第12章:彼らの進路

六甲山から吹きつける六甲おろしが、

冬の訪れを告げる季節になっていた。


愛瀬は、ようやく最後の生徒の進路面接を終え、

進路記録をつけ終えたところで、大きく息をついた。

いつものようにギターを手に取り、ポロンと弦を鳴らしながら、

ふと考える。

『最近の高校生は、本当にしっかりとした考えを持っているな』

と。


---

”松岡との面接”


「サッカーの推薦で受けるか、一般入試で挑むか。決心はついたか?」

愛瀬が尋ねると、


松岡はまっすぐな目で答えた。

「はい。以前お話しした通り、一般入試で挑みます。

両親には、一浪する可能性もあると伝えてあります」

きっぱりとした口調だった。

「サッカーも、この冬の高校選手権予選が終われば、

いったん引退して勉強に集中します」


「推薦なら確実に受かるだろうに、後悔はしないか?」


「はい。先生。努力をしない者のもとには、

運命の神様は降りてこないんですよね」


愛瀬は笑いながら、

「その通りだ。よく覚えていてくれたな」

と返した。


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”沢井との面接”


沢井は、愛瀬の質問を待つことなく口を開いた。

「先生、受験校は変えないですが、海外校へ転入できるコースに

変更したいんです」


「構わないが、難易度は少しあがるぞ。どうしてだ?」


「家族でのアメリカ移住が、早まるかもしれないのです」

「早くて来年の4月になりそうなので」


「そうか。ご両親の思いに応えるのも大事だが、これは

沢井自身の人生だ。よく考えて、後悔のないようにしろよ」


「はい、わかりました。期末試験の結果を見て、最終的に自分で決めます」


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” 西村との面接”


愛瀬は、少し難しそうな顔で口を開いた。

「西村。お前の成績では、現在希望している大学への進学は難しい」

「ランクを落とした私立大学も視野に入れるべきだと思うが、

その場合は金銭的な負担も大きくなる」

「お母さんとよく相談して、返事を聞かせてくれ」


西村は迷うことなく言った。

「先生、私、進学コースはやめて就職することに決めました。

母親にも了解はもらっています」


「今から変更すると、就職活動で出遅れることになるぞ」


「覚悟しています。すでに地元のFM局への活動も始めています」


「そうか。お前の社交性なら大丈夫だ。頑張るんだぞ。」


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”小林との面接”


小林は入室するなり、いきなり話し始めた。

「進路相談を愛瀬先生がするって、ちょっとおかしくないですか?」

「部活の話ならわかりますけど」


「担任の由紀江先生に頼まれたんだ。

どうやらお前は、まだ受験希望大学を決めていないようだからな」


「やっぱり、そういうことかぁ。由紀江先生に頼まれると弱いんだから」

そう言って、小林は笑った。


しかし次の瞬間、姿勢を正して真剣な表情になった。

「私、普通の大学に行って、普通の企業に就職して、

普通に結婚して、子供を産んで……そういう人生には、

あまり興味がないんです」


愛瀬は想定外で言葉がなく、目で促した。


小林は続けた。

「今、私が一番得意で夢中になれるのはバスケです。

でも、選手としてだけじゃなく、スポーツ科学やスポーツ経営、

そういう分野にも興味があります。

だから先生、大学に限らず、ビジネススクールも選択肢に入ってきます」


しばらくの沈黙の後、愛瀬は驚きをせない様子で言った。

「……今のお前なら、どんな名門大学でも手が届く」

「大学を卒業してから改めてビジネススクールに入学することもできる」

「そういう道じゃ満足できないのか?」


小林は静かにうなずいた。

「先生、以前おっしゃっていましたよね。

運命の神様はタイミングを逃すと、

次に捕まえるのが難しいって。それと同じです」


少し目を伏せて、彼女は続けた。

「もし、私が急に病気になって命を落としたら

……先送りにしたことを、きっと後悔してもしきれないと

思うんです」


愛瀬はゆっくりとうなずいた。

「……そうか。お前の人生だからな。お前がそう決めたのなら、

それでいい。由紀江先生にもそう伝えておこう」


小林は、少し神妙な声で言った。

「由紀江先生に相談できなかったのは、先生も女性で、

先生の人生を一部否定するような話だからです」

「愛瀬先生に聞いてもらえて、よかったです」


そう言うと、小林は立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。

そして、いたずらっぽい顔で愛瀬に言った。

「でも、私と由紀江先生は仲良しなんですよ。

先生と恋愛話もできるんだから」

「由紀江先生との橋渡し、してあげましょうか?」


愛瀬は顔を赤くして、

「大人をからかうもんじゃない」

と返した。

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