第6話 クリパ
「あの感じで来ないなんてことある!?」
クリスマスパーティー当日、時間になっても田中さんが現れる気配は一向にない。
「ごめん、無能の交渉が下手だったのかも」
「アレが駄目なら、他の人も駄目よ。私たちだけでやりましょ」
ドライアイスを取り除いてケーキを用意する。紙皿とプラスチックのフォークを並べて、買ってきてくれたチキンを取り分けた。まさか失敗するとは思わなかったので微妙な空気感に居たたまれなくなる。
「申し訳ございません、遅れました!!」
座って全員で挨拶をしようと手を合わせると、ドアが勢いよく開いて、息を切らした田中さんが入ってきた。その手には大きな紙袋が握られている。
「これを、皆様にお渡ししたくって!!」
紙袋ごと佐藤先輩に手渡している。近寄って中身を覗き込むと、洋服のようなものが何着か綺麗に畳んで入れられていた。
「すご、作ったの?」
「はい! 佐藤さんが人数とか写真送ってくれたので、それ見てイメージで作りました」
一着ずつ手稲に取り出して、全員に手渡してくれる。それは個人ごとにデザインが異なるパーカーだった。
「可愛いー! これお揃いってこと?!」
「外部に行くときとか来た方が良いのかなって。目立ちすぎないし、ぱっと見お揃いにも見えないから、恥ずかしくもないかなと思いまして。普段着にしても問題はないです」
取り出すと中にはパーカーが入っていたが、どうやら一着ずつデザインが違う。丈や細かい装飾までこだわりを感じられる。
私のは白がベースで文字は黒。丈が腰までの長さで、フード付き。袖が広がっていてレースの装飾がついている。飾りだけのファスナーが大きく一つ付いていて、開け閉め出来ないタイプだ。その金具はピンクゴールドで可愛らしい。
高橋先輩のは、黒がベースだが袖の途中から別の布を縫い合わせていて、一部が毛皮のコートみたいになっている。フードがない代わりにハイネックで首までファスナーが続いているのが特徴的だ。
丈が短く、袖が萎んでクシュッとなっているデザインのが渡辺先輩。全体的に白がベースで上半身のシルエットが大きく見えるタイプだ。フードがない代わりに、襟が見えるようになっていて、下からもシャツの一部が見えている。中のシャツはクリーム色と水色のボーダーで重ね着して見えるようなデザインだ。
佐藤先輩のはファスナーとフードがついていて、いかにもシンプルなデザインだ。しかし、リバーシブルになっていて白がベースの面と黒がベースの面がある。肩まで下ろして着るとどっちの色でも綺麗に見えるようになっている。
「「すっっっっご!!」」
「あら、ありがとう」
早速受け取って来てみると、着心地まで良い。反応が良かったことに安堵したのか、田中さんも微笑んだ。
「ゆ……私もこの事務所に所属させていただいてよろしいでしょうか」
「もちろん。じゃ、気が変わらないうちに契約してもらってもいいかな。その間にケーキ切り分けておくから」
目を輝かせた先輩が、契約書を取り出して田中さんに差し出す。その時に見えた机の中があり得ないくらい汚かったのは知らないことにしよう。
「あの……もしよければ一人称と口調を崩させていただいてもよろしいですか?」
「その喋り方が素なわけじゃないんだ」
契約書を確認して机に入れようとしたところを、渡辺先輩が取り上げてファイルに入れる。
「ほんとは敬語苦手なの。ママの喋り方に似てるからちょっとイントネーション変なんダヨね。それと、唯子って呼んでもらえたら嬉しい」
「唯子?」
「うん。ロリスじゃなくて、唯子。あだ名みたいな感じかな」
ロリスという名前は嫌いなのだろうか。そのあだ名の由来は何なのだろう。
書類を棚に入れた渡辺先輩が近寄ってくる。何かを言いたげにしているので耳を貸すようにジェスチャーをすると、申し訳なさそうな顔をして囁いた。
「私、あの子と分かりあえる気がしない。いい子過ぎて好きじゃないわ」
「ちょっと、渡辺先輩!?」
「いかにも男ウケ狙ってそうじゃない。田中議員の件だって、あの子が不祥事起こしたからでしょう? 人殴ったとか言ってなかった?」
「え、そうなんですか!? 全然そういうことするタイプに見えないですけど……」
外見に加えて性格まで良いと、一部の同性から嫉まれると聞いたことがあった。しかし、田中さんの場合は本当に性格が悪いのかもしれない。彼女は、いったい何を隠しているのだろう。
「あの、サトウが二人にって」
渡辺先輩を宥めていると、ケーキを二皿分持ってきてくれた唯子がいた。聞かれていなかっただろうか心配になるが、気にしていない様子だったのでホッと胸を撫でおろす。
「ありがとうございます、田中さ……唯子ちゃん!」
「ありがと」
「どういたしまして! そういえば聞き忘れてたんだけど、この事務所の目的って何? ボランティア?」
そういえば、特に何も説明なしに勧誘してしまった。いっそのこと効率厨なら、資料や動画の一つくらい作った方が簡単だと思うが、それをやらないということは何かしら理由があるのかもしれない。
「愛毒症のワクチンと解毒薬を開発するために、情報を集めて愛毒省に報告する事だよ。タイムリミットは羽舞と蜜熊ちゃんの卒業式。そこで僕はトリカブトだって自首する」
「なるほど……。あ、検査結果持ってきたよ」
カバンから一枚の紙を取り出して見せてくれる。そこに書かれていたのは、スローロリスという生き物だった。
「スローロリスって名前は聞いたことあるけどあんまり身近じゃないですよね。先輩方何か知ってますか?」
「いや、知らん。検索してドックんに反映しておくよ。あと、デバイス使って登録だけお願いしていい? リアルタイムのパーセントを共有したいから」
見せてもらった検査結果は先週の時点で五十二パーセントだ。私よりもずっと高い。
「たっか。もし僕たちに手伝えることがあったら言ってね」
唯子ちゃんは何か心当たりがあるようで、少し迷った様子を見せてから口を開いた。
「……昔ちょっとだけ虐められてたのと、家のことが大半だと思う。でも大丈夫ダヨ、好きなことしていいならそれだけでありがたいし」
でも、と遠慮がちに視線を泳がせる。
「なに、どうかした?」
先輩がその先の言葉を促すと、一呼吸おいて覚悟を決めたかのように顔を上げた。
「受かっちゃった天才を、助けて欲しい。唯子は嘘つきになりたくない」
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