第9話

午後一時、実技棟第七演習フロア。


天井の照明が白くまぶしいほど輝き、
その中央に、見慣れない人物が静かに立っていた。


黒い教官服。
鋼鉄のような眼。

UDB本部、戦術評価部から派遣されたA級戦闘教員──
石鏡 迅(いしばり じん)


周囲の空気は、すでに戦場の気配で満ちていた。


「本日の戦闘授業は、予定を変更する」


石鏡は淡々と告げた。


「S級侵入事件を受けて、
 “対事象戦闘の基礎応用”を前倒しで行う。
これは──命を守るためだ」


教室の空気がまた固まる。
午前の座学の余韻がまだ抜けていない。

石鏡は手に持つ戦闘用警棒を構え、
演習場へ一歩踏み出した。


「紅蓮、色即是空、トップの2人。前へ」


呼ばれた瞬間、周囲から微かなざわめきが起こる。
般若はまだ来ていない。


呼び出しに動いたのは──
リギアと迦白。

リギアは静かに前へ歩き、迦白も歩調を合わせた。


石鏡は二人を観察し、低く呟く。


「……欠員一。だが構わん。
お前はNo.2だな?戦闘経験は十分なはずだ」


迦白は無言で礼をし、
リギアは教官の目をまっすぐ返した。

冷たい緊張が、足元の床から這い上がってくる。



―――

石鏡は、構えた警棒の先端に霊圧を宿した。


「対事象戦闘において最も重要なのは──
 “判断の速度”。
体が動く前に、命が消える相手がS級だ」


その瞬間だった。
空気が凍りつくような衝撃波が、真正面から放たれた。

迦白とリギアは反射的に左右へ散る。
迦白の脳内には、一瞬で数十パターンの軌道解析が浮かぶ。


速い。
精密。
致死性がある。

(……本気ではない。それでも……)


石鏡の警棒が床を跳ねる。亀裂が走り、破片が迸る。

リギアが横から一歩踏み込む。その動きは鋭い。
ただし、圧倒的な速度で石鏡の眼が向く。


「──甘い」


次の瞬間、リギアの身体が後方へ吹っ飛ぶ。
迦白が即座に滑り込み、受け止めた。
衝撃は重い。肋骨に嫌な痛みが走る。


「っ……リギアさん、大丈夫ですか」


「……問題ない。まだ動ける」


二人はその場で即座に立て直す。
石鏡は淡々と足を止めたまま、ふたりを見比べた。


「悪くない。
だが──“S級”は、避けただけでは死ぬ」


彼はわずかに霊圧を上げる。
あまりの密度に、空気が震えた。


「お前ら次は“殺し合い”だと思え。受け身は一切とらん」


迦白の瞳の奥が細くなった。

(……これは、試験ではない)

午前の国守の言葉が脳裏で重なる。

──誰かが、学園の反応を試している。


午後の授業に現れたA級教官。
過剰な試験内容。
そしてこの殺気。


(この教官……意図がある。私たちを“測っている”。)


石鏡が踏み込む。
地面を叩き割るほどの、無音の踏み込み。

迦白は半歩進み、
リギアを背にかばうように立った。


「リギアさん、後方支援を」


「っ……しかし──」


「ここは、私が出ます。」


次の瞬間──
石鏡と迦白が真正面から衝突した。


短い激突音。
霊圧の火花。
床がえぐれる。


だが。

迦白の表情は、一切揺れていなかった。


さらに──石鏡の顔が、わずかに変わった。

驚愕。


(……私の打撃を、片手で……?
しかし、霊圧の流れが……おかしい)


おかしい……石鏡は気づいた。


迦白の手に握られたB級武器・鬼丸国綱。


刃に沿ってかすかな霊紋が浮かぶ。



──《護国》

迦白は能力護国の刃を発動し、攻撃を受け止めている。


しかしその霊圧の出力は意図的に半分以下に抑えられている。


(……防御式……いや、“守護の刀気”か……?
 しかも……完全に抑えている……)


石鏡の背筋を、冷たいものが走った。

(……こいつ。護国で“死なないこと”を前提に、こちらに殺意の有無を測らせている……?しかも手を抜いている……?)


迦白は静かに警棒を受け止めながら口を開く。


「……教官」


「……なんだ」


「私たちは、“訓練”をしに来ています。
 ──殺し合いではありません」


石鏡の握る警棒がわずかに震えた。
迦白の眼は、まっすぐだった。
恐怖でも虚勢でもない。
ただ、冷静な意志だけが宿っていた。

次の瞬間。

リギアが迦白の背に向けて叫んだ。


「迦白、来るッ!!」


石鏡の足元の霊圧が爆ぜた。
本当の攻撃が来る。

だがその刹那──
石鏡の動きが、ぴたりと止まった。

寒気。
凍りつくような悪寒。

(……“殺意”が消えた?)

迦白が──完全に構えを解いていた。
武器もない。
零の体勢。
“死ににいっているような無防備”。

そして石鏡は確信した。


(……ああ、これは……
 “わざと当たりに来ている”……!
 護国で“死なないことを前提に、こちらに殺意の有無を測らせている”……?)


まともに叩き込めば、迦白が死ぬ。


それを理解させるために、あえて。

石鏡の背が粟立つ。


「ッ……!」

咄嗟に出力を落とし、 攻撃を引き戻す。
その衝撃波だけが、床を深く抉った。

静まる演習場。

石鏡はゆっくり息を吐いた。


「……釈水。貴様……」


迦白は静かに頭を下げた。


「私はただ……本気のA級教官の一撃を“正面で受ける訓練”など必要ないと判断しただけです」


その言葉に、リギアも蓮華も息を呑んだ。

石鏡は考える。

(……こいつは、何を隠している……?
“手加減している”のは間違いない。
だが、その実力は──
 護国を“抑えてもこの余裕”……ありえん……)


石鏡の背筋に、未だ消えぬ悪寒だけが残っていた。

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NeXT Crown: The Rising Down 星屑少年 @kobby64

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