八津剣教授の伝奇的講義

そのみやひろむ

第1話 一つ目小僧




 ――子供の頃から変なものが見えた


 屋根の上で赤い旗を振る変な子供を見た。次の日、その家は火事で燃えてしまったのを覚えている。排水溝はいすいこうを塞ぐ金属のさくから何本も伸びる細長い腕。数日後、その柵が外れて子供が落ちて死にかけた話を聞いた。


 曇り空の向こう、長くて大きな腹を波打たせて泳ぐ大きなものを見た。


 次の日――未曾有みぞうの台風が列島を襲った。


 あたしの見てきたそういうものがほとんどの人には見えないこと、見えないことが当たり前だと知ったのは物心がついた頃だったと思う。


 ちょうど8歳くらいの頃、ショッキングな出会いがあったからだ。


 あの日の出会いは今も忘れない。その出会いとは――。




「おやめなさぁぁぁーーーい! 人食いなど以ての外でぇぇぇーーーす!」

『ああああああああッ!? 待って待って待って! いたいたいたやぁーッ!?』




 美少年が一つ目小僧をジャイアントスイングしていた。


 それはもう豪快にだ。大きな独楽こまのように回る美少年の両足はじくとなり、地面に穴を開けるドリルになりそうな勢いだった。見ている方が目が回りそうなくらいの速さで回っていて、つむじ風がビュウビュウ吹き荒れていた。


 あのままだったら竜巻になったかも知れない。


 ここは近所の裏山――人が寄りつかない鬱蒼うっそうとした森の奥。


 探検ごっこでいつもより奥まで潜り込んだあたしは、見たこともない小さな神社を見つけたところで、あの一つ目小僧と出会でくわしてしまった。


 小僧といったけど山みたいな大男だ。


 皿よりも大きな単眼たんがんを輝かせ、一つ目小僧は襲ってきた。


片目かため片脚かたあししるしをつけられし者……久し振りのにえじゃあああああああッ!』


 やれ嬉しや! と一つ目小僧は大口を開けてかじりつこうとする。


 齧りつかれるのは他でもない――あたし・・・だ。


 抵抗するどころか泣き叫ぶ余裕もなく呆然とするあたし。為す術なく食べられようとしていたのだが、そこへあの美少年がやぶを突っ切って現れたのだ。


「何をしてるんですかあなたぁぁぁーーーッ!」


 礼儀正しい口調で怒鳴り声を上げながら割り込んでくる美少年。


 彼はロケットみたいなドロップキックを一つ目小僧に横っ面にお見舞いした。それは大きな顔へ攻城弩バリスタよろしく突き刺さった。


『ほげえぇっ!? こ、この無礼者がぁ!? 何するか小僧ぉ!』


「無礼は先刻承知です! 先に謝っておきます、誠に申し訳ありません!」


『――えるぼぉ!?』


 今度は美少年の肘打ちエルボーが杭を撃ち込むように炸裂さくれつした。


 後から気付いたのだけれども、手荒な真似をする前提ぜんていで謝ったらしい。


 そこから一つ目小僧と取っ組み合いの喧嘩に……なったはずなのだが、すぐ美少年が優勢となり、気付けば一方的な暴力となっていた。


 コブラツイスト、タワーブリッジ、四の字固め、バックドロップ……。


 力強いプロレス技で一つ目小僧を打ちのめしていく。


 とんでもなくパワフルだが――見惚みほれるほどの美少年だった。


 細面だけれど骨格がしっかりした顔立ち。目鼻立ちの主張は控え目なのに美しく整っており、切れ長な瞳は凜々しくも力強さを備えていた。声色も涼やかに聞こえるのに、一つ目小僧へチョップを食らわせる掛け声は雄々しくも猛々しい。


 そう、美声だがとんでもなく声が大きいのだ。


 柔らかそうな頭髪は適度に伸ばしており、金色の強い茶に輝いていた。


 背は高いけど線は細い。なのにパワーファイターだ。


 明らかに自分よりも身長が高くて体重も五倍くらいありそうな一つ目小僧。重量級の大男にしか見えない彼をぶん回せるのだから腕力もスゴい。


 美少年といったけれど――ひょっとすると美青年かもしれない。


 子供が分け入れる裏山だが、山歩きには向いてなさそうな真っ黒い喪服もふくみたいなスーツを着ている。若く見えるけれど大人の可能性もあった。


 ――忘れられた神社前での一本勝負。


「いいですか、約束なさい! 悪戯に人を襲わない! あなたの場合、正しい誓約ルールがあるはずです! それ以外では無闇に人を食べないこと! さんはい!?」


 繰り返しなさいリピート・アフタ・ミー! と美少年は迫っていく。


『む、無闇に人は食わん! ちゃんと誓約せいやくに従うぅぅぅ!?』


 美少年のベアクローが一つ目小僧の顔面に驚くくらい食い込み、そのまま一つ目を潰してしまうのではないかと不安になる握力を発揮していた。


 これがフィニッシュとなり、一つ目小僧は負けを認めた。


『ま、参った! 降参じゃ! もう勘弁してくれぇぇぇぇ……ッ!』


「わかっていただけましたか、ありがとうございます」


 美少年は一つ目小僧を解放し、これまでの非礼を詫びるように言った。


 ひとつしかない眼球から壊れた蛇口みたいにドボドボと涙をこぼす一つ目小僧は、本当に反省したのかきちんと正座していた。それを認めた美少年は大きなため息をひとこぼしてからアタシの方へ振り返る。


「お怪我はありませんでしたか――お嬢さん?」


 あたしは呆気に取られてしまった。


 年上のカッコいい美少年から爽やかな笑顔を送られたことにドキリとしたけど、それ以上に女の子として扱われたのが嬉しかった。


 当時、あたしはやんちゃすぎて男の子と間違われることが常だった。


 家族以外で初めて女の子として認めてくれた。


 そのことに8歳の幼さながら舞い上がったことを覚えている。


 コクコク、と無言で頷いたあたしに美少年は手を差し伸べてくれる。自分の腰が抜けていることに気付いたのはその時だった。


 優しく手を引かれて立ち上がるのだが、左脚に痛みを覚えた。


いた……っ!」


「おや、足をくじいたのですか? それにその右眼……」


 この時、あたしは右眼に眼帯をつけていた。


「あ、はい……これ、ものもらい・・・・・ができて……お医者さんで治してもらったんですけど、まだちょっとはれれが引かないから……」


「右眼左脚に怪我……なるほど、それで誓約ルールに引っ掛かったわけですね」


 ふぅむ、と美少年は何やら納得していた。


 美少年も気になるが、目の前で正座する一つ目小僧も無視できない。


 2mは超えていそうな筋肉ムキムキの巨漢きょかん。正座しているのに立っている美少年とそう変わらない大きさだから、身長は3m近いかも知れない。


 顔だって普通の人間の五倍くらいありそうだ。


 ツルツルの頭頂部は鬼の角にも見えるこぼがボコボコと膨らんでいて、側頭部から生える髪はザンバラで伸び放題だった。


 大きな顔面に大きな一つ目――おぼんくらいのサイズ感。


 着ているのはお坊さんとか神主さんとかが着ていそうな和服なのだが、原型を留めないくらいボロボロに着古きふるしていた。


 明らかに人間じゃないが、あたしは訊かずにはいられなかった。


「あの、この人・・・はいったい……なんですか?」


「人ではありません――このかたは神です」


 美少年の断言に誰よりも食いついたのは一つ目小僧だった。


『おおおっ……御主! わしを神と認めてくれるのか!?』


 だとしたら神様に散々プロレス技を仕掛けたのは失礼極まりないのではないか? と思ったがあたしは空気の読める子なので黙っておいた。


 泣き止みかけた一つ目小僧が、今度は感激の涙をこぼしていた。


 その単眼を見据えたまま美少年は語り出す。


「ええ、認めますとも……大勢たいせいの神々をまつる者たちによって、忘れるように仕向けられていき、闇へと消えゆくよう追いやられた古き神々……」


 あなたもその一柱ひとはしらです、と美少年の声は哀れみを帯びていた。


『おうおうおう……まだ、儂のような神を知る者がおってくれたか……ッ!』


 これを聞いた一つ目小僧は声を上げて泣いていた。


「神、様……一つ目小僧じゃなくて?」


「一つ目小僧もまた神なのです……いえ、神だったのです」


 美少年は幼いあたしにもわかる言葉で教えてくれた。


 これが現在の彼・・・・ならば「柳田やなぎだ國男くにおが一つ目小僧その他という論文ろんぶんを遺しておりましてね、妖怪とは神の零落れいらくせし姿で……」と長い講釈こうしゃくを垂れたに違いない。


 だが、この時は言葉を選んでくれた。


 幼いあたしにもなるべく理解できるようにだ。


「古い神々は人身ひとみ御供ごくう……生々しい捧げ物を求めたのです。イケニエ・・・・という言葉をどこかで聞いたことがあるでしょう? あれはほとんどが人間です」


 かつて山の神は一つ目一本足だった。


 その姿にあやかることもあれば、おもねることもあったという。


「生け贄の人間をその他大勢の人間と区別するため、神への捧げ物として片目を潰して片脚を折ったといいます。つまり、山の神と同じ姿にしたのです」


 あるいは――生け贄を山の神に見立てる。


「一つ目一本足にされた人間は山の神そのものとなり、一定期間は神として集落から敬われます。しかし、その期間が過ぎれば本物の山の神へ捧げるべく、あるいは本物の山の神となるよう……儀式にのっとって始末されてしまうのです」


「始末って……ッ!?」


 美少年は幼いあたしに気遣きづかって、殺すという字を使うのを避けてくれた。


 そして、さっきから出てくる誓約を理解する。


 治りかけのものもらいを隠すための眼帯と、山登りの途中で軽くくじいた足。このふたつが一つ目小僧の誓約ルールに触れてしまったのだ。


 山の神に捧げられた生け贄だ、と彼に勘違いさせてしまったらしい。


『もう何百年も……人の子はわしまつらなくなった……』


 ようやく泣き止んだ一つ目小僧は、正座したままポツリと呟いた。


『昔は儂と同じ姿をした者をにえとして差し出してきたが、やれ高天原たかまがはらの連中がどうとか神道の仕来しきたりがどうとかとこじつけて……奉り方こそ変わったものの、それなりの供物くもつ祭礼さいれいはしてくれていたので大人しくしておったが……』


「忘れ去られたから暴挙ぼうきょに出たのですね?」


 美少年の言葉に一つ目小僧は泣きながら訴えてくる。


『だって腹減ったんじゃもん! 奉ってくれれば信心でまかなえたが、にえも捧げ物も奉りもしてくれなければ、祟り神になって無理くり徴収ちょうしゅうするしかあるまいて!』


 神様でも「~もん!」って言うんだ、とあたしはビックリした。


 美少年は眉根まゆねを寄せてため息をつく。


「そんなことすれば罰せられるに決まってるじゃありませんか」


 わたくしでまだ良かった、と美少年は一つ目の神様をさとした。


「これが神道系のうるさい神様だったり、手加減一発で邪神も殴り殺す退魔師たいましだったりしたらあなた……今ごろ塵も残さず退治されていますよ?」


『ひぃ……嫌じゃあ、消えるのは嫌じゃあ……ッ!』


 また泣き出しそうになる一つ目小僧の瞳を美少年は覗き込む。


 それもガチ恋距離の間近まぢかでだ。


「そこでです古き神よ――ひとつ私から提案があります」


 るかるかはあなた次第です、と美少年は選択肢を突きつけた。


   ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「……あれで良かったのかな?」


 あたしは肩越しに美少年へ問い掛けた。


 立ち去る一つ目小僧を見送った美少年は、捻挫ねんざして歩きづらそうなあたしをおんぶしてふもとまで送ってくれていた。細いと思ったけど広い背中に身を預けたまま、あたしは先ほどの美少年と一つ目小僧のやり取りを思い出していた。


 ――あなたは山へおかえりなさい。


 美少年は裏山よりも奥、人も分け入らない深山しんざん幽谷ゆうこくを指差した。


 ――元よりあなたは山から降りてきた神霊のはず。

 ――ならば山へ還るのが最善の道です。

 ――もはやこの地に留まっても信仰を得られることはありません。

 ――しかし山へ還れば、山全体へ捧げられる信仰の念をいくらか得られる。

 ――山霊さんれいとしてやり直す道も叶うでしょう。




 そして――人間をにえとできる日が来るかも知れない。




 冷徹れいてつな眼差しで美少年は一つ目小僧に言い聞かせます。


 ――山の境界線を越えた人間を贄として受け取ればいいのです。

 ――ただし、ちゃんとしるしを負った者でなければなりません。

 ――このお嬢さんみたいな不完全な印ではいけませんよ。

 ――片目と片足を確かに失った者のみ、これを供物くもつとしていただくのです。

 ――さすれば人身御供を授かったあなたは力を取り戻せる。餓えも満たせる。

 ――山にせきを置く神霊しんれいとして返り咲けるでしょう。

 ――ただし、山の畏怖いふを体現する荒々しい山神としてですが……。


 美少年の説得は西の空があかね色になるまで続いた。


『棲み分けか……もはや執着しゅうちゃくする意味もなし』


 温風が吹き荒ぶような力強いため息をついた一つ目小僧。踏ん切りが付いたのように彼が立ち上がると、同時に古ぼけたやしろ倒壊とうかいした。


 まるで役目を終えたかのようにだ。


御主おぬしの勧めに習おう、ためになったぞ若き賢人けんじんよ』


 礼を述べる一つ目小僧に美少年は折り目正しく頭を下げた。


 ――こちらこそ。何世紀も生きる神に偉そうなことを宣いました。


 うむ、と頷いた一つ目小僧の横顔は凜々しく、そのままこちらに背中を見せるとズシシン、ズシシン、と不規則な足音を響かせて去って行く。


 ……ああ、ちゃんと片足なんだ。


 この時、一つ目小僧の片足が不自由なのを知った。


『達者でな、若き賢人……それと娘子むすめごよ』


 すまなんだ、と詫びの言葉を残して一つ目小僧は山奥へと消えた。


「一つ目の神も仰っていたでしょう」


 棲み分けは大事なんです、と美少年はあたしの問いに答えてくれた。


「あの忘れられた社へ留まっても、彼にとっても人間にとっても百害ひゃくがいあって一利いちりなしです。彼には本来の生息域せいそくいきである山へ帰った方が幸せですし、あなたのようにこの辺りに住む人々も危険な目に遭わなくなります」


「でも、山奥であの一つ目さんに襲われる人が出るんじゃ……」


しるしがある者だけですよ。そもそも片目片足を完全に無くした人が、彼のフィールドである山深い場所まで行くことも早々ないですよ」


「でも、もしも山の中でそういう怪我をした人がいたら……」


「――山霊は彼だけではありません」


 尚も言い募るあたしを、美少年は語気を強めた一言で遮った。


「もっと恐ろしく、それこそ容赦ようしゃのない山霊……いいえ、山のバケモノなど数え切れないほどいます。彼は誓約ルールを守っている分、理性がある紳士です」


 バケモノの群れに紳士的な山の神が加わるだけ。


 いや、一つ目小僧の出自を考えれば元の鞘に収まるだけだ。


「人の世に影響はありません。山は大昔から危険な場所なのです」


 こちらから出向くならば相応の覚悟を――。


「……いいのかなぁ? いいのかも? 山は怖いとこってことでOK?」


「OKです。たった今、危険を味わったところでしょう?」


 それを言われるとぐうの音も出なかった。


 幼いあたしにはこれが良いことなのか悪いことなのか、さっぱり見当がつかなかったけれど、美少年が一つ目小僧を熱心に説得していたのは知っている。


 相手を思いやる気持ちがなければ、あんな親身にはなれないはずだ。


 だから良いことなんだろうと思うことにした。


「どうやらあなたもえる性質たちのようですね……彼らが怖いですか?」


 そういえば――この美少年も見える人みたいだ。


 さすがのあたしもこの頃には普通は見えないものについて学習していた。あの一つ目小僧さんは明らかに普通なら目には映らないものだった。


 そんな相手にプロレス技を掛けていた美少年。


 彼もまたあたし同様、見えないものが見えてしまうらしい。


「彼ら……一つ目さんみたいなオバケのこと?」


「オバケ、バケモノ、妖怪、物の怪、幽霊、神様、悪霊、魔物、神霊、怪物……呼び方は様々ですが、この世ならざる異界に生きる者たちですね」


 う~ん、と唸りながらあたしは少し考えた。


「よくわかんないけど……さっきみたいな怖いことは何度かあった」


 ほう、と美少年は感心した声を上げる。


「だから耐性たいせいがあるんですね。普通の人でしたら先ほどのような目にえば、しばらくは茫然ぼうぜん自失じしつとなるもの……なのにお嬢さんは平然としてらっしゃる」


 それにこうして無事だ、と褒めるように続けた。


「何度か危険な目に遭ったとて、こうして生き延びてこられたのだから、彼らとの付き合い方も学んでらっしゃる様子。今日のことも良き教訓にしていただければ、少し先を歩いている先輩として嬉しく思いますよ」


「ううん、さっきは腰抜けてたし……お兄さんが来なきゃ危なかった、かも」


 ありがとう、と小声でお礼を述べた。


 どういたしまして、と美少年は気にもせずあたしを背負い直した。


「初めての人ならまだ話もできないほど驚いていますよ」


 美少年の健脚けんきゃくであっという間に麓へついた。


 家まで送ると言ってくれたけど、軽くくじいただけなので歩くことはできたからそこで降ろしてもらう。美少年が「帰りのバスが大丈夫かな?」と不安げだったので、そろそろ最後のバスが出る時間だから急ぐように教えてあげた。


「このバスに乗れないと帰れなくなっちゃうよ」


「まさか最終がこんな早いとは……名残惜しいですが、ではこれにて。帰り道も気をつけてくださいね、お嬢さん」


 あたしを降ろした美少年はバス停へと駆け出した。


 だが一歩目でピタリと止まり、振り返って話し掛けてくる。


「――彼らはこの世ならざる者です」


 先生みたいに威厳いげんのある声はわたしの胸にスッと入ってきた。


「あの一つ目の神のような恐ろしい者は元より、気難しい者や話の通じない者、そして人間を害することに躊躇ちゅうちょしない者もたくさんおります。けれど、優しい者やわかり合える者も少なくありません」


 嫌っても憎んでも遠ざけてもいい――ただ認めてあげること。


「彼らも彼らの道理で生きる者たちなのです。その道理をわかってあげれば、付き合い方もわかるはず……それを認めてあげてください」


「……うん、わかった」


 正直、話半分もわからなかったけど、美少年の想いは伝わってきた。


 あたしがそうであるように、彼も出会ってきたのだろう。


 この世ならざる異界の住人たちを――。


 そして、どんなに恐ろしくても彼らを嫌いになれなかった。


 だからこそ、美少年は一つ目小僧をあんなに説得した。まだ小さいあたしにはわからないことだらけだが、学術的な知識で一生懸命にせたのだ。


 その眩しいほどの情熱をあたしは目の当たりにした。


「あたし……花見崎はみさきミサキ、小学四年生」


 お兄さんは? とあたしは自己紹介してから名前を尋ねた。




「申し遅れました、私は八津剣やつるぎヤマト。民俗学を学ぶしがない学生です」




 これが――ミサキあたしと八津剣教授の出会いだった。


   ~~~~~~~~~~


 あれから十年――。


「教授、今日のフィールドワークは何処どこへ行くんですか?」


「N県の小豆峠あずきとうげというところです。なんでも小豆洗いが出るとかどうとかの報告がありましてね。元々そういう伝承もあったそうなのですが……」


 現地調査と洒落しゃれみましょう、と教授は歩き出す。


 廊下を颯爽さっそうと歩く姿はもはや美少年ではなく、美青年へと成長していた。


 後ろに続くあたしも今ではすっかり女子大生である。


 大学生になったあたしこと花見崎ミサキは、大学准教授となった八津剣教授の助手として民俗学を学びつつ、この世ならざる異界と関わっていた。


 教授は今も昔も変わらない。


 神に会っても、悪魔に会っても、仏に会っても、妖怪に会っても――。




 ――教授らしい講義で説き伏せてしまうのだ。




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