第一講 物語とは何か?

 既にご存知の方はこんにちは、ご存知じゃない方もこんにちは。

 慢性の厨二病末期患者、北上悠です。


 はい、それでは最初の授業内容は物語とは何か、です。

 今さらそんなカビの生えたような初歩的な講義をやるのか⁉︎ と思う方もいるかもしれません。

 正直なことを言うと、先生もこの授業はやりたくありません。

 理由はシンプル――面白くないからです。

 はい、それ以上の理由もそれ以下の理由もありません。

 というか物語とは何かって、普通に哲学の分野ですよ? 我々凡人が束になったとして、一生掛かっても結論は出ないでしょう。

 しかし、先生の中での物語の定義はこうです。


『壮大な思考実験、或いは欲望の総決算』


 正直、これ以上の言葉が出ません。

 ドユコト? と思う方もいると思うので、解説します。

 まずそもそも、この世には二種類の“物書き„がいます。

 “書きたいものがある物書き„と“書かずにはいられない物書き„です。

 ちなみに、先生は前者です。

 とはいえ、これはなぜ人は物語を書くのか。

 ミステリーに例えるなら何故やったのかWhy done it?に該当する部分です。

 また、作者が誰なのかは誰が書いたかWho done it?に該当します。

 そして一番重要なこの『壮大な思考実験、或いは欲望の総決算』というのは、どうやってやったかHow done it?の部分です。

 もっと要約するなら、あんなこっといいな♪ できたらいいな♪ という、物書きなら誰でも持っている普遍的な感情。

 『壮大な思考実験、或いは欲望の総決算』というのは、あなた方の持つ最も強い武器であり、長所であり、例えるなら――ある種の想像力。

 畢竟ひっきょう(意訳:つまるところ)、それは知性だ。

 ……すみません、言いたかっただけです。

 しかし、あながち嘘ではありません。

 『壮大な思考実験、或いは欲望の総決算』という言葉は、あなたは何が好きで、何が嫌いで、どんな物語を読みたいか――つまり物語を書くためには、あなたの興味のあることを知ることからスタートしなくてはならず、物語とは究極的に言えば、作者のこうであって欲しい、こういうものを見たいという欲求を満たすための手段だ。ということです。

 こういう哲学的な話しかできないから、先生はこの授業をしたくなかったんです。

 そして『壮大な思考実験、或いは欲望の総決算』という言葉を知った皆さんは今、真理の扉の前にいると言っても過言ではありません。

 扉を開けられた人も、開けられなかった人も、この話を聞くより前より、ずっと物語とは何か? という問いの答えに近づいています。

 ちなみに先生は、真理の扉を開けた通行料として視力と筋力を持っていかれました。

 これが脚本術を学び、小説に人生を捧げる縛り(或いは制約と誓約)によって得た代償です。

 皆さんはそうならないように、適度な運動を心掛けてくださいね。


 閑話休題。


 ですが『壮大な思考実験、或いは欲望の総決算』は、作者にとっての物語とは何か? への答えです。

 では読者にとって、物語とは何だと思いますか?

 そう、作者にとって物語とは何かを説明することは意外とできるんです。

 しかしここが分からないと、話は進みません。

 何故ならあなたの書いた物語を読むのは、結局のところ物書きかどうか以前に、他人だからです。

 しかしこれの結論に関しては、極めて簡単シンプルです。

 物語を作るとは、究極的には自分の抱える『壮大な思考実験、或いは欲望の総決算』を他人にひけらかし、是非を問うものなのです。

 つまり物語とは読者との対話、或いは一方的な問いを試みる行為であるということです。

 こういう世界ならいいよね、こういう世界をどう思う? といった具合です。

 これが物語とは何か? という問いへのもっとも簡単な答えであり、同時に真髄です。

 何故なら、この定義なら物語がハッピーエンド以外にもバッドエンドがある理由が明確になるからです。

 例えばドラえもんは、冴えない少年が未来から来た猫型ロボットに出会って人生が好転する物語です。

 逆にカイジはどうでしょうか?

 一言で説明すれば、圧倒的社会のクズが底辺で悪人と蹴落としあって足掻く物語です。

 極端な例ですが、どちらも物語としてはレジェンド級の作品です。

 しかしこれだけ真逆の内容の作品が受け入れられるのは何故でしょうか?

 はい、そこ花澤さん!

 ……そうです、これがどういう物語かを最初に説明しているからですね?

 つまり読者はのび太くんには幸せになって欲しいし、カイジには不幸でいて欲しいんです。

 両者を分ける違いはズバリ、あらすじと第一話の内容です。

 他の部分はないの? と思うかもしれませんが、これらの作品は第一話とあらすじの時点で物語の世界観や雰囲気を説明し切った上で、続きが読みたいと思わせるかなり高度な試みをしています。

 いいですか? ドラえもんは皆さんが思ってるよりもずっと高度な作品です。

 秘密道具一つでどれだけ物語が面白くできるかは、DEATH NOTEが証明してますから。

 あと、これも質問されそうなので先に言いますが、一部のほのぼの日常系と思わせといて、急に豹変した作品のせいで3話切り(おそらく死語?)なんて言葉が生まれたりしましたが……ああいう作品の演出は世界の残酷さを強調する以上の意味はありません。

 それ以上に、この手の豹変するシナリオ構成は個人的にかなり邪道だと思うんですよね。

 これは先生がそういう作品が好きか嫌いかという話ではなく、結果がギャンブルになりやすいという意味です。

 いいですか? 物語の基礎は如何に読者の予想を裏切るかではありません。

 如何に読者の予想を上回る体験をさせられるかです。

 先生の書いた作品みたいに抽象的でフワフワしたようなあらすじでもない限り、皆さんの目標はまずあらすじと同じくらい、可能ならあらすじより面白い物語を作ることです。

 そしてこれが、読者にとって物語とは何かという質問の答えでもあります。

 作者にとっての物語が『壮大な思考実験、或いは欲望の総決算』であるならば、読者にとっての物語は『払った労力や金銭に見合う、もしくは以上の価値があったか』という評価を下すべき対象以上の存在でも、それ以下の存在でもないのです。


 もし今回の授業で聞きたいこと、分からないことがあれば、後で応援コメントに書き込んでくれれば可能な限りお答えしたいと思います。

 では以上を持って、第一講 物語とは何かの授業を終了します。

 皆さん、お疲れ様でした。

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