青の女王

雨宮 瑞樹

第1話 序章

 グラン王国を統率する一人の若き女王が、独特の赤く大きな瞳を見開いた。

 整った顔立ちによく映える目の色の赤は、より一層強く光っている。

 そして、城の広場に集まった国民を前に、高らかと声を上げた。


「私は、赤の女王である。私が目指すべきは、この国を高みへと導くことだ。そのために、国民はさらなる忠誠を私へ示せ。その証明として、これから述べる二点を厳守せよ」

 耳元に光る赤いイヤリングが大きく揺れる。そして、白く細い人差し指を青空へと突き立てた。

「一つ。労働に対する対価、及び栽培した食料は、すべて宮殿で徴収したのち、国民へ分配することとする。これは、差別ない等しい生活水準をすべての国民に与えるためである。

 二つ。国民は、女王へのさらなる忠誠心を求める。皆は、常に監視の目を周囲に向けろ。女王に歯向かうものを発見した場合は、即刻通告せよ。城は、反逆者に対して、容赦しない。捕らえた者は、生涯罪人もしくは、死罪をもって、償うこと。一切の異議は許さない。」

 赤の女王は、瞬き一つすることなく、赤く光る瞳を真っ直ぐに向け続ける。

 さっと風が吹き荒れる。女王の束ねた金色の髪は、一切乱れることはない。

 


 演説を聞いた者たちは酒場に集まり、怒りを口にしていた。

「十年前にグラン王が亡くなり、あんなガキに政権を握らせた時点で、この国は死んだも同然だったんだ!」

「今だって、俺たちの暮らしは兵士の厳しい監視のもとにある。それに飽き足らず、今度は言論統制まで敷き、国民自ら監視し合えときている。頭がいかれているぜ」

「しかも、汗水たらして儲けた金や食料を、全部城に集めるだと? 全部ぶんどるの間違いだろう! ただでさえ、こっちは生きていくのにぎりぎりの生活をしてるっていうのに……ふざけんな!」

「もう、我慢の限界だ」

「これ以上ガキの我儘に振り回されるのは、御免だ! 本格的にレジスタンス活動を活発化させて、宮殿を潰そう! ジャン。今こそ声をあげ、立ち上がろう!」

 白銀の髪色をした男が腕を突き上げた。周りの男たちはその熱で、体の内側に火が付いたように鼻息が荒くなる。

 ジャンと呼ばれた酒場の店主は、束ねた黒髪と髭を一層黒くし、腕組みをして特徴的な鉤鼻の上の眉間に深い皺を寄せて黙り込んでいた。その横で、男の肩くらいの背丈の黒髪少年が「父さん」とガラガラと声変わりしたての声で彼を呼んだ。

 本来透き通った丸く茶色い瞳を濁らせて、心配そうな顔をして俯きこむ。父さんと呼ばれたジャンは、組んでいた腕を解いて、少年の茶色い頭をクシャっと撫でた。

 

「アレス。お前は、母さんの様子を見に行ってくれないか? 今日は特に具合が悪そうだ。そろそろ、水分を取らせないと」

「……わかった」

 アレスは言われた通り、ドアの奥へと後ろ髪を引かれるように何度も振り返る。ジャンは、大丈夫、心配するなと、笑顔で奥へ行くように促した。アレスは、頷きドアを押して、その奥へと姿を消す。それを見届けると、ジャンはより一層険しい顔をして重い口を開いた。

 

「アイザック。俺は……反対だ。そんなことしたら、内戦に発展する。もっとたくさんの人が死ぬぞ」

 重々しくいうジャンに、白銀の髪を振り乱しアイザックは机を叩いた。そして、怒りを堪えきれずに立ち上がる。

 机に乗っていた赤ワインが入ったグラスが衝撃で倒れていた。ポタポタと床を濡らし、血のような赤溜まりを作っていく。

「おい、この期に及んで、何腑抜けたことを言うんだ? たった今も、たくさんの人が宮殿の我儘のせいで、死んでいるんだぞ?」

 アイザックの拳が震えている。

 アイザックには、妻がいたが、いわれのない罪で宮殿に捕まり、殺された。

「俺の親も最後は、まともな食べ物にもありつけず死んだ」

 他の者も、声を上げる。床はさらに面積を拡大させて、赤を広げていた。

 ジャンの黒々とした瞳が揺れて、ドアの奥へとやる。その瞳は、愛する妻を気遣う色が見え隠れしていた。

 アイザックは、ジャンを追い詰めるように言い放っていた。

 

「お前の大事なソフィアは、病でまともに動けないし、まだ子供のアレスが心配になるのは、わかる。だが、このままでは弱っていくのをただ見ているだけだ。宮殿には、一般人からせしめた薬だって保管されている。その中にソフィアへ効く薬だってあるかもしれないんだぞ。俺たちが動けば、宮殿が囲いこんでいる薬を放出できるかもしれない。ジャン、レジスタンスの存在理由は何だった? 宮殿が悪に傾かないように、抑止力となるためのレジスタンス、だったろう? 今まさに、宮殿は更なる悪政を敷こうとしている。国民は、苦しんでいる。これ以上見て見ぬふりをするのか? 今動かずに、いつ動く? 今こそ俺たちが立ち上がり、宮殿を潰し、開放させるべきだ」

 

 アイザックは、石のように微動だにしなくなったジャンを見限ったように捨て置いて「ファミルじいさんもそう思うだろう」と、隣で静かに話を聞いていた白髪頭へ話を振っていた。無表情ではあるが、面長の顔には、消えることのない無数の皺が刻まれている。彼もまた、多くの苦労と痛みを抱えていることは、誰もが知っていた。

 

「ジャン。わしは、君たちよりも長く生きている。昔の宮殿は、今とは比べ物にならないほどに国民に寄り添った政治をしてくれていた。それ故の、サルミア王国との平和条約だった。

 だが、今はどうだ? 赤の王女が政権を握った途端、我々を苦しめるばかり。真っ暗な地獄しか見えん。クーデターを起こした方が、よっぽど明るい未来がみえる。そちらの希望の方が、はるかに大きく、子のためにもなるのではないだろうか」

 あくまで冷静に分析した結果だというように、ファミルの声は静かだった。

 目で判断を委ねてくるファミルに、ジャンは目を逸らすことしかできなかった。

 いいたいことは、わかる。だがと、ジャンは拳を握る。

「レジスタンスは、クーデターを起こすために存在するのではない。誰の血も流さず、言葉で訴える方法を模索した結果の組織だったはずだ。……暴力では何も解決できない。破壊は、さらなる悲しみと憎しみを生み、泥沼の世界へと導くのではないか?」

 ジャンは、ぞうきんを手にすると、床に膝をついた。

 こぼれた赤ワインのシミを、吸い取る。白かった布は、あっというまに赤く染まっていた。悪臭まで放っている。

 アイザックは怒りをまき散らしながら、屈んでいるジャンの胸ぐらをつかみ、無理やり立ち上がらせた。

「お前の兄は、宮殿に仕える兵だからか? ……最終的に、ジャンはそっちの肩を持つということか!」

 白シャツの胸倉をつかまれてたジャンの顔に複雑な感情が浮かんでいる。

 ジャンは、アイザックの手を振り払った。

 ジャンの脳裏に、兄の存在がちらつき首を振る。兄は関係ない。

 だが、アイザックが言っていた通りアレスとソフィアが、自分の足かせとなり、年々重みを増していることは確かだった。自分の保身のために、家族を守りたいがために、動けなくなっている自分が確かにいる。

 ジャンは目をつぶり、ゆっくりと息を吐いた。

「俺が宮殿へいって、訴えてくる。民の現状、苦しみ、不満。すべてを伝えてくる」

「正気か? そんなことをすれば、お前は殺されるぞ」

「アイザックの言う通り、宮殿には俺の兄がいる。他の誰かがいくよりも、安全だ。それに、そこまで宮殿は腐っていはいないと……俺は、信じたい」

 ジャンは、そういって手に持っていた雑巾を流しへと持っていく。蛇口をひねり、雑巾を洗い流していく。

 水を含んだ布は、重みを増す。石鹸をまぜ、ごしごしと布をこすり合わせる。しかし、赤いしみは、いくら洗っても消えることはなかった。

 

 アレスは、ドアの隙間から大人たちの会話をすべて聞いていた。まだ子供のアレスは、非力だ。話し合いにも参加できず、力もない。

 せめて、自分が大人だったら。父さんが心置きなく宮殿と対立できるように、俺が母さんを守れるくらいの強さがあれば。

 アレスは、そう思わずにはいられない。もどかしい気持ちを噛み砕くことしかできなかった。

 

 


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