魔法連隊~魔法奇襲部隊戦闘記~
西日爺
1.生きるための戦い
森の中に隠れながら、正面に広がる平原を眺めていた。
「あそこで良いの?」
10代くらいの女の子はそうつぶやくと、正面に広がる平原の中にある小屋を指さした。平屋の大き目の屋敷のようで、見張りのように槍を構えた人が1人立っているのが見える。ここからは100mほど距離があるだろうか。
声が届く距離ではないが下手に動くと気づかれるだろう。つぶやく以外は何もせず、静かに状況を眺めていた。
一緒に居る男の子もそんなに年齢差はないだろう。気づかれる危険を理解しているのか、ほとんど動かず状況を観察している。
「多分そうだよ。ここから撃つしかなさそう」
「なら始めようか。逃げる準備は?」
「問題ないよ。いつも通り」
その言葉を聞くと男の子は首をくるくると回してストレッチをして屋敷を注視した。その後、まるで祈るかのように胸の前で手を組んだ。
――世界が氷に閉ざされたかのように音が無くなった。
それと同時に、男の子を中心に赤い陽炎が発生する。その陽炎はどんどん大きくなっていき、体へとまとわりついて行く。
「~~~!!?」
「~~!?」
そのようなことが起きれば当然、屋敷にいた見張りにも気づかれる。陽炎を指さすと槍を構えて向かってきた。
「……『エクスプロージョン』!!」
そんな反応も無視して男の子はそう叫ぶと、手を前に振り出した。
すると、まとっていた陽炎はまるで砲弾のように屋敷へと飛んでいく。その屋敷からは何人かが外に飛び出してくる。見張りの叫びに気付いたのだろう。
陽炎はそのまま屋敷にぶつかると、大爆発を起こした。距離があるため爆風や熱はここまで来ないが、音や様子から相当な威力があることは分かった。
全壊とはいかないが被害は大きく、爆発近くに居た人は死んだだろう。それだけでなく、火花は火災となり屋敷を燃やしだした。
「……後は……よろしく」
最後の力を振り絞って男の子はそうつぶやくと、気を失ったかのように膝を折り地面に突っ伏した。いや、突っ伏す前に隣にいた女の子がそれを背中で受け止め、おんぶする。
「うん、撤収するよ」
「おね……がい……」
そう返すと、背負ったまま回れ右。一気にその場から逃げ出し、森の中へと走り出した。
「あいつら『魔人』だ!逃がすな!殺せ!」
爆発に動揺していたがすぐに動き出し、叫べば聞こえるまで近づいていた見張り。屋敷を破壊されれば当然、強い敵意と殺意で返される。
そんな叫びに返事をするほど馬鹿ではない。2人はそのまま森へと走り去っていく。
「森の中だ!全員追え!」
見張り達は小屋から飛び出した人たちに指示を出すと、自分たちも森へと入っていった。そんな追ってくる見張り達を女の子が一瞥する。
「ぎゃああああ!?」
「うわああああ!?」
すると、追いかけていた敵たちの足元が急に消え、落下していった。作戦前に作っていた落とし穴がそこら中にあり、落ちたのだ。
「ひっ……」
「ま、まさか他にも……」
「何している!追え!!」
「で、でもまだ罠がっ……!」
「くそっ……」
目の前で地下へと消えていく仲間の姿を見た敵は恐怖に足を止める。
例え、まだ追うべき背中が見えていようとも、屋敷への爆破攻撃、そして屋敷への爆破攻撃で消えた仲間の事、目の前に広がるどこに罠があるかも分からない森。
もう追う気力など残っていなかった。
―
魔法とは。
強力であって、最強ではない。そんな素晴らしいものは存在しない。
器用であって、万能ではない。そんな便利なものは存在しない。
頑強であって、無敵ではない。そんな完璧なものは存在しない。
様々な人が、この便利で不器用な魔法に夢を見た。
作った水を飲料水として活用した。発生させた火の粉を火種にした。
発生させた風で、穀物を乾燥させた。土地を固め、家を建てる土台とした。
ある者が言った。
『こんな便利なモノを戦争で使えたら、最強だ』
様々な人が、武器としての魔法の研究を始めた。一面を火の海にし、ある場所では大爆発を起こし、ある所では一面水浸し、氷漬けにさせる者もいた。
それは千に1人、万に1人とも言われる才能。
戦力であるその
殲滅魔法、の誕生である。
なぜか、殲滅魔法を使うと人は倒れた。
日常で使う分には問題なかった。
飲料水を何度も何度も出す人が居た。火が足りないと火種を何度も作っても問題なかった。
殲滅魔法は違った。巨大な1発を撃つと、倒れてしまう。動けなくなってしまう。
救助に動いた。しかし戦場では邪魔なだけである。救助者もろとも命を奪われた。
1発限りの、割に合わない『兵器』。余計な被害すら出す『兵士』。
『兵士』として準備しても、1戦場持たない役立たず。
求めた機能を発揮しない『モノ』。
そんな『
それならば、『ただの』『優秀な』『兵士』が重要であった。
―
空は快晴、雲一つない青空が広がっている。気温がそれほど暖かくないこの地域だが、今日は少し暖かくなるだろう。
遠くからカン、カン、カンと何かがぶつかり合う音がする。
日は既に高く上がっており、青っぽいカーテンがその陽光を防ぐ。
そんな広い医務室で少女が椅子に座りながらベットに眠る少年を眺めている。普段ならとっくに目を覚ましている時間だが、殲滅魔法を使った後はいつもこうである。
長く眠り続け、ちょっとやそっとの事では目を覚まさない。いつもの出動後の風景とはいえ、それでも慣れる事のない日常。
少女に変な寝癖が付いている事、ベットに変なくぼみがある事から考えるに少女はベットに突っ伏して寝ていたのだろう。
少女は不安そうにベットで眠る少年を眺める。
「ん……」
そんななか、身じろぎをして少年が目を覚ました。声が聞こえた瞬間少し驚き、そして安心したように微笑みを浮かべる。いつもの事だから大丈夫、と信じているがそれでも不安なものは不安である。2度と目を覚まさないのではないか。そういう恐怖にかられたのは1度や2度ではない。
「ルウ、おはよう。体は大丈夫?」
そう少年――ルウに声をかけた。
「おはよう、ユイ。いつも通りだよ。お互い今回も無事だね」
ルウはそう声をかける。寝起きにしては自分の状況を認識しており、まるで慣れ親しんだ返事である。
――出撃するたびに医務室のお世話になっていれば慣れるのかもしれないが。
「無事だよ。怪我一つなし。いつも通り健康そのものだよ」
そう少女――ユイは返事をし、満面の笑みを浮かべる。
帰還後のいつものやり取り。場合によっては怪我をしてそれどころではない時もある。
だからこそこのやり取りはお互い生き残った、怪我がなかったと確認し合う必須の儀式である。
このやり取りにルウも安心したのだろう。寝続けてこわばった体をほぐす様に伸びをした。
「今、何時くらい?」
「10時くらいかなぁ。お腹すいた?」
「すいた。昨日帰ってから何も食べてないからね」
伸びの体勢から、グルグルと体を動かす。まだ本調子じゃないのだろう。動きはぎくしゃくしており、かなり無理して動かしている印象である。
そもそも、帰って来た時には意識はなかったのだから何も食べられるはずがないのだが。
そんな会話をしていると、建て付けの悪い医務室の扉がガラガラと音を立てて開いていく。音を出来る限り立てないように開けたのだろうが、建て付けの悪い扉はそんなのお構いなしだ。
そんな扉の方向に、2人は目を向けた。
扉が開くと、190㎝はあるだろうか。短めの棒を持った体格の良い男が入ってきた。誰か探しているようで、男は部屋を見渡す。
10ちょっとベットがある医務室だが、埋まっているベットは1つだけだ。その埋まっているベットに目を向けると、手を挙げて軽く挨拶をし近寄ってくる。2人もそれに気づくと、軽く会釈を返した。
医務室であることを意識しているのだろう。出来る限り音を立てないよう、静かに歩いている。見ていなかったら人が居る事に気づかないほど静かだ。
「ルウ、ユイ君。おはよう。2人とも怪我は大丈夫か?」
「リュウ隊長、おはようございます。お互い怪我もなく無事ですよ」
「おはよう、リュウ。そっちも無事みたいでよかった」
そう男――リュウは言うとすぐ近くにあった椅子にドサッと座り、持っていた棒をベットの横に立てかけた。
なお2人の言葉は全く信用していないようで、リュウは2人の様子を眺めている。服の上からではあるが、包帯などの怪我の手当てをした様子もなく、本当に無傷である。そのことを確認すると、安心したようにため息をついた。
「こっちはいつものただの護衛だ。お前らに比べたら危険もないさ。ここで話すのもなんだし、少し早いが飯にしないか。朝早くからの移動で、ほとんど食ってないんだ」
吐き捨てるようにそう返した。ルウとユイは顔を見合わせると、空腹を訴えるお腹に苦笑いする。
「良いですよ。私も朝抜いてるし、ルウも昨日の夜から食べてないので」
「あー、そうだね。いつもの事だから慣れていたけど、そろそろご飯にしないと」
2人が了承すると、リュウがスッと立ち上がり、そのまま動き出さずに少し悩みだした。
「どうした、リュウ?」
「……ルウ、背中使うか?」
何を考えたのかリュウはそうつぶやくと、大きな体を小さくして、ベットに背中を向けてしゃがんだ。おんぶの準備だろう。
「何考えてるんですかリュウ隊長!私の役割取らないでください!」
リュウの動きを見た瞬間、ユイはすごい速度で反応しリュウのすぐ隣に同じような格好をしてルウを迎えた。そんな2人を呆れたようにルウは眺めた。
「おいリュウ、僕らで遊ぶな。何のために僕の杖を持って来たんだよ」
そういって先ほどリュウが立てかけた棒を掴んだ。殲滅魔法発動後は1日ほどはふらついて倒れたりするので、その防止に杖を使用している。出撃した翌日は大抵この状態である。
当然リュウもその事は理解している。ただ遊んだだけだろう。ユイもその事を理解したうえで話に乗っており、あわよくばおんぶで一緒に行けると考えていたようだ。
「はっはっは。ルウもいつも通り元気そうでよかった」
リュウは笑うと立ち上がり、2人の先を歩き出した。
その様子に2人は目を合わせると苦笑い、リュウの後をゆっくりと追いかけた。
「……いつまでこんな事が続くんだろう」
ユイの言葉は誰にも届かず、空気へ溶けて行った。
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