第10話


「どきどきする」


私はPCモニターの前で拳を握りしめていた。極度の緊張で変な汗が出てくる。あとでまたシャワー浴びないと、と考えつつもどんどん握られた拳の手汗が滲んでいく。


なぜこれほどまでに緊張しているのか?答えは簡単。これから私、柊雪ひゆきエリスの初配信が始まるからである。


(…ぐぅう)


前世でも社会人になってPCを手に入れてから、配信をチャレンジしたことがあった。

あの時はマジで上手くいくビジョンが見えず、PCの前で1時間くらい固まっていたっけ…懐かしい嫌な記憶。

その後なんとか始められたゲーム配信では、緊張のあまり格ゲー(ストバ6世界ランキング7位)の実力も発揮できずあっさり終わった。

せっかく来てくれた3人のリスナーさんも終わる頃には0人に。チャットでは『下手かよ』『w』『小学生?』と馬鹿にされる始末。


高評価0低評価3。


あの時の初配信はかなーり苦い思い出となり、その後配信関係に手を伸ばすことはなくなった。

けど、今思えばあれはかなりの悪手だったと思う。

それはゲーム配信をしたことでも、緊張して下手したことでもない。…それを継続できなかったことがダメだったのだ。


回数を重ねる事で緊張は緩和されていく。それは現実世界の物事でも同様で、トラウマを抱え人見知りとなっていた私が今世、こうして克服できた事で証明されている。


たえず繰り返し人と接し慣れていく…もちろん生まれた環境も大きいが、でも…それでも前世の俺が配信を継続していたらなにかが変わっていたような気がする。

単なるプレイ動画でもいい、配信をしなくてもそれを出すだけでも。そのうち自信がついて、配信をするようになって…緊張も取れて、リスナーが増えて。

何かしらの形で続けることで、俺の人生は変わっていたような気がする。


芽衣子さんが言っていた。十年前くらいにストバ6で戦った村人というプレイヤーネームのDザンギ使い。自分がストバ8でここまでの腕になれたのは、そいつと戦ってボコボコにされたのがきっかけだったと。


戦った時はあの容赦の無さにムカついたらしい。けど、その圧倒的な強さに次第に憧れが芽生えファンになったのだという。


もし、続けることができていたのなら…彼女のような人がたくさんファンになってくれた未来があったのかもしれない。


(だから、今世では絶対に諦めない…!)


例え前世のような悲惨で苦しい思いをしようとも、今世の私が経験し前世から学んだことを活かし、継続していく。

前世の俺の人生を、生きた時間を…母さんがくれた命を無駄にはしない。


(…そうだ)


俺は前世の自分を救う事はもうできない。


けど、まだ救えるものはある。


私が、私の…村上仁の心を救うんだ。


あかり…大丈夫?」

「大丈夫」


声が微かに震え上擦った。緊張するものは仕方がない、受け入れよう。こういうのは抑え込もうとすればするほど良くない方へいく。


「…ごめん、嘘。緊張してやばいかも」

「ふふ」


そっと手を重ねる美夜お姉ちゃん。柔らかな温もりが緊張をとかしてくれる…そんな感覚になった。


「大丈夫。私がいるから」

「美夜お姉ちゃん…」

「お姉ちゃん、ベテランさんなんだから。失敗してもなんとかしてあげる。大丈夫」


そうだ、私には美夜お姉ちゃんがいる。一人じゃない。視界が狭まり私ひとりで悶々としていた。

でも、美夜お姉ちゃんがそういってくれたおかげで、目の前の霧が晴れる。


――18:59


待機人数13


美夜お姉ちゃんは宣伝の類は一切していない。したのは私の柊雪エリスのアカウントで、初配信しますの1投稿だけ。

それなのにもう既に13人も人がいることで、また少し心が揺れる。


ぎゅっ。


と、となりの美夜お姉ちゃんはそれを察したかのように私の手を握ってくれる。ここにいるよ、と言ってくれるかのように。私の隣の席で。


…名前、呼ばないように気をつけないと。


――18:59


きゅっ、と喉が鳴る。


チャットにある『小学生?』『まじ?』『中身おっさん定期』『がんばれー』の4つに妙な気持ちになる。


美夜お姉ちゃんがコメントを管理しているので、あまりに酷い誹謗中傷はスパナで殴って消してくれる。


大丈夫。…そうだ、私はただお姉ちゃんの言葉を信じて――


――19:00


「…すうっ」


カチッ


「…あー、あー…っ」


『おっ』

『きた』


「…皆様方、ごきげんよう…音声チェック中ですわ。しばしお待ちを…」


『お嬢様だ』

『JSぽい』

『えガチの?』

『声が幼い』

『けど声優みたいな綺麗な声だなー』

『腹から声でとるわ』


「…大丈夫そうですね。ではでは始めましょう。皆様方も音が小さいなどなどありましたらお教えください」


『はーい』

『りょ!』

『やばいわ声いいわ』

『クセになるなこの絶妙な声』

『小学生なのは本当ぽい声』

『せやけど声の出し方がプロってるわ』

『つか落ち着いてんなー』


…なんか、チャットが少し盛り上がり始めてる?

てか、褒められてね?やば、嬉しいかも!


「ではでは、自己紹介をさせていただきます。んん」


雰囲気がいいかも。しゃべりやすい。


「始めまして!わたくし、柊雪ひゆきエリスと申します!氷雪の世界から顕現した、幼き精霊の女の子。仲良くしてください!」


『精霊なんだ』

『かわええな』

『エリスちゃんか』

『よろしくー』

『ええやんええやん!』

『JSの割にすげえちゃんと喋れるな』

『しっかりものなんだね』

『エリスちゃんは賢いのか』


「はい。わたくし、駆け出しで幼くちっぽけな存在ですが…気高く賢く美しい最強のJS精霊なのですわ!えへへ」


『かわいいい』

『笑い方可愛いな』

『うっひょー』

『チャンネル登録しました』


「えっ!?本当に!?ありがとうございます!ミンミ様!!めちゃくちゃ嬉しいです!!」


『俺も始まる前に登録してるぞ!』

『ワイも』

『わしもー』


「まあまあそれはそれは!失礼しました!oh尻様、耳穴毛ラブ様、ちゅきちゅき美脚丸様、ありがとうございます!!どうでもいいですけど、御三方お名前が独特で覚えやすいですね…なんとなく変態的香りがしま…んんっ、失礼。なんでもありません、えへへ」


『変態ww』

『たしかに名前やべえなw』

『ワロタ』

『さっそくリスナーいじりとは』

『やるなぁw』

『やばクセになるなはあはあ』


「お嬢様」


『お?』

『おおっ』

『誰!?』


私、柊雪エリスの肩にシマエナガのモデルがあらわれた。

フリフリのカチューシャ、ゴマのようなおめめに長い睫毛、青い首元のリボンがチャームポイント。

私が描いたデジタルイラストをモデリングしたエリスのメイドさん。

この子の中身はもちろん美夜お姉ちゃんである。


「あら、ヤミ。皆様方、ご紹介します。こちらはわたくしに仕えしシマエナガのメイド、名前をヤミと言いますわ…ヤミ、皆様方に自己紹介して」

「はい、お嬢様」


『こっちは大人っぽい』

『クールな美声だなー』

『エリスちゃんが甘い声だからバランスいいな』

『つか二人で配信してくスタイルなのか』

『まあ小学生ですからね』

『なんか聞いたことあるような声だな』

『たしかに』

『可愛い見た目とのギャップがやべえなw』


「皆様方、私の名前はヤミ。よろしくお願いします」


『よろしくー』

『どっちも可愛いな』

『つか今更だがこの立ち絵やばくね』

『この絵柄どっかでみたこと』

『みゃーみゃー』

『あー!みゃーみゃーぽいんだこれ!』


「皆様方、私、ヤミからお伝えすることがございます」


『おっ』

『ん?』

『なんぞ』


「私の主、エリス様は正真正銘、小学生のVTuberでございます。なので、誹謗中傷はもちろん卑猥な言葉や度が過ぎるいじりはお控えください。良識の範囲内で、LIVE配信にご参加ください…もし、それらの言葉をみつけた際には」


ヤミが後ろから身の丈程もあるスパナをスッと取り出し、表情に陰りができた。悪い顔をしている。


「これでぶっ叩いて消滅させます。なのでお気をつけくださいませ、皆様方」


『この鳥こええw』

『こいつも表情変わるんかw』

『面白えなw』

『ヒョエッ』

『いやクオリティ高えなww』


「もう、ヤミ。急にそんな物騒なものださないでください。注意事項の説明は有り難いですが、皆様方が怖がっているでしょ!」

「失礼しました、お嬢様」


予定調和のやりとり。事前の注意事項をあらかじめリスナーさんに伝え、ホット一息。


美夜お姉ちゃんに一緒に出て欲しいと頼んだのは私だった。

VTuber初心者の私はきっと失敗することがある。もしそれが大事になればまだ小学生の私には責任はとれない。だからもしなにかがあった場合すばやく対応ができるように美夜お姉ちゃんに出てもらう事にした。


ゆくゆくは一人で配信することもあるだろうけど、最初のうち暫くはこのスタイルでやることに決めた。


「自己紹介に戻らさせていただきます。すきな食べものは林檎とみかんで嫌いな食べものは――」


話しながらチャンネルの同時接続数をチラリ横目で確認。


31…学校のクラスの人数とほぼ同じ。


『嫌いなもん同じだ』

『笑い方が癖あってかわいい』

『チャンネル登録しましたー』


「ありがとうございます、リンタロー様!わあ、嬉しいなあ、えへへ!」


いやなんだこれ、自然と笑っちゃうんだけど。嬉しいから当然といえば当然だが、けど…こんなに嬉しい気持ちになるんだな、チャンネル登録してもらえるって。


「ちなみに数分程度の自己紹介動画をあらかじめとっておりまして、アップしております。もう見られた方もいるかと思いますが、ぜひぜひそちらもご覧ください!」


…しかし、思っていた以上に落ち着いて話せてる。やっぱり、美夜お姉ちゃんがいてくれてる安心感があるからなのかな。画面の中でも一緒にいるから、視覚的にも安心できる。


「ちなみに歌ってみた動画もアップしてます!大好きなボカロP様の『ウォッチング』という曲、そしてわたくしの憧れるVTuber様のオリジナル曲『綺麗な事』、大好きなこの2曲を歌わせていただきました!こちらもチェックよろしくですわ!」


『きいたぞ!』

『ウォッチングがめっちゃ上手かった!』

『私は綺麗な事がすきだった』

『JSの歌唱力じゃねえけどw』

『たしかにww』

『うますぎて草でした』

『もう1000回くらい再生されてたな』


「…せんっ、え!?ほんとに!?」


『反応良いなw』

『驚いてるの可愛い』

『素が出てるww』


「わあああ!ほんとだぁ!!こいつは、やっっっべえですわッ!!」


『やっべえですわw』

『かわいすぎる』

『リアクション良すぎだろ』

『どっかのVの転生か?』

『いやJSなんですが』

『俺推しにするわw』

『なんかやべえ個人来たなこれw』

『天真爛漫で可愛い』

『ちゃんとコメント見れてて偉い』

『幼女幼女!利発的な幼女!スパチャさせろ!』


「あ、すみません、スパチャはお気持ちで!!小学生なので受け取れませんの!!でも、ありがとうございますっ!とーっても、とてもとても、とーっっっても!嬉しいです!!えっへへ!」


『ぐは』

『うっ』

『あれ俺からだ透けてね』

『ばた』

『かはっ…』

『ぐふぅ』




同時接続数46




同時接続数50




同時接続数71




同時接続数87




同時接続数102





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