第8話

「ん」

「姉者」


レプンの鋭い視線は柔らかくなる。

それは、同胞であるフィセテルを認識した為だっただろうが、すぐに、その近くに居るオールド=ニックの姿を認識して憤りを浮かべた。

主に、彼の首筋に刻まれたフィセテルからの贈り物……口づけによって刻まれた契約の紋が合った為だ。


「契約?」


契約をしたのか?と。

レプンはオールド=ニックを蔑みながら聞いた。

質問をされたのか、そう思ったオールド=ニックは了承する様に首を縦に振るい、レプンの質問に対して明確な答えを出そうとしたのだが。


「不問」


答えは聞いていない。

レプンは、オールド=ニックの言葉を、口から発する前に遮った。

オールド=ニックはそれでも喋る事は出来たが、其処で口を出さなかったのは、長年の危機管理に関する経験が発生した為、だろう。


(彼女の命令に従わなければ、殺されてしまうだろうなぁ)


冷静に、オールド=ニックは考えた。

けれど、フィセテルが居る以上、オールド=ニックの命は安全の域ではあるとも思っている。

尤も……邪神同士が争う事があるのかどうか、と言う点ではあるが。


滄溟なるもの、彼女達の命は当然ながら下等である人間よりも上位の存在だ。

そんな彼女たちが、下等な人間の為に戦ってくれるのかどうか、と言う疑問。

幾ら契約を交わした間柄とは言え、その契約の重さが、滄溟なるもの達の関係よりも下である可能性がある。

そうなれば、オールド=ニックの命など、無価値に等しく、無意味に散る運命だろう。


「殺戮」


その男は殺すべきだ。

短い言葉で、レプンが極めて凶暴な言葉で責めて来る。

しかし、フィセテルは慈母であるが如く、レプンの言葉に対して否定的な言葉で護り返した。


「ん、この子は、わたしの、だから、勝手に殺すの、だめ」


姉であるフィセテルの言葉がどれ程、安心感を与えてくれるだろうか。

オールド=ニックはフィセテルと言う安全圏から絶対に出ないと言う意思を込めて彼女の体に背を預けた。


「ん……かわいい」


オールド=ニックを抱き上げて、フィセテルは強く少年を抱き締める。

その行為がレプンにとっては禁忌を破る行いであったらしく、獣の如き視線をより尖らせて手を構えた。


「蘇生」


甦れ、そうレプンは告げた。

ずるずると、大量の血液の海から何かが這い出ると共に、真っ白な骨たちが立ち上がる。

先程、フィセテルが圧死させた村人たちの骨であり、生前の村人達よりも数は少ないが……兵士としては十分なのだろう。


レプンの瞳が淡い青色の炎を発生させると、骸骨たちも同じ様に頭蓋骨の内側から青い炎が発生し、窪んだ眼窩の奥から炎が見えだす。


オルキヌス・オルカ。

その名前の由来は『冥界の魔物』を指す。

死者に対する蘇生を得意とする魔法を駆使するオルキヌス・オルカのレプンは、同時に海の殺し屋と呼ばれる程に凶悪であり、殺しと死に対する側面を以て冥界を司る海洋生物として崇められた。

彼女に対する邪神教団も存在し、その内の狂徒達は、今もなお、彼女の謁見と寵愛を求めて信仰をし続けている。

そして、彼女に関する魔導書には、その力の片鱗に際し情報が記載されていた。


生命には必ず死が存在し、死する者に際し、それすらも奴隷として扱い酷使を行う。

レプンの秘術は、邪狂徒の間では『冥界魂葬死淵領域オルクス・オルキヌス・オルカ』と呼ばれるものであった。


死者は変化を遂げ、レプンによって生まれた死者と言う生物。

通常の人間が接触するだけで、青い炎を移され死者に反転してしまう。


「侵攻」


戦う様に命令を行うレプン。

命令を受けて肉体を躍動し全速力で疾走するスケルトンゾンビたち。

フィセテルは、強くオールド=ニックを抱き締めると共に、彼女も同様に、『滄溟なるもの』としての権能……秘術を行使する段階へと移るのであった。

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