おっさんの日本一周ツーリング

田島絵里子

おっさんの日本一周ツーリング旅行

 

 プロローグ

 加齢という現実


「加齢ですね」

 医師の言葉に、おととし還暦を超えたばかりの元IT技術者の正人は心中、診察室で、反発していた。関節の痛みは加齢じゃない! 


 帰りの車の中で、正人はぽつりと言った。

「亡くなった友人は、日本の四極端を制覇できなかった。でも俺は去年やり遂げた」

 その言葉に、私は何か予感めいたものを感じた。夫源病という言葉が頭の中でグルグル回っていたが、正人の目には久しぶりに見る輝きがあった。


 決意の夜


 数日後の夜、ウィスキーを飲みつつ正人は真剣な顔で切り出した。

「俺、日本一周したいんだ。バイクで」

 私は箸を止めた。

「9月22日から10月6日にかけて、16日間。念願の日本一周ツーリングに出たい」

へべれけに酔っぱらいながら、正人の声は震えていた。涙目だった。

「オレは、ハッキリ言って我儘だ。バイクで日本一周なんて、命知らずもいいところだ。でもこれは、男のロマンなんだ」

 私の頭の中で、すぐに計算が始まった。義母は要支援状態。二週間も家を空けるなんて無責任だ。事故のリスク。還暦を過ぎた体力で本当に大丈夫なのか。

 でも、夫の目を見た時、言葉を飲み込んだ。あの目は、私と出会った目と同じだった。希望に満ちた目。定年退職後、初めて見る輝き。

 結婚してから三十数年、この人は文句も言わず働き続けた。家族のために生きてきた。私は、一度でも夫に「自由にしていいよ」と言ったことがあっただろうか。


「いいわよ」

 その言葉を口にした瞬間、私は自分でも驚いていた。本当は不安だった。でも、もしここで止めたら、夫の中で何かが死んでしまう気がした。

「ただし、条件があるわ。毎日必ず連絡すること。それから、無理はしないこと」

 正人の顔がぱっと明るくなった。

それから数ヶ月間、正人はまるで少年のように準備に没頭した。生成AIとルートを練る夜、地図を広げる姿。私は遠くから、その背中を見ていた。

そしてついに、出発の日を迎えた。


 北海道編:旭山動物園とマヌルネコ


 9月22日の夜、夫は舞鶴からフェリーに乗った。「無事に着いたら連絡して」と言ったが、連絡が来たのは翌日の昼過ぎだった。その間、私は何度もスマートフォンを確認した。

「北海道は晴れてるよ!」

 電話口の夫の声は弾んでいた。これが、旅で最後の完全な晴天になるとは、二人とも知らなかった。

 23日、北海道に上陸し、一気に旭山動物園へ。

「マヌルネコがいるから」

 正人が半年前から楽しみにしていた動物だ。

「マヌルネコ、最初は見えなかったんだ」と正人は電話で説明した。「ガラス越しに箱が見えるんだけど、中に隠れちゃってて」

 声に落胆が滲んでいた。

 ところが、他の動物を見て回り、帰りにもう一度通りかかったら、ようやく姿を現したという。写真を送ってきた。

 焦げ茶のモフモフした毛、クリクリの目、精悍な顔つき。たしかにふつうの猫とは違っている。

「感極まってベンチで休んでたら、70代くらいのおばさんに話しかけられてさ。『今日は何を見に来たんですか?』って」

 写真を送ってきた正人は、嬉しそうにマヌルネコの希少性を説明したという。いかにも正人らしい。知識を披露するのが好きで、人に教えるのが好きな彼らしかった。

 

 網走への道:雨との戦い


 旭山動物園を後にした正人は、メルヘンの丘へ向かった。

「広々とした畑が続いてて、北海道らしい景色だよ」

 送られてきた写真には、どこまでも続く緑の大地が写っていた。

 しかし、メルヘンの丘を出た頃から、天気が怪しくなってきた。

「雨が降り出してさ」

 正人の声が沈んでいる。

「バイクには屋根がないからね。雨の中を走るということは、ひたすら濡れ続けるということなんだ」

 その言葉に、私は背筋が寒くなった。

「大丈夫? ホテルで休んだら?」

「でも、まだ夕方だし。頑張るしかないよね」

 正人の声には、諦めと決意が混じっていた。

「本当は釧路湿原の細岡展望台に寄りたかったんだけど、雨が降りそうだからまっすぐ行くよ」

 少し残念そうにそう言って、正人は電話を切った。

 その夜遅く、網走のホテルに着いたという連絡が来た。

「やっと雨が上がったよ。でも服も靴もびしょ濡れでさ」

 送られてきた写真には、部屋中に広げられた衣類。扇風機の前に並べられたTシャツ、ズボン、靴下。バスタオルで拭いた靴。

「扇風機で必死に乾かしてる。明日も着なきゃいけないからね」

 夫の声は疲れていたが、どこか誇らしげでもあった。


 悲惨な北海道二日目


 24日も、朝から雨だった。

「青い池とか、富良野のフラワーランドに行きたかったんだけどな」

私は返信した。

「無理しないで。明日にしたら?」

 でも夫は、行くと決めていた。「せっかく北海道まで来たんだから」

 その日の夜の電話で、正人は疲れ果てた声で語った。

「十勝山脈、濃い霧と雨で本当に悲惨でさ。前が見えないんだよ。視界が10メートルくらいしかなくて。でも、諦めきれなくてさ。せっかく来たのに、何も見ずに通り過ぎるのは悔しいじゃない」

 涙目になりながら進んだという。何も見えない霧の中を。

「このあとは函館を目指すんだけど、距離が長いから、手前で一泊するよ。苫小牧あたりかな」

 これが北海道3日目まで。旭山動物園の晴天以外は、ずっと雨だった。

 正人は自嘲気味に笑った。

「でもね」と正人は言った。「雨の中を走るのも悪くないんだ。誰もいない道を、一人で走る。雨音だけが聞こえる。なんか、瞑想してるみたいでさ」

 そんな風に言える正人は、やはり強い人なのだと思った。


 その夜、私は義母と夕食を食べた。テレビをつけたが、内容は頭に入ってこなかった。雨の中を走る夫の姿が、頭から離れなかった。

 日本一周ツーリング旅行を気にしていた義母が、食事をしながら聞いてきた。

「正人さんはいまどうしてるの?」

「北海道。動物園に行ったんですって」

「まあ、いいわね」と義母は言った。私は曖昧に笑った。本当に「いい」のかどうか、自分でも分からなかった。

 正人と義母は、親子というより仲のいいきょうだいだ。自分の息子なのにさん付けで呼び、お金も借りたり貸したりしたら、きっちりケリをつける。

 わたしに対しては、嫁というより実の娘のように思っているらしい。息子が旅に出ている間も、いっしょにスーパーへ買い物に出かけて服を買った。息子がいてもいなくても、そんなに変わったところはなかった。

 わたし自身は正人がいないことは、それほど苦ではなかった。仕事をしていたときは、よく長期にわたっていないことがあったからだ。そうは言っても、こころのどこかで寒い風が吹いている。雨がこころの中までにじんでくるような気がした。

 夫も、同じ気持なのでは。

 暑いと言っても、もう9月である。雨に濡れた落葉で滑らないよう、慎重にバイクを走らせていると夫は言っていた。すでに北海道は晩秋である。

 

 


 函館:五稜郭とラッキーピエロ


 苫小牧に泊まった25日の電話で、夫は笑いながら言った。

「俺、雨男かもしれない。でも、もう慣れたよ」

 その声には不思議な明るさがあった。夫は雨を恨んでいない。受け入れている。

私は、その言葉に救われた。

「本当はゆっくり散策したかったんだけど、フェリーの時間があってさ。五稜郭タワーに登って上から眺めただけ」

 少し残念そうだった。

「でも、上から見る五稜郭は素晴らしかったよ。星型がはっきり見えて。堀の水も綺麗で」

 写真が送られてきた。確かに、美しい星型の城郭が見える。

 電話を切った後、私は気づいた。夫は「完璧な旅」を求めていたのではない。「完走すること」を求めていたのだ。

 雨でも、霧でも、走り続ける。それが夫の旅だった。そして、それが夫の人生だった。文句も言わず働き続けた三十数年。華やかな成功はなかった。でも、一度も走るのを止めなかった。



青森:廃業寸前のホテル


 五稜郭から青森、盛岡、中尊寺へ。雨は執拗に夫を追いかけた。

 廃業寸前のホテルで一夜を過ごし、新潟への道は土砂降り。

 金沢の兼六園では久しぶりに晴れ間が見えたが、四国に渡るとまた雨。高知の坂本龍馬像も、雨に煙っていた。最上川は濁流と化していた。

 

 中尊寺:金色堂との対面

 

そして28日、歴史が好きな正人が憧れていた中尊寺へ。

この日は晴れた。


夜の電話で、夫の声は感動で震えていた。

「金色堂、すごかったよ。写真禁止だったけど、本当に良かった。全体が金箔で覆われていてね。光り輝いてるんだ。あんなに美しいものを、800年以上前に作ったなんて。信じられないよ」

そして、ふいに哲学的なことを言った。

「800年前の人たちも、俺たちと同じように生きて、老いて、死んだんだよね。でも、彼らが作ったものは残ってる。俺は何を残せるんだろう」

私は言葉を失った。

「今日は本当にいい日だった。天気も良かったし、見たいものが全部見られた」

その声には、心からの充実感があった。

 電話を切った後、私は長い時間考えた。

夫は「何かを残したい」と思っているのかもしれない。でも、それは金色堂のような物ではない。子どもたちの記憶の中に、私の記憶の中に、夫という人間を刻みたいのかもしれない。

「還暦を過ぎてもバイクで日本一周した元IT技術者」として。雨に打たれても走り続けた人として


 新潟への道:土砂降り


新潟から九州へ


五稜郭から青森、盛岡、中尊寺へ。雨は執拗に夫を追いかけた。

廃業寸前のホテルで一夜を過ごし、新潟への道は土砂降り。最上川は濁流と化していた。


金沢の兼六園では久しぶりに晴れ間が見えた。紅葉が少しずつ始まっていた。

しかし四国に渡るとまた雨。徳島の鳴門で渦潮を見ようとしたが、時間が合わず断念。

高知の坂本龍馬像も、雨に煙っていた。


身体中に沁み込む雨。四万十川沿いの道を走り、三崎港からフェリーで九州へ。

また土砂降り。大分で死ぬような思いで400キロを走った。


そして10月5日、都井岬へ向かう朝――

ついに晴れた。```

 夜の電話で、夫は興奮気味に語った。

「金色堂、すごかったよ。写真禁止だったけど、本当に良かった。全体が金箔で覆われていてね。光り輝いてるんだ。あんなに美しいものを、800年以上前に作ったなんて。信じられないよ」

声が震えていた。

「800年前の人たちも、俺たちと同じように生きて、老いて、死んだんだよね。でも、彼らが作ったものは残ってる。俺は何を残せるんだろう」

私は言葉を失った。夫がこんな哲学的なことを言うなんて。

歴史が好きな正人にとって、中尊寺は憧れの地だった。

夜の電話での正人の声は、感動で震えていた。

金色堂を見た後、正人は境内を散策したという。

「弁慶餅も食べた。あと冷やし金沢おでん。美味しかったよ。冷たいおでんって、身体にしみるよね。9月なのに暑かったから」

正人は満足そうに笑った。

「今日は本当にいい日だった。天気も良かったし、今日は見たいものが全部見られたし」

その声には、心からの充実感があった。

```


**修正後:**

```

そして28日、歴史が好きな正人が憧れていた中尊寺へ。

この日は晴れた。


夜の電話で、夫の声は感動で震えていた。

「金色堂、すごかったよ。写真禁止だったけど、本当に良かった。全体が金箔で覆われていてね。光り輝いてるんだ。あんなに美しいものを、800年以上前に作ったなんて。信じられないよ」

そして、ふいに哲学的なことを言った。

「800年前の人たちも、俺たちと同じように生きて、老いて、死んだんだよね。でも、彼らが作ったものは残ってる。俺は何を残せるんだろう」

私は言葉を失った。

「今日は本当にいい日だった。天気も良かったし、見たいものが全部見られた」

その声には、心からの充実感があった。

```


```

新潟から九州へ


五稜郭から青森、盛岡、中尊寺へ。雨は執拗に夫を追いかけた。

廃業寸前のホテルで一夜を過ごし、新潟への道は土砂降り。最上川は濁流と化していた。


金沢の兼六園では久しぶりに晴れ間が見えた。紅葉が少しずつ始まっていた。

しかし四国に渡るとまた雨。徳島の鳴門で渦潮を見ようとしたが、時間が合わず断念。

高知の坂本龍馬像も、雨に煙っていた。


身体中に沁み込む雨。四万十川沿いの道を走り、三崎港からフェリーで九州へ。

また土砂降り。大分で死ぬような思いで400キロを走った。 


そして10月5日、都井岬へ向かう朝――。


ついに晴れた。


 朝、夫から電話があった。

「今日、晴れてる!」

 その声は、旭山動物園以来の明るさだった。

「今日は都井岬に行く。野生馬、絶対見る」


 私は窓の外を見た。広島も、久しぶりの晴天だった。

 夫が旅立ってから13日。義母と二人の生活にも、慣れてきた。義母の世話、家事、自分たちだけの夕食。最初は寂しかったが、今は悪くないと思えるようになっていた。

 夫が帰ってきたら、私も何か始めてみようか。そんなことを考えている自分に気づいた。


 野生馬との出会い


 夜の電話で、夫は興奮していた。

「今日だけで400キロ以上走った。高速道路を使って、一気に都井岬まで行ったんだ。都井岬に着いたのは午後3時頃だった。岬には何人か観光客がいたけど、野生馬の姿は見えなかった。みんな、途方に暮れてたよ。せっかく来たのに、見られないかもって」

 夫の声が、少し不安そうだった。

「そしたら、丘の向こうから馬が現れたんだ」

 声が震えている。

「お父さん、お母さん、子どもの三頭。一家族だよ。ゆっくりとこっちに歩いてきて、すぐ近くまで来てくれた」

「他の人は?」

「他の人たちは、別の場所に行ってしまった。俺だけが見られたんだ」


 野生馬を見て感じたこと:


「日本の馬って、こんなに小さいんだね。体高は120センチくらいかな」

 写真が送られてきた。小柄で精悍な野生馬。茶色の毛並み。たてがみが風になびいている。子馬が母馬に寄り添っている。

「これを飼いならして乗ってたんだなって。小さいけど、強い。目がキラキラしててさ、野生の強さを感じた」

 夫の声は、涙声になっていた。

「なんか、自分と重なってさ。小さくて、大したことないかもしれないけど、それでも必死に生きてる」

 電話を切った後、私も泣いていた。

 夫は、野生馬に自分を見たのだ。小さくても、雨に打たれても、走り続ける。それが夫の旅だった。それが夫の人生だった。

「加齢ですね」と言われた夫が、16日間で何を掴んだのか。それは、自分がまだ走れるという確信だったのかもしれない。


「そのあと佐多岬にも行った。最南端。施設で証明書もらったよ」

 夫の声が、誇らしげだった。

「これで、日本一周、ほぼ完了だ。明日はもう、帰るだけ」



 帰還と変容

 10月6日最終日


 朝、夫から電話があった。

「今日は、どこにも寄らないで帰るよ。九州から広島まで、高速使って一気に帰る」

「無理しないでね」

「大丈夫。もう帰るだけだから」


 電話を切った後、私は家の掃除を始めた。夫が帰ってくる。16日間、一人で過ごした家に。

 掃除をしながら、私は自分の変化に気づいた。最初は不安だった一人の時間が、今では少し惜しい。夫がいない静かな夜、自分のペースで過ごせる時間。それが、悪くなかった。

 でも、夫が帰ってくるのは嬉しい。矛盾しているようだけど、両方とも本当の気持ちだった。


帰還:


 夕方、玄関のドアが開いた。

 日焼けして、少し痩せた夫が立っていた。顔には疲労の色が濃く出ているが、目は輝いている。充実した旅を終えた人の目だ。

「ただいま」

「おかえりなさい」

16日間、4900㎞以上。還暦を過ぎた夫の、日本一周の旅が終わった。


翌朝 雨が意味するもの


 翌朝、義母も含めて三人でゆっくりと朝食を食べた。夫は、旅の写真を見せてくれた。

「雨ばかりで大変だったでしょう」

夫は少し考えてから答えた。

「最初はね、雨を恨んだ。せっかくの旅なのにって。でも、途中から考えが変わった。雨の中を走ることで、分かったんだ。旅って、天気がいいから価値があるわけじゃない。どんな天気でも、自分の足で進むことに意味があるんだって」

私は頷いた。

「人生もそうなのかもしれないね。晴れの日を待ってたら、何も始まらない」

「そうだな。『加齢ですね』って言われた時、俺は人生が終わったような気がした。でも、違った。雨の中でも走れる。それが分かった」


 私は、夫に言った。

「実はね、あなたがいない16日間、私も変わったの」

「どんな風に?」

「最初は不安だったわ。でも、義母と過ごす時間も悪くなかった。義母も自分もそれぞれ、自分のペースで生きられる時間。あなたが旅をして、私も気づいたの。私も、もっと自由に生きていいんだって」

 夫は黙って聞いていた。

「何か、やりたいことがあるのか?」

「まだ分からない。でも、探してみようと思う」


 夫の旅は、夫だけの旅ではなかった。見送った私もまた、16日間の旅をしていた。

夫は雨の中を走り続けることで、自分がまだ「生きている」ことを確認した。私は一人で過ごすことで、自分の人生を取り戻し始めた。

お互いを支え合いながら、それでも自分の道を歩く。そんな夫婦の形があってもいい。



 エピローグ「雨音のあとに」


数日後の夜、

「また行きたい?」と私は聞いた。

「日本一周は、もういいかな。でも――」

夫は少し照れくさそうに言った。

「実は、推し神がいるんだ。日本中の神社を回りたい。特に、古い神社。歴史のある場所」

 ああ、と私は思った。この人は、また旅をするつもりだ。

「今度は雨が降りませんように」

夫は笑った。

「いや、雨でもいいんだ。雨男だから」


最後のメッセージ:


 その夜、また雨が降り始めた。

 窓の外を見ながら、夫がぽつりと言った。

「雨の音、嫌いじゃなくなった」

「どうして?」

「雨の中を走った16日間を思い出すから。あの時の自分を」

 私は夫の横に座った。二人で、雨音を聞いた。

 雨男の日本一周は、こうして終わった。でも、これは終わりではない。始まりだ。

晴れの日を待っていたら、何も始まらない。雨に打たれながらでも、走り続けるしかない。

 還暦を過ぎた夫の日本一周は、16日間で10日以上が雨だった。理想の旅ではなかったかもしれない。でも、だからこそ本物だった。

 雨の中を走ることで、夫は気づいた。人生はまだ終わっていない。「加齢」は終わりではなく、新しい始まりなのだと。

 そして私もまた、気づいた。お互いに自由になることで、もっと深く結ばれることもある。

 窓の外で、雨が降り続けている。でもそれは、もう悲しい雨ではない。

 次の旅を予感させる、希望の雨だ。

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