【緊急】え、なんか見えるんだけど
揺籠(ゆりかご)ゆらぎ
【緊急】え、なんか見えるんだけど
■夜野真一の背後30センチ地獄
放課後の教室
残っているのは、俺と――
一人の女の子だけだった。
窓際の席。
斜めに差し込む夕陽が、埃の浮いた空気を金色に染めている。
その中に、静かに座る女子高生。
長い黒髪。端正な横顔。無表情のまま、ピクリとも動かない。
(いや、めちゃくちゃ美人じゃん。二次元寄りのリアル。
これが学校にいたら、モブ男子どもが昼休みに巡礼してるレベル。)
けど――
(……誰?)
俺は目を細めてもう一度確認する。
でも、記憶がない。
「そんなわけないだろ」と脳が即否定する。
(美人は記憶領域の最上段に保存してるからな。
存在してたら絶対覚えてる。断言する。)
にもかかわらず、見覚えが――まったくない。
(新入生?飛び級?転生者?)
そしてふと思い出す。
(ていうか、あの席――タケシの席だよな?)
そう、クラスで一番声がデカい、うるせぇ上等兵・タケシ。
5時間目も6時間目も、その席で全力で寝てたはずだ。
(いや、寝てた。間違いない。授業中、ヨダレ垂らして爆睡してた。)
でも、今は――タケシがいない。
代わりに知らん美少女が座ってる。
しかも、微動だにしない。
俺がじっと見てても、
まばたきすらしない。
(5分経過……変化なし。
あれ? 人ってこんなに動かないっけ?)
教室の隅、壁時計の秒針がコチ、コチ、とやけにうるさく聞こえる。
(……息してる?)
その瞬間。
ギチッ
背筋に氷を流されたような音が響いた。
彼女の首が、ゆっくりと、機械的に――
俺の方を向いた。
動かない瞳が、まっすぐ俺を射抜く。
「ほぇ?」
(あー…
これヤバいやつじゃん。)
夕日が、彼女の眼窩の奥まで照らしていた。
でも、
そこには何もなかった。
■ついてくんな!
~地獄の逃走劇~
校門を飛び出した俺は、理性を置き去りにして走る。
(いきなり瞬間移動ってどういうことだ!?)
※実はこの男、かなりのパニック状態
思考は混乱してるけど、脚は天才的に動いている。
逃げながらも、脳は妙に冷静に仮説を立てていた。
(何か……なにかルールがある。あの女、“背後”にいた。ということは――)
振り返る。
いる。
やっぱり30センチにいる。
(ぎゃっ!……やっぱりそうか!!)
「お、お前……背後に立たないといけないのか!? 」
俺は急停止し、幽霊の背後に回り込む。
(どうだ! 後ろをとったぞ!
さあ、どうなる?!)
だが、
スッ……
幽霊も一歩、すっと俺の背後へ
「合わせてくんなよ!!」
再びダッシュ。急ターン。背後へ。
スッ……
背後へ戻る。
ダッ スッ
ダッ スッ
ダッ スッ
「何この俊敏さ!?お前、幽霊ってもっとこう、ふわ〜ってしてるもんじゃないの!?
何?競技用?お前、プロのストーカーなの!?」
段々、俺の方がフットワーク負けしてくる。
「俺の背後に立ちたい執念なんなん!?結婚したいの!?」
やがて足がもつれ、
ズザッ!
床に転ぶ。手をついた。反射的に後ろを見る。
いる。30センチ。いつもの距離。
口が勝手に動く。
「ッ!……いやいやいや、今のは“試してやっただけ”だからな!?
こっちがルール探ってやってたのに、お前がノっただけだからな!?
ッ!!!!……なに勝ち誇ってんだよバグ女が!!」
視線が合う。
無表情。
でも、絶対こっちのこと見下してる。
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!
めちゃくちゃムカつく!!!!)
ダッッ
■逃走②
逃げても逃げても、
逃げても逃げても逃げても逃げても、
どこまで走っても、
奴はずっと――30センチ後ろにいた。
背後で「何かが動いている気配」だけが、一定の距離で張りついてくる。
息が切れて、脚が震える。
でも、後ろから漂う空気だけは、一定で狂ってた。
(これは執着とかじゃない。仕様だ。
たぶん“背後にいる”ってのが、こいつの存在条件なんだろうな。)
意識がどこか俯瞰に回る。
足元の感覚はぼやけてるのに、思考だけやけにクリアだった。
――そして。
気配がゼロ距離まで詰めてきた。
耳のすぐ横で、誰かが空気を食んでる。
「おrgじゃkjf@iejv;ldjvぽじょ」
ノイズみたいな音が、
直接耳元で囁かれる
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・
俺は振り返って、言った。
「うるせぇええええ!!」
「近いんだよ!!(怒)」
視線が合った。
反応はない。
でも、それでも言い続けた。
「お前な……
“背後に立つ”って行為そのものは、まあお前の習性なんだろうけどさ。
問題はそこじゃない。距離だよ、距離。
30センチってのは、人間にとって“反射的に殴る距離”なんだよ。
わかる? 生理的反応のゾーンにずっと居座ってんの。
……で、なにその顔。
ずっと無表情で見てくるけど、何が目的?
こっちが反応するまでテストしてんの?なんの検証?統計取ってんの?
ていうか喋れよ。コラ
こっち一人で喋ってんだぞ?
そういうの、会話って言わないからな?ストレステストだからな?
壁に向かって喋ってるのと一緒だぞ?
…てかお前、さっき殴られて消えたろ!?なんでノーリアクションで再登場してんだよ!
まず謝るとこだろ普通!!人として、いや霊として礼儀ってもんが――」
~
……2時間後
目の前の“何か”は無表情のまま止まってる。
なんだかさっきより目が死んでる気がする。
いや、
目、ないんだが
俺は手を広げ、少し腰を落とした。
「追いたいなら勝手にしろ。
でもここ――このライン
を越えたら、殴る。」
数秒の沈黙。
幽霊は、数歩下がった。
「そうそう。話せばわかるじゃん。
いや、話してないけど。なんか通じたし。」
俺は朗らかな笑顔を浮かべ
ゆっくり距離をとって、
優雅に踵を返す。
階段を下り、廊下を曲がり、ほっと一息。
(ふふ……
俺にかかれば幽霊とも分かりあえるのさ)
振り返った。
いる。30センチ。
「…………。」
無言で走った。
■ひらめいた
はぁはぁ…
(ダメだ……
このまま家に帰ったら、絶対ついてくる。)
教室、廊下、階段、グラウンド……。
すでにあちこちで“再登場”を繰り返された。
振り返れば必ずいる。
背後30センチ。無表情。無言。
いや怖い怖い。
じゃあどうするか。
!
逆だ。
「そうか……なるほどな……」
独り言の声が自然と漏れる。思考がまとまった瞬間だった。
「お前、さっきからワープしてくるの、全部家方面じゃね?」
ここで一歩、立ち止まって背後に向き直る。
「なぁ、お前さ――家方向にしかワープできない幽霊だろ。
要するに“目的地連動型”の霊ってやつ。違うか?」
返事はない。
でもさっきより気配が揺らいでる。
「……ふーん、なるほどね。」
俺は爆走した。
家の反対方向へ。
住宅街の道を逆走し、全力で叫ぶ。
「オラァ!!逆方向だぞ!!こっちはお前ワープできねえだろ!!
幽霊のくせにルール制限あって大変だなおいw!?」
振り返る。
ついてきてる。ちょっと困っている気がする。
(こいつ……想定外の動きに弱いタイプだな)
少しずつ距離が開いていく。
(やっぱりな……!)
走れるけど、ワープできない。
そして足は遅い。
ルールは見えた。
パターンは崩せる。
そしてしばらく走った後――ついに、視界から消えた。
「よっっっしゃああああ!!!」
ガッツポーズ。勝利の雄叫び。
自宅じゃなく、裏道から大きく遠回りして帰宅した。
■帰宅
辺りは夕暮れ。セミの声も終わって、風の音だけが残っていた。
遠回りして、用水路を越え、住宅地を抜け――
やっと家の前にたどり着く。
(よし……さすがに撒いた。
さすがのストーカー霊も、GPSなかったか。)
玄関を開け、振り返る。
いる。30センチ。
「……は???」
一歩、後ずさる。
「いやいやいやいや!!
お前、今の見た!?俺、大回りして帰ったんだが!?
え、そこ“帰宅ルート”ってことで許容されるの!?」
幽霊、無表情。
さっきよりちょっとだけ楽しそうに見えるのが、逆にムカつく。
■アホみたいな解決策
力も気力も、思考も枯れていた。
(もうだめだ…背後に立たれるのがダメ……
なにか、なにかないか!)
もう思考も限界で、選んだ選択肢は小学生が考えたようなくだらない方法だった…
家の横、柵と壁の間――
人ひとりがようやく入れるくらいの、狭い隙間。
俺はそこに迷いなく突っ込んだ。
背中を、コンクリの壁にガンと押しつける。
(ほら、来いよ……背後、もうねぇぞ……!)
呼吸が荒れる。心臓がうるさい。
「はぁ、はぁ
こいよ、ほら。後ろ立ってみろよ。
好きなんだろ?背後。欲しいんだろ?」
狭すぎて、後ろに入り込む余地はゼロ。
場が一瞬静まった。
「…」
「…えっ?」
幽霊は背後に入れず、
少しずつ薄くなり……
霧のように、完全に消えた。
沈黙。
夕焼けの風だけが、肌を撫でていた。
俺は壁に背をつけたまま、じっとしていた。
「…ほ?……おわり?」
■こんなんでいいのかよおおお!!
数秒の静寂。
俺は空に向かって叫んだ。
「え……これで終わり?
こんなんで……いい……の?
いや良くねぇだろ!!!
もっとこう……呪いだとか祟りだとかあるだろ普通!?」
返事はない。
夕焼けだけが、薄く笑っている気がした。
(……明日から学校どうしよ)
__________
その晩。
シャワーで目を閉じた瞬間、
耳元でふっと囁きが聞こえた。
「……ぁ……」
俺は全裸のまま家を飛び出すことになる――
それは、また別の話。
終わり
【緊急】え、なんか見えるんだけど 揺籠(ゆりかご)ゆらぎ @yuragi-111
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