルロットの高湿度の想いに気付くこともなく、本気で嬉しそうに友人たちの実力について語っている。


 勇者をはじめとして剣聖、賢者、聖女の実力をよく知っているクレアとしてもその評価そのものに異論などありはしないが、ここまで嬉しそうにクナドに語られるスフィアが羨ましくて、らしくもない嫌味っぽい棒読み口調になってしまっていた。


「クレアはもっと兄貴アドルを信用してもいいと思う。勇者様なんだぜ?」


 だがそれをクナドは兄に対する信頼のなさだと受け止めたようで、敢えて昔ながらの気安い口調で悪い笑顔を浮かべ、フォローのようなそうでないような言葉を口にしている。


「勇者様とはいっても、アドル兄さまも私と同じで他人頼りの能力ですもの」


 それが嬉しくて、兄には悪いがクナドと2人して勇者を褒めるような、貶すような、いかにも身内の会話を楽しんでしまう。


「貴女たち兄妹には、もう少し自分の力に自覚的でいてほしいのですが……」


 第三王女であるシャルロットにしてみれば、魔王討伐の暁にはこの国の王となるアドルはもちろん、対魔物だけではなく対人間であっても変わりなくその真価を発揮するクレアにも、今少し自分がアルメリア中央王国にとってかなりの重要人物だと自覚して欲しいところなのだ。


 クレアが他国に移住するなどと言いだした日には、王家は本気で止めにかかるだろう。勇者の妹、第三王女の親友、なによりもクナドとも兄妹同然という立場がなかった場合、他国に奪われるくらいであれば亡き者にしてしまおうとする可能性すらも否定しきれない。


 魔王の脅威の前に一枚岩になれているように見える人間社会も、一皮むけば本質的には平和な頃となに一つ変わらない力の理論がうごめいている。立場上それを知るからこそ、親友にはもっと自分の価値をわかっておいて欲しいと願わざるを得ないのだ。


「だよなあ」


「…………ええ」


 だがそれにしかつめらしく頷いているクナドを見ると、この人たちにはそういうのは似合わないかとシャルロットはため息をつきたくなる。


 クナドとて、いやクナドこそ他人事ではないのだ。


 それどころか自分ひとりでもここまでの功績を積み上げた上で、勇者アドルにも剣聖王女クリスティアナにも、賢者カインにも、聖女スフィアにも口が利ける――というよりもクナドが真顔で頼めば一も二もなく全員がそれに応えるような人物を、国が捨て置くはずがない。


 にもかかわらず本気で他人事なのである、この多方面いずれに対しても朴念仁は。


 だがシャロット自身としてもなにが自分らしくないかといって、そんなクナドを見てどうしようもなく嬉しく感じてしまっていることだろう。


 魔王亡き後の世界では、そんな人たちが世界の中枢を担うようになるのだ。


 ならば人類が再び覇を唱えるようになった世界で繁栄を迎えても、今のような息苦しい、伏魔殿のごとき空気も少しはマシになると信じることができる。

 百年にも及ぶ閉塞感から解放され、世界が拡大していく時代には悲観より楽観を軸とする、明るく公正なトップが似つかわしい。


 いや現在の支配階級エスタブリッシュメントを自任している者たちがうそぶく力の理論が是とされるのであれば、魔王すら討伐する勇者たちこそが一番正しいことになるだろう。


「ふふ」


 どこか嬉しそうに呆れているシャルロットを見て、クレアも嬉しそうに笑う。


 確かにもうまもなく、そんな日々が訪れるのだ。

 それを待ち望まない者などいるはずがないと、そう断言できる。


「まあこれで最低でも半年くらいは魔物大海嘯モンスター・スタンピードもないだろうし、果報を一緒に寝て待つとしようや」


 どうあれ自分たちが今すべきことは完遂できたのだ、クナドの言う通り後は勇者たちが魔王を討伐したという果報を待てばいい。


 たった一撃でクナドの寿命を年単位で必要とするような技、魔法、奇跡を勇者の固有能力を借りて連発できるような、クナドいわく化け物揃いなのだ。


 たとえ魔王が相手とはいえ、確かに彼、彼女らが負けるところなど想像もできない。


「……はい」


「え、ええ」


 だからクレアとシャルロットがにわかに固まったのは、クナドの楽観論のせいではない。


 いや2人とも十分にわかっているのだ、そういう意味などではないということくらい。

 それでも果報の言葉を置く位置をあえてずらして、「一緒に寝て」とクナドが言ったのではないかと、要らん妄想が暴走して固まってしまっただけである。


「?」


 当然この朴念仁が、そんな強引な駆け引きをできるはずもないのではあるが。

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