ヒーラーですが『発明者が医師』なのでガトリング砲を使います!

とらいぽっど

プロローグ

第1話 その罵倒は、感謝の代わりだった

まえがき

カクヨム初投稿、初連載です! ひとまず7話までは毎日18時ごろ更新予定です。

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「これを回せば…」

困惑した少女がハンドルを握る。


それは、人道と殺戮を奇跡的に両立させた人類初の『救命具』である。


――ガトリング砲。


秒間6発以上――手動では到底扱えぬ"弾丸の瀑布"。

医師リチャード・J・ガトリングが『戦闘に必要な兵士の数を減らし、犠牲者を無くしたい』という理念で作り上げた兵器。


「医師による発明品、すなわち――

 ヒーラーが装備可能な『治療器具』である!!」


少女がハンドルを回す。

歯車がかみ合う音とともに、6本の金属の筒が回転する。


次の瞬間――


"ブゥオオオオオオオオオッ!!!"


ゴブリンの群れは、前方の空間ごと抉り取られた。


リリアは震える指先を見つめる。


「え……? ま、また……私……"範囲回復"の魔法を使っただけ、なのに……?」


村人たちの視線が、恐怖・畏敬・感謝の入り混じった色でリリアに集まる。

誰もが、戦場にそぐわない華奢な少女と、その腕にある破壊の具現化を、理解できない目で見ていた。


「……なぜ、どうして、私の力はいつも皆を遠ざけてしまうの…」

リリアは、その場に立ち尽くした。


――話は一ヵ月前に遡る。


魔獣の巨大な骸が土煙を上げている。

その足元で大陸にその名を轟かせるSランクパーティ『紅蓮の牙クリムゾン・ファング』のリーダー、バグドは、自身の血の海に沈んでいた。


魔獣の爪はバグドの強靭な腹筋を紙のように貫き、背中まで突き抜けている。

誰がどう見ても、助からない。


「バグド! クソッ、内臓がいっちまってる……!」


「リリア! やるしかない! お前の治癒だ!」


仲間からの悲痛な要請に、小さな人影が土煙を横切った。

パーティ唯一のヒーラー、リリアだ。


切りそろえられたミントグリーンの髪が風に揺れる。


華奢な体躯は、周囲の屈強な戦士たちに囲まれると、

まるで薬草を詰めた小袋のように頼りなく見える。


しかし、その蒼白な顔には、微塵も逃げの表情はなかった。


彼女は治癒行為の後に必ず起こる「副作用」の恐怖を噛み殺しながら、静かに頷いた。


(ダメ、集中しなきゃ。余計なことは考えないで、ただ、傷を塞ぐことだけ……!)


彼女は震える両手を、ぐちゃぐちゃになったバグドの腹部に押し当てた。


「……お願い、治って!」


瞬間、リリアの意思を超えた「何か」が発動する。


眩い光とともに、千切れた血管が繋がり、失われた肉が沸き立つように再生する。


魔獣の爪が引き抜かれた穴は一瞬で塞がり、死の淵にあったバグドの呼吸が、力強く戻った。


成功だ。

リリアは安堵で膝から崩れ落ちそうになった。

これで助かった。

感謝されるとは思っていないけれど、少なくとも、彼の命は救えた。


バグドが、カッと目を見開き、何事もなかったかのように跳ね起きた。

彼は自分の腹をさすり、傷跡ひとつない皮膚を確認すると――


次の瞬間、リリアの胸倉を掴み上げ、怒鳴りつけた。


「ふざけるなッ!!」


「えっ……?」


リリアは宙に浮いたまま、思考が停止した。

感謝の言葉でも、安堵の息でもない。

目の前の男は、親の仇を見るような目で、リリアを睨みつけていた。


「この役立たず! 能無し! 余計なことをしやがって!!」


「貴様、何様のつもりだ! 俺を侮辱する気か!!」


唾が顔にかかるほどの剣幕。

リリアには、何が起きているのか全く理解できない。


「あ、あの、傷は……治しました! 完璧に……」


「完璧だと!?」


バグドはリリアをゴミのように地面へ突き飛ばした。

そして、自身の腹を指差して喚いた。


「よく見ろこの野郎! 無いだろうが!!」


リリアは涙目で、彼が指差す先を見た。

傷はない。

古傷ひとつない、生まれたてのようなスベスベの肌。

完璧すぎる、肌だ。


「あっ……」


息を呑むリリア。

ない。

彼の屈強な肉体をキャンバスにして、胸から腹へと刻まれていた、あの禍々しくも美しい赤と黒の紋様――ドゥーマ族の誇り。

戦士が成人の儀を経て、死線を潜り抜けるたびに彫り足していく、魂の履歴書。


「き、消えてる……?」


「消えてるじゃない! 貴様が消したんだ!!」


バグドはその場に膝をつき、頭を抱えて絶叫した。


「俺の歴史が……神々との契約が……! 俺はもう、ドゥーマの戦士じゃない……ただの、ただの肉塊だ……!」


「殺せ……いっそ殺してくれよぉおお!!」


命を救われた男は、子供のように泣き叫んでいた。

リリアの治癒は肉体の欠損だけでなく、皮膚に刻まれた刺青タトゥーの色素という「不純物」すらも、完全に除去してしまったのだ。

命もいとわぬドゥーマ族の勇敢な戦士は、もはや完全に魂の抜け殻だ。



「……リリア」


背後から、リリアの名を呼ぶ声がした。

いつも穏やかで、誰よりも理知的な参謀役、アイザックだった。


リリアはすがるような目で彼を見上げた。

アイザックだけは、いつも味方でいてくれた。

爪を治してしまって怒られた時も、「それだけ強力な証拠だ」と笑って庇ってくれた。

リリアをこのパーティに拾い上げてくれたのも彼だ。

「君の力は素晴らしい」と言ってくれた。

ここなら居場所があるかもしれないと、本気で思っていた。


しかし。

アイザックは、泣き崩れるバグドを見下ろし、リリアに向き直ると――痛ましそうに、首を横に振った。


「……すまない、リリア」


その声には、怒りではなく、深い諦めが滲んでいた。


「俺は、お前の力を信じていた。多少の不都合があっても、その奇跡は人々を救うと。だから、皆の不満も抑えてきた」


アイザックは拳を握りしめ、苦渋の表情で言葉を紡ぐ。


「だがこれは違う。お前はバグドから、命よりも重い魂を奪った。ドゥーマ族の誇りを消し去ることは、彼らにとって死以上の冒涜だ」


「で、でも、アイザックさん! 私は……!」


「庇いきれない」


アイザックは、リリアの言葉を遮った。

その瞳には、「もう無理だ」という決定的な拒絶が宿っていた。


「お前の『完璧な治癒』は、我々には毒になりすぎた。……もう、一緒には行けない」


「……っ」


リリアは息を呑んだ。

あの温厚で、誰よりもリリアを買ってくれていたアイザックが、さじを投げた。

それは、リリアの能力が、どんな善意や寛容さでもカバーしきれないほど、根本的に世界とズレているという事実を突きつけられた瞬間だった。


「荷物をまとめてくれ。……達者でな」


アイザックはバグドの肩を抱き起こし、リリアに背を向けた。

もう二度と、振り返らなかった。


森の街道を、少女が一人、とぼとぼと歩いている。

背中のリュックには、わずかな路銀と、着替えだけ。


(どうして、私はいつも、こうなんだろう……)


リリアは自分の手のひらを見つめた。

彼女の持つ能力――「過剰回復オーバーキュア)」。


欠損した臓器だろうが、腐敗した死にかけの肉体だろうが、一瞬で「本来あるべき完全な初期状態」へと巻き戻す、絶対的な再生能力。

本来なら、王族の専属医として城に招かれたり、戦場の最前線で何千もの兵士の命を繋ぎ止めたり、英雄として称えられるはずの力だ。


けれど現実は違う。

この力はあまりにも融通が利かない。


切ったばかりの爪まで伸びてしまう、巻き爪だと処置前より食い込む。

苦労して処理したムダ毛までフサフサに戻ってしまう。


そして今日、「命を救って」と願ったら、その人の魂である刺青タトゥーまで消してしまった。


私の回復は、人間が決めた「都合」や「文化」を一切無視する。

ただひたすらに、生物として完璧な状態を押し付けるだけの、無慈悲なシステム。


「……アイザックさんにまで、見捨てられちゃったな」


リリアは自嘲気味に呟き、涙を拭った。


どこへ行っても厄介者扱いされ、追放され続けた日々。

そんな中で、唯一手を差し伸べてくれたのが『紅蓮の牙クリムゾン・ファング』のアイザックだった。

「君の力は素晴らしい」と言ってくれた。

ここなら居場所があるかもしれないと、本気で思っていた。


けれど、それも今日で終わりだ。


「……私は、迷惑ヒーラーだから」


行くあてもない。

ただ、もう誰からも嫌われたくない。


少女の胸にあるのは、「誰も傷つけたくない」「一人の犠牲者も出したくない」という、能力の強大さに反比例するような、臆病で、痛々しいほどの願いだけだった。


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あとがき

ガトリング砲はどこだよ? と思った方、

1章『ドドドドッ☆みんなを救うふしぎなシャワー!』にちゃんと出ます!!

タイトル詐欺と思わずおつきあいください、次回は12/2 18時ごろ公開です。

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