Fun,Nyo,Tan.

社川 荘太郎

第1話

 当該地域の反社会的傾向が閾値を超えた。

 全戸に設置されている情報伝達装置『すこやかくん』によってこの事実は速やかに当該地域の住民に伝達し警告された。午後九時と午前六時に一回ずつ。これで情報伝達率は理論上百パーセントになるはずだった。

 地域別反社会傾向いわゆるコミュニティ・リベリオン・インデックスの測定は月に一度必ず実施され例外はなかった。

 方法は簡単で、特定地域ごとに設置された下水処理場で下水処理場流入水および最初沈殿地汚泥から複数の固形物サンプル(上品な言い方をすれば糞の破片もしくは塊)を引き抜き遺伝子検出にかけ、統計AIによって各地域の地域別反社会的傾向すなわちコミュニティ・リベリオン・インデックス(CRI)を弾き出す。

 しがない下水処理場副所長の俺に検査方法の仔細まで知らされていないが、一つだけ言えるのは、糞は嘘をつかない。

 過去に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が大流行した際に同様の手法で新型コロナウイルス感染症の陽性率を調査しようと試みた組織があったというが、その技術が反乱分子の把握に転用されたということだ。おそらくというか確実にあのくそったれの統制AI“緑寿”による指示だろう。把握している限りもう三年も前から試みられている。いつの間にか始まり、それが当たり前になった。よくあることだ。


 CRIが閾値を超えると住民に警告がなされ、最初の警告から三か月以内に再び閾値を超えると、その地域は都市封鎖(ロックダウン)される。配給は止まり電気ガス水道含めすべてのライフラインが止まる。その都市はなかったことにされ、住民が死に絶えたころに誰かがその存在を思い出し、中央の官兵たちがめんどくさそうに壁を越えて何万もの死体を片付けに行く。

 これは知り合いの官兵に聞いた話だが、通りを埋め尽くす死体の胃袋からはよく排泄物が出てくるらしい。腹が減ると糞さえごちそうになるのだろうか。なにはともあれそいつらは糞によって殺された哀れな人々だということだ。

 心を痛めないか?

 ……答えはイエスでありノーだ。と一度言ってみたかっただけで、答えはノー。

 俺はアル中で倫理観も半分くらい欠落しているクズ野郎で、残念ながら会ったこともない人間に同情するような殊勝な良心は持ち合わせていない。そもそもイエスであったとして何が変わるだろう。世界に七パーセントしかいない体制側の人間とはいえ最下層に位置するただの下水処理場の副所長でしかなく、少ない給料の大半を中央に賄賂を渡すことでなんとか生かされている糞以下の存在なのだ俺は。ちなみに残りは酒代に消えるので俺は三日も飯を食べていない。

 まあ一つだけ問題があると言えば、当該地域には唯一俺が死んでほしくないかな、と思っている人間がいる。唯一。いるのだ。そいつが。

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