第14章:過ぎゆくとき

家に着くと、母親の部屋へ向かった。


本を読んでいた母親が目をあげ、

「どうしたの?」

と尋ねる。


沢井の瞳が揺れた。

「お母さん、やっぱり私、海外転入プログラムが使える

コースにして、来年から一緒にアメリカに行く」

と伝えた。


母親は、娘をじっくり見つめながら言った。

「晶子、本当にそれでいいのね?後悔しない?」

「友達とか、会えなくなるよ」


晶子は少し目をそらし、

「うん、大丈夫。高校卒業で、みんな遅かれ早かれ離れ離れになるもん」

と答えた。

そして、

「お父さんに伝えといて。ちょっとランクが高くなる

から今から勉強する」

と言って、自分の部屋に入っていった。


夜遅く帰ってきた父親に、母親が晶子のことを伝えると、

「おー、それはよかった」

と嬉しそうに言った。


母親は、晶子が夕食をとっていないことに気づいた。

晶子の部屋に向かい、

「晶子、夕食どうするの?」

とドア越しに声をかけた。


返事がないため、そっと部屋に入る。

晶子が机に顔を埋めて眠っていることに気づいた。

ゆっくり近づいて毛布をかけようとした時、

彼女の頬に涙の跡があり、机が濡れていることに気づいた。


母親はそっと毛布をかけ、

「何があったかわからないけど、お母さんはあなたのそばにいるよ。

自分の人生を選びなさい」

と寝顔に告げ、部屋を出た。


クリスマスまであと一週間の夜であった。


それ以降、沢井に対する嫌がらせや仲間はずれは無くなった。

表面上は元の通りだが、松岡との会話はなく。1ケ月たった。


沢井は松岡に聞いてほしかったが、避けられている気がしたため

できなかった。彼女の瞳はずっと松岡を追いかけていた。


年末も近づいたある日、愛瀬は朝礼後に

「あと2週間で冬休みに入る。受験組、就職組とも年明け早々

テストや面接で忙しくなる。くれぐれも体に気をつけるように」

「年明けから3月まで、ほぼ学校に来ることはないだろう。

俺は登校しているので相談があればすぐにきてくれ」

「しばらくは仲間と会えないため、今年中に挨拶をしといたほうがいいぞ」


クリスマスがやってきた。

沢井は塾の冬季講習で三宮に出ていた。

街にはサンタやトナカイのイルミネーションが輝き、

恋人達で溢れていた。


知らずに足はモロゾフの喫茶店へ向かっていた。

席につきプリンアラモードを注文した。

プリンアラモードを食べながら、外のクリスマスに彩られた

街を見ていると、この前ここにいた時の気持ちを思い出した。

あの時は松岡と一緒にいれる事を夢見られていた。


『今はもう無理なの?』

と悲しい気持ちで家路についた。


部屋に入いり、以前三宮で買った

「パーマンセット」

がふと目に留まった。

寂しそうにポツリと部屋に置かれている。

引き出しにあった、綺麗な包装紙を見つけ

丁寧にパーマンセットの手鏡を包んだ。

私の気持ちを伝えるために。渡そうと。


愛瀬の言った通り、高校3年の時間はあっと言う間に

すぎて行った。


沢井の場合、志望校の海外転入コースのため、受験には事前面接があり、

そのあと一次試験、二次試験と順調に進んで行った。

二次試験合格者には面接があり、それによって最終的な合否が決まる。


3月初旬に、無事志望校からの合格の連絡があった。


まだ、梅が咲く頃、沢井は久しぶりに高校へ足を運んだ。


顧問室のドアをノックする。

「沢井です。入ってよろしいでしょうか」


「おー沢井か、勿論だ」

と愛瀬が答えた。


「先生、おかげさまで志望校の転入コースでの合格ができました」


「おー、心配していたんだが合格おめでとう」


「4月には家族とアメリカに行くことになりますので、

卒業式には長く出られません。先生に合格の報告とお礼を

言う時間がないと思い挨拶に来ました」


「そうか、そんなに早く日本を立つのか」


しばらく間をおいて

「俺のお気に入りの生徒で。沢井が3年生で一番成長したと

思っている。正直、「アルバム委員」に選ばれたとき、心配していた。

それまでは言われたことはこなすが、積極的に人と関わり、

課題をこなす点では心配していた」

「松岡との作業でやつのいい部分を吸収してくれればと思っていたが、

それ以上だった」


「この経験は、きっと親御さんの仕事を手伝う上でも

生きてくると思う。あらためて、おめでとう」


「松岡も志望校に一般入試で合格しているし、

小林はビジネススクールに進学。

沢井も難関の大学の転入コースへ決まり。俺は嬉しいぞ」


沢井は心の中で思った

(松岡くん、志望校に通ったんだ。おめでとう)

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