第14話  約束

えっ? 愛情表現をしてくれなくなったからって? どういうこと? 

もしかして、ミウも僕と同じ気持ちだった? 

いやいやいや、僕の勘違いかもしれない。変に期待するのは良くない。

ここは慎重に慎重に・・・。


「ミウ、愛情表現って、ほっぺにキスをすること?」

リウは、馬車を操縦しながら努めて冷静に問うた。だが、頬が熱くなるのはどうすることもできないでいた。


「うん。ずっと長い間してくれてない。それに今日だって、馬に乗ってないから、ぎゅってできなかった。」

僕だって、ぎゅってして欲しかったよと、思わず叫びそうになったけれど、リウは我慢した。


ここは慎重にミウの気持ちを聞きたい。

ミウのこの言葉は、家族愛から来ているのか、それとも、異性としての愛なのか・・・? 


「ミウ、本当はね。僕もほっぺにキスしたかったんだよ。だけど、何度もしたら、ミウが嫌がるかなって思ってできなくなったんだ。」


「どうして? 嫌じゃなないよ。」

ミウが顔を上げてじっとリウを見つめた。その顔を見てリウはまた顔が熱くなる。


斜め下から見上げてくるミウの白いまつ毛が思ったよりも長く、リウを見つめる目がやけに可愛くて色っぽい。


「ミ、ミウ・・・、じゃあ、僕が、その・・・、何度も愛情表現をしても、いいのかな?」


「いいよ。その方が・・・、嬉しい。」

ズキュンと心臓を射抜かれたような気がした。もう、馬車を止めてこのまま抱きしめたい。


ミウの気持ちが家族愛なのか、リウを男として見ているのか定かではないけれど、もう、そんなことはどうでもいいように思えてきた。


ただただ、ミウが可愛くて仕方がない。ほっぺだけじゃなくて、ミウのかわいらしい唇にもキスしたい。


そうだ。あの場所でこの思いを告げてみよう・・・

リウは顔が真っ赤になりながら馬車を走らせた。


森の中に入ると、ミウは人間の変身を解いた。人間の姿で長時間過ごすと疲れてしまう。本当の姿に戻ってやっと緊張が解け、ほっとしてふうとため息をついた。


リウは馬車を止まることなく走らせて、深い森を抜けると、曼殊沙華が咲き乱れる草原に出た。


町からの帰り道は、ちょうどこの辺り一面が夕日に照らされる時間になる。リウはオレンジ色に照らされる曼殊沙華の花々を見て、とてもきれいだと思った。


赤い海に浮かぶ白い舟のように思えた白木の棺は今はない。家に運んでかまどの焚き木として消えたから。


リウは馬を木につないで、御者台に座っているミウに手を差し出す。


「ミウ、おいで。一緒に歩こう。」


「うん。」

ミウはリウの手をとり、手を引かれるままに歩いた。


リウは夕日にキラキラと輝く赤い草原の中ほどで立ち止まり、ミウと向かい合う。


ミウの白いブラウスも赤いスカートもオレンジ色に染まっている。


「ミウ、さっきの続きだけど・・・、愛情表現、その・・・ほっぺに、キスしてもいい?」改まって口にするとなんだかとっても恥ずかしい。

だけど、ミウだって恥ずかしいのを我慢して言ってくれたのだ。ここで恥ずかしがってどうする?


ミウにもリウの気持ちが移ってしまったのか、うつむいてもじもじしている。


「・・・うん、いいよ。」


うつむいたままのミウのほっぺに、リウはチュッとキスをした。


一瞬ビクッとしたミウであったが、ゆっくりと顔を上げ、リウに微笑みかける。


「ふふっ、キスしてくれて嬉しい。」

恥ずかしそうに微笑むミウが可愛くて可愛くて、抱きしめたくなる。


「ねえ、ミウ。もっと深い愛情表現してもいい?」


「深い愛情表現って?」


「してもいいなら、目を瞑って。」


ミウはリウに顔を向けたままそっと目を閉じた。


ああ、なんて可愛いんだ。水色の肌も、大きな尖った耳も、雪のように白い髪も愛おしくてたまらない。世の中にこんなに可愛い生き物がいるなんて・・・。


リウはミウをぎゅっと抱きしめて、その唇に自分の唇を重ねた。

一瞬、ミウは驚いたように目を開けたが、すぐに目を閉じた。


短いキスの後、唇を離したリウは我慢ができなくなりもう一つおねだりする。


「ミウ、少し口を開けてくれる?」

リウに言われるままに、ミウが目を閉じたまま少し口を開いた。


リウの心臓がドキリと高鳴った。ほんの少し開いただけで、唇が今までと違って見える。


リウはその唇を自分の唇で塞ぎ、ミウの口内に舌を滑り込ませた。

またミウは驚いて目を開けたがすぐに閉じた。そしてそのままリウの舌を受け入れた。


長いキスの末、リウが唇を離すと、ぷはっと息を吹き返したミウであったが、リウを見つめる目がウルウルと潤んでいる。


「ミウ、嫌じゃなかった?」


「ううん、嫌じゃなかったよ。ちょっとびっくりしただけ。」


「ああ、ミウ、本当に可愛い。大好きだ。愛してる。」

リウはミウをギュウっと抱きしめた。


「ミウ、大人になったら、結婚しよう。」


「結婚って?」


「結婚って言うのは、お互いに愛し合う二人が、ずっとずっと愛し合うって神様に誓うんだ。僕たち、大人になったら結婚しよう。」


「うん。リウと結婚する。」


「約束だよ。」

リウはミウの目の前に小指を差し出す。ミウは嬉しそうにその指に自分の小指を絡めた。


そして二人は夕日の光の中で、もう一度長いキスをした。

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