最終話 最強の剣聖は、抹茶ケーキと足湯に勝てない

 噂は、風魔法よりも速くギルド中を駆け巡った。



『Sランクパーティ、極寒の30階層で遭難!』

『救ったのは、謎の「移動式温泉」!?』

『その正体は、ギルド裏の怪しい店「足湯カフェ」らしいぞ!』



 当初は「眉唾(まゆつば)だ」「インチキだ」と笑っていた冒険者たちも、生還した『ブレイジング・ソード』のメンバー(リサたち)が、肌ツヤツヤの顔で「あそこの『癒やし』は本物よ」と証言したことで、掌(てのひら)を返した。



 結果。

 俺とワタルの店『足湯カフェ・ヤポニカ』は、開店前から長蛇の列ができる、ギルド屈指の「聖地」となっていた。



「いらっしゃいませー! 足湯は40分交代制でーす! 甘味セットがお得ですよー!」



 ワタルが嬉しい悲鳴を上げながら、ホールを駆け回っている。

 その目は、積み上がる金貨の山を見て「¥」のマークになっていた。


「フィンさん! 見てこれ! このペースなら年内には土地が買えます! 『スーパー銭湯建設予定地』の看板、発注しちゃおうかな!」


「気が早すぎる。……ほら、追加の抹茶ケーキだ」



 俺は厨房で、ひたすらMPを練り上げていた。

【フィールド・コピー】による『記憶再現:特製抹茶ケーキ』と『ほうじ茶』。 そして何より、カウンター席に並ぶ『檜(ひのき)の足湯』。



 かつてマグナスに「ゴミ」と断じられた俺のスキルは今、数百人の冒険者の「明日への活力」を支えるインフラになっていた。



「あー……生き返る……」

「この苦いケーキ、最初は驚いたけど、クセになるな……」

「おい、押すなよ。俺の足湯タイムだぞ」



 強面の冒険者たちが、行儀よく並んで足湯に浸かり、小さなフォークでケーキをつついている。

 その光景は、平和そのものだった。


「快適さ」は、剣よりも強く人を支配するらしい。



     ◇



 そんな大繁盛の店内の、一番奥の席。

 目立たないようにフードを目深に被り、サングラス(のような魔道具)をかけた、一人の大柄な男が座っていた。



 彼は周囲を威圧するようなオーラを必死に消しながら、足湯に深く足を浸し、目の前の抹茶ケーキを真剣な表情で見つめている。



 ワタルが、トレイでお盆を隠しながら、こっそりと俺に耳打ちした。



「……フィンさん、見ました?」


「ああ」


「あのオジサマ……今週、もう3回目ですよ」



 そう。

 かつて俺を追放した元リーダー、マグナスだ。


 彼は変装しているつもりらしいが、その巨体と、漏れ出る剣気は隠しようがない。



 俺は、追加のほうじ茶を持って、彼の席へと歩み寄った。



「……お客様。お湯加減はいかがですか?」



 マグナスが、ビクリと肩を震わせた。

 サングラス越しに、泳いだ視線が俺を見る。



「……ふん。悪くはない」



 彼は、尊大な態度を崩そうとはしなかった。


「勘違いするなよ、店主(フィン)。私がここに来ているのは、あくまで……そう、敵情視察だ」


「視察、ですか」


「そうだ。貴様のこの軟弱な空間が、なぜこれほど冒険者を骨抜きにするのか。その毒性を調査するために、あえて身を投じているのだ」



 マグナスはそう言い訳を並べ立てながら、フォークで抹茶ケーキを丁寧に切り分け、口に運んだ。

 その瞬間、厳格な口元が、だらしなく緩むのを俺は見逃さない。



「……む。今日のスポンジは、また一段と……しっとりしているな」


「気合を入れて再現しましたから」


「……うむ。このほろ苦さが、戦いで荒んだ神経を……いや、なんでもない」



 彼は咳払いをすると、足湯の中で足の指をグーパーさせて、心底気持ちよさそうに吐息を漏らした。


「……ふぅぅ……」



 その姿に、かつての「鬼軍曹」の面影はない。

 彼はただの、「癒やしに飢えたおじさん」だった。



 俺は、湧き上がる笑いを堪えるのに必死だった。


 ざまぁみろ、とは言わない。

 ただ、俺は勝ったのだ。

 何に勝ったのかはよくわからないが。



 俺はワタルと顔を見合わせ、ニヤリと笑う。

 ワタルも、「まいどありっ!」と口パクで答える。



 俺は、最高の営業スマイルを浮かべ、かつての上司に急須を傾けた。



「ごゆっくりどうぞ、お客様」


「……う、うむ」


「戦いも大事ですが……たまにはこうして、『甘えて』いってくださいね」



 マグナスは、図星を突かれたように顔を赤くし、無言でほうじ茶を啜った。



 店外には、まだまだ長蛇の列ができている。

 俺とワタルの「快適な復讐劇」は、まだまだ終わりそうになかった。

 いつか、この世界に巨大な『スーパー銭湯』が建つ、その日まで。


(完)


ーーー

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彼らの「極限サバイバル」は、俺の「快適ソロキャンプ」です。~Sランク追放されたポーター、日本往復スキル持ちの「サウナ中毒美女」と組んで『足湯カフェ』を開いたら、元リーダーが常連になった件~ ジュテーム小村 @jetaime-komura

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