どうか、裏切って。

さがわにら

さあ

あなたは人に祈られたことがある?

私はあるよ。だれかが私のことを、なにかに祈ってくれたこと。

でもさ。祈りは無価値だよ。


思うだけ、願うだけ。

そんなもので世界が変わって御覧なさいよ。この世界はきっと、もっとぐちゃぐちゃで、楽しくて美しかったんだろうなあって思うよ。

残念ながら私には祈る神様なんていないし祭壇もないし、祝詞もない。


私ただひとつだけ、祈りに価値をつける方法を知っている。簡単なことだ。

「あなたの幸せを祈ってるよ」

「無事でありますように」

「早く元気になってね」

こう私があなたに言う。

それだけ。全部嘘でもいい。

神に届かなくたって、あなたに届けば、それはもう祈りになる。

あとはあなたが私の神様になって、祈りを叶えてくれればいい。


……でもさ。かなえられる祈りなんて価値がないんだよね。私には信仰がない。信仰のないものの祈りが叶えられるなんて不公平じゃない。今だって必死に祈ってる人がいるよ。足を洗うんだっけ?右手で額に軽く触れる?二回礼をする?私はなんにもしてないよ。


それなのに叶うなんて、おかしいじゃない。福音書にも書いてある。

「狭き門より入れ」って。

私の祈りはがばがばで広すぎる。誰でも通れる。

だから通じないでほしい。神様がいない証明になっちゃう。


私は祈ってもらったことがあるよ。信仰なんてまるでない友人が祈ってくれたよ。あの瞬間私は彼女の神になった。

あなたの期待、誰かの願い、誰かの勝手な希望を押しつけられた。

神様がいないと証明するために


わざと私は間違えたよ

わざと車の前に飛び出たよ

わざわざ君の眼を見ながらやったよ


祈りは呪い。呪いは解きたいとおもうでしょ。あなたって何も考えてないんだ。

性善な君は反射で祈るよ。

神様なんかじゃない私は祈りをキャンセルするよ。 


それでも私は君に祈る。願いを込めて。

崇拝でも救済でもなく、ただの衝動で。私の祈りをどう扱うかはあなたに任せる。

マッチみたいに燃やしてもいい。

チラシみたいに捨ててもいい。

落書きみたいに笑ってもいい。

ただ、ひとつだけ、私の祈りを叶えないで。


わたしがあなたに祈ったの。だからあなたは私の神様なんでしょう?

私に祈られた神様へ。だから、あなたは私の願いを叶えないで。神様がいると証明して。信仰のないものの祈りは聞けないよって、言うんだよ。神様がいるんだったら!私の祈りは通じないはずでしょう?


私があなたを神と呼んだなら、

あなたは私の祈りを聞いてはいけない。


ねえ、愛してるから。

お願いだから――私を裏切って。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうか、裏切って。 さがわにら @Weareheroes

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ