第7章:彼らの夏休み
梅雨の雨も上がり、夏の日差しが教室に差し込む午後。
ホームルームの最後に、担任の愛瀬が立ち上がって
教室を見渡し、静かに言った。
「来月からはいよいよ夏休みだ。とはいえ、うちの学校は
夏季補修がある。参加を希望する者は、至急申し出てほしい」
ざわついた空気が、一瞬だけ引き締まる。誰かが静かに笑い、
誰かはため息をつく。
続けて。
「それから……松岡と西村は、小林を誘って、部活前に
顧問室へくること」
そう言い残し、部屋を出ていった。
沢井は
「そっか、もう夏休みか。補習どうしようかな」
と考えていた。
「アルバム委員の作業も当分はなかったんだった!」
意を決したように、席をたち、サッカー部顧問室へ向かった。
顧問室にて。
沢井が顧問室に着くと、数人の会話が聞こえた。
「でも、それは難しいじゃない・・・」
「いや、新しい試みで・・・」
「用意する方の身もなって・・・」
などの会話が聞こえた。
しばらくして、ドアがあき、松岡・小林・西村の3人が
出てきた。まだ、先ほどの議論を続けているようで、
「でも、ミッチ・・・練習方法を見直せば」
と言おうとした時、沢井に気付き、松岡が言った。
「沢井さん、補習の話だろ。部屋空いたから、入っていいんじゃない」
「のりっぺ、サッカー部員を説得・・」
などの会話をしながら3人は去って行った。
沢井は扉をノックした。
部屋の奥、冷たいお茶を飲みほしていた愛瀬が顔を上げる。
「おー、沢井か。……あいつら相手していたら、喉が乾いた」
湯のみを置いて、軽くため息。
「夏休みは、補習と部活三昧だ。でな、松岡が“一緒にやりましょう”
とか言いだして。今さっきまで打ち合わせしていた」
そして、視線を沢井に向ける。
「ところで、沢井の用事はなんだ?」
(補習に出たら、サッカー部の練習と同じ日なんだ)
と思い、思わず。
「補習の申し込みをしたいのですが」
彼らの最後の夏休みが始まる。
高い入道雲がのさばる空の下、扇風機の羽の音が響く中、
教室では補習授業が行われていた。
「この英語の訳は……」
先生の声を聞きながら、沢井は窓の外に目をやった。
グラウンドには、サッカー部の姿。けれど松岡は見えない。
(今日は休み……?)
何気ない心配が、自分の中に生まれていた。
補習後、サッカー部の補修に出ていたメンバーの話し声が
耳に入る。
「これから体育館でバスケ部と合同練習だって」
「競技の違いを体験して、スキルに活かすんだとか」
「松岡と小林が考えたらしいよ」
沢井の足は自然と体育館へ向かっていた。
体育館では、バスケの試合が行われていた。
サッカー部がバスケ女子を相手にショートゲームをしていた。
沢井は気づかれないように体育館2階からこっそり見ていた。
コート脇の椅子に腰掛けていた小林が、ふと目をやると、
沢井の姿が目に入った。
(あら、沢井さんがこんなところに。ふーん。なるほどね)
と思った。
ある日。
小林は松岡に声をかけた。
「しっちゃん。明後日は最終日なんで、
恒例の花火で打ち上げんだよね」
「あっ。そうだったね」
「補習組も招待しちゃおうよ。頑張ってるし、愛瀬も大変だったでしょ?」
松岡は面倒そうに言った。
「ミッチ。愛瀬に了解がいるよなぁ。部活メンバーだけで
いいんじゃない」
心の中で
(もー。ちょっと、自分のことも気にかけたら)
と思いながら。
「しっちゃん、沢井さんも補習出ているよ。
勉強ばっかりで気晴らしもいるんじゃない」
「えっ、知らなかった」
と言う表情を浮かべ。松岡は、急いで愛瀬の了解をとりに行った。
それを見送りながら、
「まぁなんて現金な、呆れちゃう」
とつぶやいていた。
翌日。
「ねえ、みんなで花火やるよ! 補習組も来てほしい!」
東校門にて、松岡と小林が声を張り上げる。
ちょうどやってきた沢井に、松岡が駆け寄る。
「沢井さん、明日一緒に来ない? 花火、やろうよ」
「私なんかが行っても……いいの?」
「ミッチの提案なんだ。補習組にも夏の終わりを楽しんでほしいってさ」
後ろから小林が明るく声を添える。
「打ち上げだもんね。服、自由でいいよ」
と言いながら、小林は思った。
(もう、焦ったい二人なんだから。全部お膳立てしちゃった)
(今度、しっちゃんにケーキ奢らせてやる)
補習最終日 朝。
沢井は、自分のクローゼットの前で迷っていた。
制服でなくていい――じゃあ、何を着て行こう?
母親が、
「今日は補修じゃなかったの?」
「うん、そのあと……友達と打ち上げがあるの。行ってくるね」
選んだのは、控えめなラベンダー色のワンピース。
「お母さん。これおかしくない?」
母親は、優しそうな目で。
「似合っているよ。頑張って行ってきなさい」
と送り出した。
「うん。勉強、頑張ってくる」
と言い残し、いそいそと家を出ていった。
母親は目を細め
「“頑張って”って。別の意味だったのに。
あの子、まだ自分が恋しているのに
気づいてないの?」
と微笑んだ。
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