ギャラクティックナイト~宇宙翔る魔法使いとの約束~
宮城 英詞
プロローグ・宇宙翔ける魔女
宇宙空間をビーム光が切り裂く。
この日、宇宙貨物船「タカトビ丸」は惑星タサキ衛星軌道上で突如ドローン艦からの攻撃を受け、ブリッジは混乱の極みにあった。
「ジェネレータ限界!バリア回復間に合いません!」
「強力なジャミングがかけられています。通信不能!」
悲鳴のようなオペレーターの声を浴びせられ、丸々太った「タカトビ丸」船長タイロンはコンソールを腹立ちまぎれに殴りつけた。
「クソ!一体何だってんだ!確かにウチは非合法な物も積んじゃいるが、いきなりぶっ放すなんてありえねぇだろ!」
タイロンは、独立商船として星々を巡る傍ら、密輸や非合法品を輸送する仕事も行っている関係上、臨検されて中を調べられても、ごまかせるような準備は二重三重にしてある。
だが今回は違った。
惑星から宇宙に上がったとたん、電波をジャミングされ、いきなり発砲である。
これはもう口先だけではどうにもならない何かが起きていることは明白だった。
相手は宇宙軍のドローン艦2隻と、巡洋艦一隻。もうこうなったら逃げる以外生き延びる方法はない。
タイロンは歯ぎしりしながら声を上げた。
「エネルギーを全部バリアに回せ!この際推力が落ちても構わねぇ。落ちるに任せて大気圏に再突入するんだ!」
「このまま引き返すんですか?それこぞ燃え尽きちまいますよ!」
「撃ち落されるよりゃマシだ!バリアが持つよう祈ってろ!」
タイロンとオペレーターがそんな言い合いをしたその瞬間、船内が大きな振動に見舞われ、迂闊にもベルトをしていなかったタイロンは飲みかけのジュースのボトルと共にただでさえ低い天井に叩きつけられた。
周辺のコンソールがスパークし、一瞬電源が落ちて真っ暗になる。
「畜生!レールガン打ってきやがった!」
「メインノズルやられました!推力低下!」
もう、否が応でも再突入するしかない。
悲鳴のような部下たちを声を聴きながら、パニック状態で無重力の空間をもがき、何とか船長席にしがみつく。
「俺たちが一体何したってんだ!盗品の輸送なんか今時どこでもやっているだろ!衛星軌道の警備艇は何やってるんだ!」
もう、どうすれば助かるか全くわからない。
タイロンは船内のあらゆる警報が鳴り続ける中、自分の立場も忘れ叫んでいた。
このままバリアが持たなければ、この船は大気圏で燃え尽きてしまう。
逃げる足も、反撃する武装もなく、助けは呼べない。
もう駄目だ!
そう思った時、あるオペレーターからの言葉がさらにタイロンの神経を苛立たせた。
「船長!客の一人が外に出るから貨物ハッチを開けろと騒いでます!」
タイロンはその言葉にこちらの気が狂いそうだった。
「出たきゃ勝手にしろ!」
錯乱した客の相手をしていられる状況か!
タイロンはオペレーターに怒鳴りつけると、イライラしながら再度席につき、シートベルトを締めようと揺れる船長席でもがいた。
そして、何とかベルトを掴んだその瞬間、帰って来たオペレーターの言葉にタイロンは耳を疑う。
「『勝手にする、荷物を頼む』と言っています!」
「へ?」
タイロンが戸惑うオペレーターの言葉を思わず聞き返した次の瞬間、「タカトビ丸」は今までで最大の激震に見舞われた。
ベルトをし損ねたタイロンは今度は左の壁に向かって吹き飛ばされる。
どうやら中から何者かが船体を破壊したようだった。
「何なんだ!?」
船長席に戻ることもできず、ブリッジの船窓から外を伺うタイロン。
そこからは、「タカトビ丸」から飛び出す、奇妙な飛行物体が見えていた。
ブリッジの横を飛ぶ不可思議なにか。
その光景に、オペレーターたちは皆我が目を疑う。
それは、紛れもなく変わった装甲宇宙服を着て、棒状の何かにまたがる人の姿だった。
「宇宙服?人?」
そして、皆見守る中、それは軽くこちらに手を振ると、ブリッジ前でターンして「タカトビ丸」の後方に飛んでいく。
棒の先についたノズルから噴射光が噴き出すのが見え、それがさながら、箒に乗った魔法使いのように見えた。
そして、後方で煌めく閃光、爆散する一隻のドローン艦。
その光景をブリッジの一同はモニターで呆然と見守っていた。
「魔法使いだ……。ばあちゃんが言ってた通りだ……」
その中、タイロンは小さくつぶやいていた。
宇宙船乗りの間で語り継がれる、今は幻となった魔法使い。
それが、今目の前を飛んでいる。
タイロンは自分が相当厄介な「荷物」を積んでいたことにようやく気付かされていた。
魔術士アテナは宇宙を飛ぶ。
「……まったくせっかく帰れると思ったら船ごと沈めようとするなんて。なんてしつこいのかしら」
すれ違いざまドローン艦を魔法で撃沈した魔女は、そんな愚痴をこぼしながら180度回転し、減速を開始した。
減速から加速へ、ドローン艦と「タカトビ丸」との相対距離がどんどん近くなる。
すると彼女のまたがる杖型の「使い魔」「アンジェロ」の先端がチカチカと光りだした。
「……なに?船を壊すのはやりすぎだって?」
脳内に流れ込むメッセージにアテナはヘルメットの中で憮然とした顔をする。
「仕方ないでしょ!アンジェロ。こうでもしなければ今頃船もろとも沈んでいたわよ!民間人を巻き添えにしないために、少しの犠牲で、時間を短縮したのよ!」
自分のまたがる棒に叫ぶアテナ、それに彼女の使い魔はさらにチカチカと光った。
「……少しじゃないから今まさに沈みそう?……もう!そうならないように、いま必死に頑張っているんじゃないのよ!」
アテナがそう言った瞬間、彼女のヘルメット内にアンジェロからの警報が流れる。
それは自分に向かって数発のミサイルが向かってきていることを示していた。
「来た!」
それに、アテナは姿勢を低くし、しっかりとアンジェロにしがみつく。
そして目を閉じて精神を集中し、ミサイルの気配を「察知」した。
「……思考型ミサイル10!すり抜けるわよ!」
そしてアテナはアンジェロを操作し、ミサイルに向かう。
杖にしがみついた人間が回転しながら、自分を狙って飛び掛かって来るミサイルの隙間を次々とすり抜けすれ違っていく。
その姿は、到底人間にはできない芸当。
反射神経を超えた「予知」を使ってできる荒技だった。
そして見えるドローン艦と巡洋艦。
そこからは次々と小型ドローンが飛び立つのが見える。
それは次々に加速して「タカトビ丸」を取り囲もうとするのが見えた。
アテナはそれを「感じ」舌打ちをしてさらに加速する。
「母艦機能まで付いているの?本当にしつこい!」
そう言うと、アテナはアンジェロの先端を前方のドローン艦に向け、両手から魔力を注ぎ込んだ。
「エナジー・レイ!」
次の瞬間、アンジェロの先端から光が煌めき、ドローン艦を貫く。
そして起きる爆発。
エンジンにダメージを食らい推力を失ったドローン艦はずるずると引力にひかれて後退していく。
アテナはそれを追い越すと、今度はようやく目視できるようになった「タカトビ丸」の周囲を飛ぶ小型ドローンに向かった。
「……一気に全部は無理だけど奥の奴から仕留めるわよ!」
そう言うとアテナは大きく手を広げたのち素早く印を結んだ。
アンジェロがそれに反応して光り輝き、アテナの背後にいくつかの魔法陣が現れる。
「マジックミサイル!」
彼女がそう叫ぶと魔法陣は光り輝く矢となって、正確にドローンを射抜いた。
ドローンは次々と爆散し、「タカトビ丸」とアテナたちに無数の破片が降り注ぐ。
アテナは、それを魔力シールドで防ぐと、さらに残ったドローンたちに意識を向けた。
だがそれは、ヘルメットの通信機に飛び込んで来た無線で中断を余儀なくされる。
『……こちら「タカトビ丸」後ろの魔法使い!聞こえてるか!』
「なによ!こっちは忙しいんだけど!」
どうやらドローン艦が破壊されたせいか、通信が多少は回復したらしい。
雑音交じりの船長らしき人物の声に集中を乱され、アテナはイラっとしながらそれに答える。
『こっちはバリアが限界で、大気圏突入ができるかどうかだ、近くでドンパチやられちゃ破片が防ぎきれねぇ。可能なかぎりドローンを引きはがして、せめて後ろでやってくれ!』
「だからやっているわよ!可能な限り!」
いかに魔法使いと言えども、この状況でそんな器用な事できるわけがない。
大魔法で吹き飛ばす方法もあるが、それでは「タカトビ丸」にも被害が及ぶ。
これでも気を使って魔法を選んでいるのだ。
苛立ちを魔力に変え、さらに魔の矢が飛ぶ。
「タカトビ丸」の周囲には幾多の爆発が起き、周囲に破片をばらまいた。
『ひぃぃぃ!母ちゃーーーーん!助けてーーーー!』
通信を斬る余裕がないのか、本格的な悲鳴がヘルメットに届く。
多分、船内は至近距離の爆発で大揺れに揺れているようだ、船体にもいくつか穴が開いている。
バリアが無ければ、大気圏で本当に燃え尽きてしまうだろう。
だがアテナは、周囲に飛び交うドローンの対応の為、それにかまう余裕は全くなかった。
「死にたくないなら我慢しなさい!」
彼女は通信にそう怒鳴り返しながら、さらに数発の魔の矢を放ち、破片をシールドで躱す。
たちまちドローンはその数を減らし、そして「タカトビ丸」は大気圏に突入していった。
そのうち、残ったドローンも大気圏で燃え尽きていく。
そして通信も、遠ざかり徐々に聞こえなくなっていった。
「……どうやら沈まずには済みそうね」
どんどん降下していく「タカトビ丸」を見送りながら、ようやくアテナはほっと胸を撫でおろした。
そして振り向いたその瞬間、アテナの目に映ったのは。
ミサイルが背後から自分に向かってくる姿だった。
「え?」
どうやら先程から、アンジェロが警報を鳴らしていたらしい。
いくつものドローンに気を取られて、まったく気づいていなかった。
そして、彼女が危険をようやく認識したその瞬間。
アテナは自分を狙ったミサイルが目前で炸裂するのを目撃した。
「「ウイザードA」大気圏内に落下していきます!」
モニター上で、ミサイルの爆風に吹き飛ばされた「魔法使い」が落ちていくのが見える。
オペレーターの報告に巡洋艦「ブラウニー」艦長ロスはやれやれと胸を撫でおろした。
「まさかとは思ったが本当に魔法使いだったようだな。惑星外への逃走を防げたのが何よりという所だが……」
言いつつロスは手元のモニターに目を落とした。
ドローン艦一隻轟沈、一隻大破し、ミサイルでも仕留められた痕跡はない。
被害は甚大。作戦目標はいまだ果たせず……。
明らかに事態は悪化している。
これが一人の魔法使いによってもたらされたとは、信じがたい話だ。
しかも、どうやらミサイルの爆発にも耐えているらしい。
まったく、こんなものを見ているとまじめに軍人をやっている自分が馬鹿らしいとすら思えてくる。
ロス艦長は、そんな事を考えながら舌打ちすると、険しい顔で部下に指示を下した。
「艦隊司令部に暗号で打電だ!『我、逃走阻止に成功するも魔法使いの妨害に遭い「ウイザートスマッシャー」の確保に失敗せり。』だ。」
通信士がそれを復唱して、暗号に変換し通信を送る。
「……おそらく魔法使い同士の争いになるな、これは」
艦長席で深く息を吐くと、ロスはそう小さくつぶやいた。
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