魂と演算:AI世代の「物語」論争

@slamdank

第1話 徹夜のコーヒーと、AIが弾き出した最適解

Aパート


​深夜3時17分。都内の築古アパートの一室には、冷めきったコーヒーと、灰皿から立ち上る煙草の匂いが充満していた。火野誠(32歳)は、古いボールペンを握りしめ、唸り声をあげる。デスクの上は、修正液と赤ペンで汚れた原稿用紙の山だ。


​「くそっ……違う、違う!このセリフじゃ、あいつの痛みが伝わらない!」


​彼は渾身の力を込めて書き終えた一文を無造作に破り捨て、新しい紙に力任せにペンを走らせる。主人公が迎える物語の「転」の局面。


読者の心を掴むには、生半可な言葉では足りない。


​物語は、作家が魂を削ってこそ生まれる。感情を絞り出し、血を流してこそ、読者の心臓に突き刺さるんだ。


効率?そんなものは創造性の対義語だ!


​全身の疲労と引き換えに、ようやく納得のいく一文が生まれる。彼は額の汗を拭い、深い満足感を覚えた。これこそが、命を懸けて書くということだ。

​しかし、ふと開いたネット小説サイトのランキングで、上位を占めるのは、**「AIが構成した」「ストレスフリーな最適解」**という謳い文句の作品群。火野はそれを嘲笑する。


​「こんなのは小説じゃねえ。魂を伴わない、ただのデータだ! 俺のこの徹夜の苦悶が、お前らの出力する薄っぺらな物語より劣るわけがない!」


Bパート


​同時刻。火野のアパートから電車で数十分の場所にある、高層マンションの一室。

​澄堂律(25歳)は、照明を落とした窓際で、最新モデルのタブレットを操作していた。指先には、AIが瞬時に並べたキャラクター設定の「論理的な矛盾点」と、それを解決する「複数の最適解」のリスト。

​律は迷いなく、読者の離脱率が最も低く、物語のテンポを崩さない選択肢をタップする。


​感情は雑音。物語とは、論理とデータに基づいた、最高のエンターテイメント設計図であるべき。


なぜ、わざわざ無駄な苦労をしたがるの?


​彼女の執筆画面には、まるで建築設計図のように、完璧な構成が組み上がっていく。彼女の小説は高評価だが、時折「感情が薄い」「機械的」という批判も受ける。


律はそれを冷静に分析する。


​「紙とペン?それは書き直しを前提とした、非効率の象徴です。私たちが生きているのは、技術革新の時代。ダイナマイトで山を切り開けばいいのに、なぜツルハシで汗を流すんですか?」


​完璧な効率化を実現したはずなのに、彼女の胸の奥には、AIが計算できないわずかな虚無感が張り付いていた。


​ Cパート


​火野は、AI小説を批判するネット掲示板に、怒りを込めて書き込んだ。


​魂の職人: AIは人間的な『痛み』を知らない。そのセリフには血が通っていない!時間をかけて魂を込めて書いた一文こそが、永遠に残り続ける価値を持つ!効率だけで物語を語るな!

​その投稿を見た律は、一瞬にして眉をひそめた。古い感傷的な思想だ。


​彼女は迷いなく、キーボードを叩く。 


​最適化の設計士: その『血が通った』とやらが、読者にとって退屈な冗長な文章なら、それはただのゴミです。永遠に残る価値?それはあなたの自己陶酔。私たちは、読者の時間を奪わない合理的な物語を作る義務があります。


​火野は、その冷徹で理路整然とした言葉に激しい怒りを覚える。


「こいつは、俺の全てを否定している!」


​律もまた、この「魂の職人」の、感情的ながらもどこか読者を惹きつける熱量に、作家として強い興味を抱く。


​――こうして、最も遠い場所にいる二人は、匿名という仮面の下で、物語の未来、そして道具との向き合い方を賭けた激しい論争を開始するのだった。

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