「僕、白鳥隼人(しらとりはやと)っていいます。さっきは盗み聞きみたいな真似をしてすみませんでした。ただ、どうしても姉さんのことが気になってしまって…。」


 そう言って、俺達に頭を下げたのは隣町の中高一貫の私立高校の制服を着た少年――白鳥先輩の弟を名乗る人物だった。裏谷月と目を合わせる。調査はもう少しだけ続くことになりそうだ。


 「新城君。白鳥さんに弟がいるというのは聞いたことはあるかい?」


 先輩の弟を名乗る少年に聞こえないよう小声で裏谷月が尋ねてきた。


 「はい。弟がいるというのは本人から教えてもらいました。でも…それにしては失礼だけどあんまり似てない気がします。」


 「それは姉さんと血が繋がってないからですね。僕の父の再婚相手―今の母の子供が私の姉さんです。」


 小声で話していたつもりだったが筒抜けだった。迂闊な事を言ってしまったと思うと同時に、ものすごい聴力だなとも思った。


 「非道い事を言うねえ新城君。謝った方が良いんじゃないかい?」


 隣にいた裏谷月は苦笑いしながら言った。貴方も共犯だろうと思ったが、酷いことを言ったのは事実なので隼人には謝った。


  自己紹介を手早く済ませ、場所を近くの公園に移して話を聞くことにした。


――――――


 「ご両親の様子が彼女の卒業を境に変わった?」

 

 「はい。姉さんが高校を卒業するまでは両親と姉さんは本当に仲が良かったんですけど、卒業した後、急に冷たく扱うようになって…。」


 「卒業前まではずっと仲が良かったんだね?」


 裏谷月が尋ねる。

  

 「いいえ、違います。他所の人にあまり言いたくなかったんですけど、元々両親と姉は仲が悪かったんです。日常的に姉の分だけ食事を抜いたり、高圧的に接したり、時には暴力も振るっていて…。でも、そういった事も姉の高校入学を機に徐々に減っていって、夏頃には止んだんです。以前のことが嘘のように仲良くもなって。」


 隼人は沈痛な面持ちでそう語った。予想だにしなかった先輩の凄惨な出自。綺麗に手入れされた髪に、曇りひとつない眼差し。今でもはっきりと思い出せる先輩の純潔さからは想像できなかった。それと同時に、そんな両親とともに今も暮らしている隼人君の安全が気になった。


 「隼人君。今君は両親と暮らしてるんだよね?君は両親から今も酷いことをされているんじゃないのか?」


 「それは大丈夫です。自分で言うのもなんですが、姉さんとは反対に僕は両親から溺愛されて育ったもので。僕にだけ塾に通わせたり、欲しいものを買ってもらったりしてて。…本当に自分で言ってて情けないです。恵まれた環境で育ちながら、僕は姉に何もできなかった。」


 俺から目線をそらしてそう言った。姉が虐待を受けるなか、自分だけ両親からの寵愛を受けて育ったことに罪悪感を覚えるのは当然だろう。姉が両親から酷い扱いを受けているのを見ながら、姉を傷つける両親から一心に愛を受ける。親を早くに亡くした俺でもその歪んだ環境に身を置く辛さが嫌でも理解できてしまう。


 「隼人君。君は姉に対して罪の意識があるようだが、そんな物、背負う必要はない。小さな頃から姉に対する虐待を見てきたのだろう?そうなれば両親に恐怖を覚え反抗できないのは当然だし、もし姉を助けたら今度は君が標的になるかもしれなかった。君は何も間違っちゃいないよ。」


 裏谷月はそう慈しむように言った


 ざーと近くに植わった木々の枝葉がなびく音がする。突き抜ける風の冷たさが夜の到来を告げる。時刻は午後七時少し手前だった。


 「さあ、今度こそお開きの時間だ。っと、その前に丁度そこに自販機があるからジュースも買っていくかい?今日は私の奢りだ。」


 裏谷月は嬉しい提案をした。一つだけ突っ込むべきところを残して。


 「いえ。どうせ奢ってもらうならそこにコンビニがあるのでそこにしましょう。」


 「ん?」


 「ですから。近くにコンビニがあるのにどうして高い自販機で飲み物を買うんですか?節約は大事です。裏谷月さんは見たところ貧乏でしょう。奢ってもらうならそちらのほうが気分が良いです。」


 隼人がクスクスと笑っている。何が可笑しいのだろうか?裏谷月は狐につままれたようにぽかんとしている。裏谷月はともかくとして、隼人にこんな変わった一面があることが意外であり、安心した。

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